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Ice Age Generation(最終回)〜現世からの離脱〜

* 本編は、就職氷河期世代を考察するシリーズ『Ice Age Generation』()()()()の最終回です。


日本経済の長い低迷に10代〜30代を奪われた就職氷河期世代。とりわけ1975〜83年ごろに生まれた「どん底」と言われる世代は、2023年現在40代となり不安定な中年期を迎えている。もう若くはなく、人生を挽回するには、気力、体力、能力などが不足し、これからもそれらの力は低下していくことから手遅れを実感し始める年齢である。

社会はかつての「人余り」から「人手不足」へと急速に変化し、低賃金重労働の現場を中心に仕事はずっと見つけやすくなっているが、少子高齢化による労働者不足は、同時に高齢世代の労働市場への参入を促し、その結果、氷河期世代は今度は年金受給者たちと労働市場で競い合わなければいけなくなった。年金というベーシックインカムを受ける人たちと同じ土俵に上げられてしまったのである。そして氷河期世代の晩年には、現在の高齢者たちが「少ない!」と嘆く年金よりも遥かに少ない年金と、退職金や蓄えさえもない貧しい老後が残されている。

氷河期世代は不運の世代である。これまでも、今も、これからも。最期までずっとそうであろうと予測できる。中年期にさしかかり、どうあがいたところで泥沼から抜け出すことは一生無理と悟った時、自爆テロを起こしてこの世から撤退してやろうと考える人が一定数出てくるのは、割と自然な流れのように思える。それとて一つの、「どん底」の不運を背負って生まれた世代の生き方であり死に方なのだ。

ただ一方で、私自身は同じ氷河期世代の人間として、別の生き方と死に方を模索する。残された手段は、ただ惨めに生きて死ぬことや、自爆テロという痛みの中で現世を終わらせることだけではない、と考えるからだ。


私たちは何に苦しめられてきたのか


雇用統計で見る限り、氷河期世代の運の悪さは疑いようのないものである。ただ、人が苦しいと感じるかどうかは、求人倍率や失業率、年収や年金受給額といった数値だけで決まるものではない。というのも、世界にはもっと高い失業率や低年収の国や地域がたくさんあるが、その中で豊かに暮らしている人たちがたくさんいるからである。また時代によっても違いは大きく、日本でも1942年までは年金制度そのものがなかった。それでも人々は、ただ惨めで苦しいだけではない日々を過ごしていたはずなのだ。

それでは一体、私たちは何に苦しんできたのか。就職率や年収など、それ自体が原因でないとしたら、氷河期世代をこれまでずっと苦しめてきたものとは何だったのか。

それは、戦後日本の「標準的な人生モデル」ではないかと私は考えている。

どのようなモデルかと言うと、

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