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こころの成長期、それぞれ。(弟の結婚式に寄せて)

 週末に末の弟の結婚式に参加しました。
 5歳の娘も一緒に参加したので、ハラハラしたり成長を感じる場面もありましたが、今回は結婚式を通して感じた自分自身と兄弟のこころの育ちについて振り返りたいと思います。

 私は北陸地方の農村部出身で三人兄弟の長女として育ちました。今回結婚した末の弟は年が7つも離れているので、子供の頃から私自身"小さいお母さん"感覚で、喧嘩の記憶はあまり無く、可愛い存在です。

   本人も「末っ子サイコー!」と日頃から口にするほど、末っ子らしい愛嬌と「ちゃっかり」さに溢れた人なのですが、発達の特徴の言葉で表現すれば、「ザ・不注意」の人。(ADHDのAttention-Deficitの部分ですね。)披露宴での兄や友人からのスピーチで愛と共に語られた、子供〜学生時代の数々の「やらかし」エピソードを臨床家が聞けば、きっとADHD認定されることでしょう。

(それらのエピソードに新郎側の出席者は「らしいよね!」と大爆笑でしたが、お姉ちゃんとしては、新婦サイドの皆様が引いていたのでは?、と少し心配でした。でも、そんな困った部分も含めて皆から愛されて育ったことは伝わったかな、と思います^^)

 そんな末の弟ですが、ここ3-4年、30歳前後から急に、「なんだかしっかりしてきたな」という印象を私は持っていました。約束の時間に遅れなくなったり、帰省した時にさらっと素敵なお寿司屋さんに連れてってくれてご馳走してくれたり(!)、会社でも後輩の指導や困った先輩(多分、困っている先輩)のフォローをしたり、20年間放置されていた古い実家の片付けや取り壊しについても、愛嬌とリーダーシップを発揮しながら、想いも声も大きい叔母たちの意見の相違も調整しながら段取って前に進めたり。。。すごい!

 20代までは「儘ならぬ自分」が苦しいこともあったようですが、彼の場合には30歳前後で、こころの成長期が来たようです。実際には、こころが成長したのか、色々な自分の特徴に対する対処法が身について、日常生活で困らない位に引き出しが増えたのかは分かりませんが、本人的にも生きやすくなったようです。5年前なら、あの子が結婚!?と驚きましたが、今は全く違和感無く、しっかりやっていけるだろうな、と思います。

 私自身も末の弟と同じ「不注意」傾向が強く、小学生時代は忘れ物番長でした。大人になっても段取りや優先順位が苦手で、全部頑張ってしまった挙句、とっ散らかってしまったり、よくモノを無くしてしまったりします。20代の半ばまでは時間も全然守れず、遅刻魔でした。沢山失敗を繰り返しながら、対処方法の引き出しが増えてきて、なんと無く「大丈夫」と思えたのが30歳位です。20代前半は3年ほどで転職を繰り返していたのが、20代後半に出会った仕事を10年度程続けられたのも、こころの成長や自分自身を知って、対処法を考えるようになったことと関係していると思います。

(因みに、遅刻しないためには、「準備」をすれば良い訳ですが、私は20代の終わり頃にそれに初めて気付いて、この世の真理を得たような気持ちになりました。私の母は60代の今でもギリギリ行動・遅刻が常の人で、3兄弟は「お母さんには15分前の時間を伝える」と言う対処法を心得ています。笑)
 
 娘のASD診断をきっかけに、私自身が通っているクリニックでも、自分自身の不注意について相談しましたが、「あなたは対処法を身につけていて、困ってないから不要!」と一蹴される程度にはなんとかやっています。因みに、上述の末の弟は、社会人になってから自分の特徴に気づき、興味本位もあって発達検査も受けたけれど、コロナ禍もありめんどくさくなって、何年も結果を聞かずに放置しています。やはり、凸凹臭がプンプンしますね。

 一方、真ん中の弟は、発達の特徴の言葉で表現すると、ほんのりASD傾向があり、子供の頃は言語表現が拙く運動が苦手、こだわりが強い面がありました。小学校の入学式の集合写真では白目を剥いて写り母に激怒され、3年生の頃、通っていたそろばん教室を親に内緒でボイコットし、数ヶ月後にお教室の先生からの電話でバレてまた激怒される。。。そんな幼少期でした。

 ところがどっこい。彼は、3兄弟では一番早く「こころの成長期」が来て、高校生位には自分自身の内側とも対話できている様子でした。進路も自分できっちり見極めて、学生時代には公募の金融論文で受賞したりもし、就職活動も段取り良く、4月1日には第一志望の企業から内定をいただき、今も銀行員として立派にやっています。結婚も1番乗り。3人集まると、必ずご馳走してくれるし、実家の家族で一番の常識人。3兄弟のリーダーは間違いなく彼です。

 子供の頃、「しっかり者のお姉ちゃん」キャラだった私は、何処へやら。気がつけば、しっかりした弟たちに甘えてばかりです。

 この通り、三人三様に凸凹した兄弟ですが、皆それぞれ、自分を知り、対処方法の引き出しを増やし、時には儘ならぬ自分と折り合いを付けながら、幸せに暮らしています。自分の娘にも、そのうち告知のタイミングが来ると思いますが、「違っていても、大丈夫。一人じゃないし、やり方もある。一緒に見つけていけるし、大丈夫だよ。」と伝えていきたいな、と思います。  

 

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