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1.宇宙人の憂鬱

お久しぶりです。秋那ひすいです。
ずいぶんと時間が空いてしまったから、リハビリも兼ねて。

◇◇◇

お題「大学の空きコマ」で書きました。

あの子がYESと一言言ってくれればよかった。

◇◇◇

 昼下がりの午後、蒼い髪の少女は小さくため息を吐いてカップを傾けた。半分ほど残った琥珀色の液体がちゃぷんと揺れる。お気に入りの銘柄のストレートティー。それでも気持ちは全然晴れなかった。
 綺麗な少女だった。鼻筋は通り、切れ長の澄んだ瞳が目を引く。現に、大学構内のカフェでは結構な人数がちらちらと彼女に目をやっている。
 そのうちの何割かは彼女の髪色が気になっての視線だったけれど。「青い髪」の美人が在学している、というのは年の半ばも過ぎた今の時期、大学では有名だった。もちろん、彼女の入学時にはもっとざわついた。別に、髪を染めてはいけません、なんて規則はないのでなんら問題はないのだけど。今まで、青、なんて派手な色の学生がいなかっただけのこと。毎年、春になると、彼女はすれ違うたびに新入生に二度見される。それを繰り返して3年が経った。
 それにしても、染めたにしては艶のある綺麗な髪だった。

 はぁ、と少女はまたため息を吐いた。
 憂鬱だった。
 腕時計をはめた左手を傾けて今の時間を確認する。まだ、時間はある。
 いつもならば、空きコマは大学内のカフェで友人と喋りながら時間を潰す。窓際の端っこ、定位置になってしまったそこで彼女と友人はいろんな話をした。
 恋バナもしたし、授業や教授の愚痴も言いあった。友人がハマっているという漫画の推しについて弾丸のように語るのを聞いたりもしたし、おすすめのアニメや映画や本や漫画について教えてもらったりもした。3回生だから、就職の話もちょっとだけ。
 恋バナはどちらにも何にもなさすぎてすぐに終わったし、自分に就職なんて未来が来るなんて彼女は思いやしなかったけど。
 今、友人が隣にいないのは、昼休み、彼女が告白したからだった。
「ねぇ」
「なぁにー?」
 昼休みの終わり頃、彼女の普段通りの呼びかけに友人も普段通りに返事をした。そこまではよかったのだけど。
「今日は、どうする? いつものとこで時間潰すのでいいよね?」
 YESの返事が聞けると疑いもせず、にこにこ笑う友人に、彼女は緊張気味に切り出した。
「あのね、私、あなたが好き。付き合って欲しい」
 時が止まった。そう感じるぐらいの沈黙が訪れて、友人が息を吸い込む音がいやに響いた。
「ごめん。ごめん、あたし、そんなふうにみたことなかった。だから、ごめんなさい」
 そう早口で言って友人はくるりと背を向けた。
 ちょっと、用事思い出したから、また。
 見え見えの言い訳を言い捨てて、小走りで。ちょうどよく、チャイムが鳴った。
 彼女は困ったように友人を見送った。

「肯定してくれればよかったのに」
 少女は小さく呟く。
 形だけでもYESと言ってくれればよかった。それで、どうにかなったのに。
 一方で、友人にそこまで求めるのは酷だろうともわかっていた。聞きたい答えが返ってくる確率なんて低すぎることだって、ちゃんと。
 彼女と友人は正しく「友人」で、もしかしたら、「親友」だったのだから。
 それでも、そう言ってくれないと、だめだったのだ。
 もう少し上手いやり方だってきっとあった。でも、彼女には時間がなかった。

 3度目のため息を吐き出して、少女は宙に軽く指を滑らせた。誰もこちらを見ていないことは確認済みだった。
 ぶぉん、と小さく起動音のような音が聞こえ、彼女の前にホログラムのウィンドウに似ているものが立ち上がった。
 彼女の故郷の技術で、彼女たち以外には認識できない画面だった。
 映し出されたのは彼女宛のメッセージ。
 内容は、「今日の夕方、そちらへ向かう。準備して待たれたし」。
 まあ、つまりはこの星、地球に宇宙人がやってくる、ということ。故郷の環境がだんだん悪くなってきていたのは知っていた。だから、彼女が大学生としてやってきたのだ。自分たちが住める環境かどうか。確かめるために。
 髪の毛はそのままで来たから、随分と好奇の視線をもらったのは不便だったが。
 このメッセージが届いたということは、いよいよ、故郷の星に住めなくなったのだろう。はやい話、侵略するぞ、である。技術力も、純粋な力も上である以上、地球人を生かしておくメリットはあまりない。
 遅かれ早かれ別れがくるとわかっていたから、少女は誰とも仲良くなるつもりはなかった。なかったのだけれど。
 入学式の日によろしくね、とにっこり笑った友人を、その後も不慣れな自分をいろいろ手助けしてくれた友人を、少女は無碍にはできなかったのだ。
 だから、なんとかして友人を生かしたかった。愛には優しい故郷だから、(しかし、自分たち限定で)恋人だと言い張ればワンチャン。なんとかなると思った。気持ちがどうあれ、頷いてくれるだけで、よかったのだ。
 それも、ダメだったけれど。

 結局は、少女にはこの役目は向いていなかったということ。

 とりあえず、戦艦のような大きな宇宙船を引き連れてこちらに向かう、と書かれたメッセージ。
「どこぞの鉄人兵団じゃないんだから」
 友人に勧められて観たアニメ映画を思い出して呟く。
 卒業はできなかった。

 もう一度時刻を確認して、窓の外に目をやる。広範囲にわたって地面に影が落ちているのを認識して、最後のため息。きっと上空には彼女たちにしか見えない宇宙船。

 結果、どうなろうが、少女は憂鬱だった。

(0409.0103)







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