「真木の柱は朽ちるか折れるか」

 ずっと笑っていればいいのに。母を見てずっとそう思っていた。そのままで、いられたらいいのにって。
この邸(やしき)ではどこにいたって、芥子(けし)の匂いが漂(ただ)っているようだ。どこもかしこも、この匂いが染みついているのだろう。外の空気が入る場所にいなければ、この世界はこの香りだったと思ってしまいそうで。 幼い私はいつも、柱に身を預けて外を眺めていた。その柱は今も変わらずあるのだろうか。それとも。
 あんなに可愛がってくれていた父と、離れなければならなかった私の悲しみようは、その歳の子にすると相当だったと思う。来る日も来る日も、父のいる邸(やしき)の方角を眺めて、迎えの者が来ないか耳をそばだてていた。来ないものとわかっていても、望みはなかなか捨てられないものだ。私が男の子ならば、弟たちのように、どこへでも行けたのに。父のところへだって。そう思いつめていると、自分がすり減っていくようだった。孤独に父を慕(した)い続けても、父が私を想ってくれていても、どうにもできないことはある。そのくらいの分別(ふんべつ)は、もう私にもあるのだから。泣いて暮らすか、穏やかに暮らすか。それは私の心次第。弟たちのようにいきたい場所へ行けないのなら、心の自由は私で守らなければ。
私は泣くより笑っていたい。ただそれだけ。それだけなのだ。
 泣くのは朽(く)ちるのを速める。適度な雨は大地を潤(うるお)し、命を輝かせるけれども、過度(かど)な水はものを腐らせ、時には押し流していく。
私はまだ朽(く)ちたいわけでも、流されたいわけでもない。あの柱だって、きっとまだ何かを支えている。変わらずに。
 初めて見たとき結婚に期待をしていない、そう彼女の顔は物語(ものが)っていた。明るく現代的な雰囲気をまとっているけれども、その実(じつ)ひどく現実的に見える。けれども薄情という訳でもなく、とんとん拍子で夫となった私に、朗(ほが)らかに接している。まるでそう決めているかのように。それは私が明らかに気が進まないといった風でも、だ。私にとってそれはありがたくもあるが、物足りなくもある。前妻(ぜんさい)に先立たれ、玉鬘(たまかずら)の君や女三宮(おんなさんのみや)を妻にと望んでいたが叶わず、世間の目もあり焦るようにした婚礼(こんれい)。余りにもことがすんなりと運び、肩透かしをくらったのもあるし、亡くなった妻に似ていたらという期待が外れたのもある。真木柱(まきばしら)の姫君は、けして器量が悪いわけではないが、亡き妻とは随分(ずいぶん)と雰囲気が違った。しっとりと儚(はかな)げで、奥ゆかしかった亡き妻が百合(ゆり)の花ならば、こちらの姫は小春日和(こはるびより)のような朗らかさでさっぱりきっぱりとしていて、どこか山茶花(さざんか)のような感じがする。どちらも花として美しいが、私は百合(ゆり)を求めていた。ただそれだけだ。それでも繋(つな)がれた縁ではあるし、何より今をときめく宮家との婚姻(こんいん)。反故(ほご)にするわけでもなく、妙にこざっぱりとした仲の夫婦に、時とともに納まっていった。彼女の祖父母や両親は、好き勝手に私の態度に対しての不満を言っていたが、ついぞ彼女は何も言わなかった。それがこの様な仲に納まれた理由でもあるだろうし、それ以上にならなかった理由でもあるのだろう。男女の仲でこんな不思議な関係を築こうとは。当代きっての風流人といわれ、様々な浮名(うきな)を流した私としては何とも滑稽(こっけい)である。自分のせいとはいえ、彼女が愛されて美しく咲くところを、私は見られなかったのだから。それを少しだけ残念に思う自分も、確かにいたのだった。
 仮初め(かりそめ)のような関係でも、確かにある証(あかし)として娘が産まれると、何かが変わるような気がしていた。夫の蛍兵部卿(ほたるひょうぶきょう)の宮にとっては、一応初めての姫宮であったし、何より漸く(ようやく)夫婦らしいものを得(え)たような気がしていた。私も夫も、娘の誕生を喜ぶことで、初めて同じ喜びを分かち合えていた。これから娘を通して、様々な感情を分かち合えるのではないかと、お互いに思い合っていた。そう思う。けれども、そんなものを嘲笑う(あざわらう)かのように、夫は兄を追うように旅立っていった。娘のことを気にかけていたけれど、長年親しくしていた兄の源氏の院への思慕(しぼ)へは敵わなかったのだろうか。何より向こうには、深く愛された北の方がいるのだから、留(とど)まる理由も多くはなかったのだろう。悲しい、という気持ちは確かにあれど、もともと深く繋(つな)がれなかった方の死はどこか遠く、娘だけがそれが現実なのだと思わせてくれた。私はまた、おいていかれてしまった。それでも生きてはいけるけれども、時々ひどく空虚(くうきょ)になる。私は私の為に、辛いことも苦しいことも、もがいて進んで生きてきた。ただ笑っていたかった。好きなところへ行くことも、結婚も、私一人の気持ちで決めることができないのなら、それをなるべく楽しんでいよう。なるべく笑っていられるように。でも、それを見ている人も褒める人もいない。ただ私が私であるだけ。幸せでなくても生きてはいける。幸せでないとも思わない。けれど、ときどきたまにどうしようもなく虚(むな)しくなる。愛されることでしか埋めれられないものは、確かにあるのだろう。案外私は、亡くなった宮様に執着していたのかもしれない。自分で思っていたより、ずっと。もう気が付いても、伝えることはできないし、伝えられたとして応(こた)えてくれるとも思えない。けれど、どうせなら一度くらい言ってみても良かった、そうひどく懐(なつ)かしんで思い出したりした。
 御簾(みす)で隔(へだ)てていても、香りを隔(へだ)てることは出来ず、甘く少しつんとした香りに春が来たことに気づかされる。喪服(もふく)を脱ぎ、また新しい春の襲(かさね)を着る時期が訪れようとしている。部屋の飾りつけも、じきにかえなければならない。きっと、庭を眺めれば白梅(はくばい)と紅梅(こうばい)が色と香りを競い合っている事だろう。ながめせしまに、移り変わるものだ、花の色はいたづらに。宮様が亡くなってから、もう一年が経(た)とうとしていた。私はまた、あの花たちのように咲こうと思えるだろうか。そう心の中で問いかける。得(え)られなかった幸せは、手に入るとは限らない。なにも同じものが欲しい訳ではないけれども、きっと私はまた求めてしまうのだろう。諦められずに。それもまた、幸せなのかもしれない。得られなかったとしても、生きていていいのだから。駄目だと思うのなら、その時に立ち止まってみるだけだ。花は何度でも枯れるまで、忘れずに咲いて薫(かお)る。私もそうありたい。朽(く)ちるか、折れるか、それはわからないけれども。変らないものなどない中で、変わらずに求めつづけてしまうのも、また私に変わりないのだろうから。

                <完>

参考文献 源氏物語 六~七巻 瀬戸内寂聴訳

小倉百人一首 小野小町 引用

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