小さな哀と歓とを積み重ね

 今日の空気の色は少しだけ青っぽい。それでいて、乾いた風が頬(ほほ)をなでる。今日は雨が降らないのだろう。冬の雨は温度を奪(うば)う。いやもしかしたら、凍(こご)えるような冷たさを与えているのかもしれない。冷たさを与えられた地面は、帯(おび)のように冷気(れいき)を立上(たちのぼ)らせる。昨日の雨が、きっと空気を青くしたのだろう。そう思いながら、濃香(こきこう)と二藍(ふたあい)をかさねる。寒さのせいか、庭の緑も一層濃く目に映った。冬らしい白い色目(いろめ)の襲(かさね)も好きだけど、今日は濃い紫と枯れ葉に似た茶の二藍(ふたあい)の、苔(こけ)の襲(かさね)がふさわしかろう。そう独(ひと)り言(ご)ちてみる。漏(も)れた息が白く染まった。襲(かさね)の色をその日に合わせて選ぶ。私の一日の始めの儀式(ぎしき)。
 今日何が起こるのかは、わかっているようでわからない。わからないようでいて、わかっている。わかる事とわからない事は、とても近くにあるのだと思う。今日、あの人が来るのかどうか、それはわからない。これはわからない事。私が女一の宮(おんないちのみや)様に宮仕(みやづか)えをするようになった事。これはわかっていた事で。そこで薫の君に見初(みそ)められ、情を交わしたのは、わからなかった事。わかる事とわからない事は表裏一体(ひょうりいったい)で、いつそれが裏返るかはわからない。その繰り返しが帯(おび)のように続いているのだろう、きっと。
 冬の陽(ひ)が昇(のぼ)っている時間は少ないとはいえ、たた過ぎるのを待つには長すぎるもの。貝合わせや、手慰(てなぐさ)みに琴や琵琶(びわ)をかき鳴らして過ごす。冬は静寂(せいじゃく)の密度(みつど)が高く、それほど強く弾(はじ)いたつもりはなくとも、音色(ねいろ)が響いて驚く。澄(す)みわたる静寂(せいじゃく)に、わずかな衣擦れ(きぬずれ)と私たちの声が、少し混ざってまた静寂(せいじゃく)が訪れる。女一の宮(おんないちのみや)様の生活は、優雅で気品高く清廉(せいれん)だ。内親王(ないしんのう)として申し分ない器量(きりょう)と気品を備(そな)え、それを毎日積み重ねていらっしゃる。亡き紫の上様を偲(しの)び、春の御殿(ごてん)を守り、内親王(ないしんのう)としての日々を過ごしている。それは何よりも優雅で気品高く、そしてなによりも自由から遠い。恋い慕(した)うものと結ばれたり、望み通りの地位についたり。多くの人が、多くの望みを持って生きているけれど。生まれながらにして、地位も美しさも、その他の物も、望めば手に入るような人は何を望むのだろう。きっと満ち足りて、欠けたところのない人なのだろう、そう思っていた。                               それは、ある意味では間違ってはいなかった。女一の宮(おんないちのみや)様は誰よりも美しく貴(とうと)かったのだから。けれども、持つ者は持たざる者より、望めるものが少ないのかもしれない、そうも感じたのだ。人は誰しも大きな逆らえない波のようなものにのまれ、流されながら舵(かじ)をおぼつかなくとる。親であったり世間であったり、身分であったり。自分ではどうしようもないものに、行く先を変えられることもある。自分で舵(かじ)をとれる大きなことなど、生きているうちにそれ程はないのだろう。私くらいの身分で器量(きりょう)の者など、さして珍しくもない。そんな者が、世の理(ことわり)を知り尽くしているわけではないけれども。宮仕え(みやづかえ)することは、私が望んだことではない。宮様も内親王(ないしんのう)を望んだわけではないだろう。けれど、宮様は決して不幸でも哀(あわ)れでもない。それは私も同じこと。自由から遠くとも、望むものがなくとも、それが不幸ということには必ずしもならない。
毎日を内親王(ないしんのう)として、正しく生きること。それを選ぶこと。紫の上様の養育(よういく)に従(したが)った内親王(ないしんのう)として生きていくこと。その為に毎日の小さな選択をしているのは、まぎれもなく宮様なのだから。世の中にはわからない事とわかる事の二つがあって、選べる事と選べない事の二つもある。人は貴賤(きせん)や貧富(ひんぷ)にかかわらず、多かれ少なかれそれらを持っているだと思う。その日の空気を感じ、空の色を見て、季節を感じる。そして、その日の色目(いろめ)を私が選ぶ。それはとても小さいけれど、私自身の選択。宮様も私も、誰もがその選択の上に生きていっている。全てが決められなくとも、選択を間違えても。それが例え苦しい事でも。私は自分の選択を他人に委(ゆだ)ねはしない。自分だけで決められることは、本当はそんなに多くはないのだから。
 今夜の寒さは一段と身に染(し)みる。明日は雪がとうとう降るのかもしれない。私にそれはわからない。この燃やしておいた火鉢(ひばち)の炭も、雪のようにまた白くなるのかもしれない。けれど、それを雪のように愛(め)でるのかどうするのかも、明日の私にしかわからない。選ぶのも待つのも、不幸になるのも。それは私の心の選択次第。               その積み重ねの上に私は、生きたいのだ。

                <完>

参考文献 源氏物語 十巻 瀬戸内寂聴訳

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