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溺愛天国
今日は失われた時間を取り戻すために達哉と山口県へ向かうために、新幹線乗り場にいた。私は軽装で荷物は少なくした。旅館にはアメニティーが充実しているので下着と着替えしか持ってこなかった。
京都駅での待ち合わせは9:16。そこから大阪へ出る。
私はタクシーで9時には到着していた。八条口を一人で歩いていると後ろから呼ばれた気がした。
「静華!」
振り返るとそこには朝の陽ざしを浴びて達哉が立っていた。
「おそいじゃないの」
私が眉を寄せると、
「美人が台無しだろ、朝からそんな顔するなよ」
と、言いながら私のバッグを軽く持ち、私の手を取る。節の堅い骨ばった手は私の手を掴んで離さない。
「こっち……」
「ああ、最近出張に行かなくなって新幹線乗り場をわすれたぁ」
「そやなあ、俺も出張行くとき東京やん、行き方を忘れたなあ。今度は東京へいこか」
「ねえ、まだ山口に着いてもいないのに、次のこと? 気が早いのよ、達哉は」
「暑いから急ごう」
季節はずれな10月の暑さに額に汗が浮かぶ。繋いだ手も汗をかいてきたので解きたいけれど離さない。
「達哉、離して。手が……」
「ダメだよ。乗るまでは離さない。変な男が見ているかも知れない」
「手を洗いたいの」
お弁当も買わなければと思っているのに、私を離そうとしないのはいつものこと。
「早く、乗るんだ。もう発車するから」
ようやく手を離してくれたけれど、駅弁を買い忘れた。空席が目立つ新幹線の座席は達哉が買い占めて前の席も誰も来ないようにしたらしい。
「もしものことがあるだろう、ワクチン接種していてもちゃんとしないとな」
「そんなことしなくてもJRだって考えてくれるでしょう」
「ダメだ。俺はいいけど静華のことだけを考えているんだから」
束縛というか神経質すぎて、少し困ってしまう。私だって小娘じゃないんだから、そこまでしなくたって……。
「ありがたいと思っているわ。だけど」
走り出した新幹線はどんどん速度を上げていくのが分かる。ようやく落ち着いたらしくバッグを荷台にあげようと思ったのか、中からお弁当を出した。志津屋のサンドウィッチだった。それはまさしく私の好物であった。
「早く手を洗って来いよ」
何から何まで完璧でないと気が済まない男・それが達哉のいいところ。だけど少し溺愛が過ぎるのは困りものだった。
どうしても私を手のうちに置いておきたいのだろう。
「ありがたいけれど、私、もう27歳なのよ。もう少し自由にさせてくれてもいいじゃない」
「何を言うんだよ、こんな自由な旅を用意しているんだ。山口では何も決めていないし、旅館でぼんやりしてもいいし、おいしいものだけ食べて、温泉に入ればいいんだよ。何が不満なんだ?」
返事に困る。
温泉は貸し切りで、そのあとオイルマッサージをしてくれるはず。
それはいつものことだから……。
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