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世界中の人は同じ種ホモサピエンスなんだ


人類の祖先はみな共通して同じホモサピエンスという種からなるということを知っていましたか?
人類史を見れば、そのほかにも20種ぐらいのほかの人類がいたそうですが、私たちホモサピエンスを除いてみな絶滅してしまったそうです。

それで世界のすべての人はホモサピエンスという種なのだけれど、ここで疑問が残ります。


人類は同じ祖先なのに、なぜこんなに肌の色や見かけが違うのか?
人種とは一体何なのか?
人種差別の本当の意味は?


好奇心がわいてきて、いろいろと調べてみた。
調べてみて驚いたのは、実は白人であっても黒人であっても黄色人であっても同じ種ホモサピエンスということ以外に、遺伝子的にほとんど差異がないということ。

人種
人種とはヒトの分類の概念。
今日では科学的妥当性は認められず、文化的概念とみなされている。
(中略)
20世紀後半、遺伝的研究によって、いかなる生物学意味においても「人種」は存在しないということが立証された。
全人類は一つの種ホモサピエンスに属し、今日その種内のすべての人間は
遺伝学的にきわめて類似している。
ヒトを人種に分類できる遺伝的指標は存在しない。今日では大多数の研究者は人種の代わりにクラインという概念を用いる。
〈ブリタニカ国際大百科事典〉より引用


でも見た目からして全然違う、という問題が出てくる。
これはどういうわけか?

これは遺伝というよりも、長い人類史の中で環境的な影響が大きく、赤道近くであれば、皮膚にあるメラニンという色素が太陽光のダメージから皮膚を保護するために、長い期間にわたって環境に順応して変化してきたもの。メラニンが多いほど肌の色は黒くなる。
同じ様に髪の色、目の色、目の形なども長い期間を経て、環境地域による変化に大きくかかわってくる。


調べてみて思ったのは、人種という言葉の陰に本当の問題が隠れてしまっているように感じた。

遺伝的、生物学的には同じ種なのが、近年の研究ではっきりしてきたのにもかかわらず、一向に人種問題に生かされてこないのは、歴史的な長い慣習と人間の心の中に潜むエゴがそれを阻んでいるような気がしてならない。

人間の心の中には人と自分を分けたい心、差別や優越感を感じることによって、自分が優位に立つことや、心の(不安が起因した)安心のようなものを得ているのかもしれないと感じる。

もし仮に世界中の人が見かけさえもすべて同じようになり、人種が無くなったと仮定しても、人間の心には別の何か違う「隔て」を見つけ出しそれを使って、別の差別を行うことになるではないか?という疑問が頭に浮かんでくる。
就業や教育制度、保険制度など様々なことに多くの問題が絡み合って複雑になってしまっているのは確かだけど、単純な見方かもしれませんが、そういう外側だけではない、内側からの問題が根強いのかも知れないと想像してしまいます。


最後に
好奇心から調べてみて
「世界中の人間は同じ仲間同士であったのだ!」というかすかな喜びとともに、やっぱり人種間の深すぎる問題は簡単には解けないし、私のような日本人には到底深く理解できるところではないということも感じる。

それでもどうしてもこの思いが消えない。
本当の問題の種は「人間の心の中に起因するもの」なのではないかという思いが残った。


                    



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