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フィンランドに住んで一番驚いた。教会でお花をいただいた話。

10月31日はハローウイン、でももともとは、聖なる日。ホーリー・デイ。何をするのかはよく知らないのだが、休日扱いであることを、店が閉まっていたことで学んだ。聖歌がたくさんあるので、追加版を買おうと思ったのだったけど。

夜は教会へ出かけた。教会が近いのと、知ってる人のグループが演奏するからだ。でかけなくても、ストリームでネット中継されるらしかった。ちなみにコンサートかと思っていたが、特別ミサだった。まあ、こういうことを知らずに足を運べるのが、ひとりのいい所であり、外国に住んで学べるところかもしれない。

何度か聞いたゴスペルカバーズとはひとりちがうメンバーのグループだった。繊細な声の女性歌手はパーカッションも担当。他にエレキバスを弾く女性、主にギターの男性、主にフルート関係の男性(なんでも吹ける)、さらに全員がさらに歌えるので、シンプルな楽器演奏と、4重唱が聞ける豪華版なのである。

教会でプログラムをもらってから、ああ、今日はミサだったのか、と気が付いた。プログラムには、歌のリストと読まれる聖書からの文が書かれていた。

聖なる日とは、他国では聖人の日。フランスではお盆みたいなもので、墓参りがされると言われる。明日だったかもしれない。フィンランドでは「クリスマスに墓参り」という古い習慣の話は聞くが、この日のことについては知らない。明日、お墓を見に行こうか。墓に備えられるお花が、もしかしたら新しくなっているかもしれない。元気だったら行こう・・・

もし「すべての聖人」の意味が、亡くなった人々の魂であるとしたら、たしかに亡くなった人は聖人である。

一か月前に、私のフランスの家族の一員が亡くなった。ちょうどひと月くらいなので、普通だったら「お墓参り」に行っていたかもしれない。しかし数日前からフランスでは外出制限が出され、移動しにくい。誰も墓に足を運べないかもしれない。とはいえ、故人は、そんなもの、と、笑い飛ばす人だった。行ったら草葉の陰で大笑いしそうだ。でも私たち、ここに残った者たちが彼を思うことには変わりないから、手加減してほしい。

今日教会で歌った歌手&フルーティストが、センマリットで歌った作品の動画が前日の夜中にアップされていた。一年前に聞いた曲で、まだそのときは漠然としていたが、あらためて聞くと、明確になってきた。絵も理解を助けてくれる。一度見たが、まだ2回目を見ることができない。

死という物を、この国は、もしくはこの国の宗教はどうとらえているのだろう。厳かという言葉が余り似合わない。フィンランドの教会は。光り輝く空へ招かれるというのなら、それは楽しそうなことにも思える。フィンランドの空も、光も、地面に近い。聖書の言葉もミサの言葉も、すっきりしていてわかりやすいと思う。日本のミサで使われる言葉は、難しいと思う。

子どもの頃なぜか教会へ通っていたので、詩編の言葉は「あっ知ってる!」と思ったりしたこともあった。「ああそうか」と思った言葉もあったけれど、なにせ、即、忘れてしまう。聖書の番号が書いてあったので調べてみようか。

曲の方は、知っている曲は1曲だけ。これは聖歌とも、国民的作曲者の作品ともいえる作品だ。フィンランドが独立して100年ちょっと。最初から言葉、聖歌、教育は結びついている。クリスマスを祝うのも、ここユヴァスキュラで始まった、と聞いた。

SNSで誰かの訃報を書き込むと、暖かい言葉が返ってくる。つらい気持ちは反復されない。暖かいからうれしくて涙が出てしまうとしても。

前向きになる姿勢はこんなところにもあるのかもしれない。

教会を出る時、受付で、バラの花一輪を贈られた。バケツにまとめてどん、と入っていたが。え、参加者に贈り物?めったにフィンランドで驚かないというか、あれもこれも、ここでは当然、と思ってたけど、これが一番驚いたことだった。思わず教会と人々の交流がよくわからないんですけど、と、その方に質問してしまった。またやってしまった。興味をもつと、つい突っ込みすぎる。

教会での音楽についても書こうと思うけれど、きっと長くなると思うから今日はこの辺で。

ミサの動画がありましたので、下にリンクしておきます。雰囲気を知りたい方はぜひ。

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