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時を戻して

「今度こそ、いけると思う」

「もういいよ、その話。私はそんなことどうでもいいから。第一面倒くさいのは萎えるから」私は本当にそう思っている、強がりなんかじゃない。

「少しばかり、カネがかかるけれど折り合いがつくと思う。向こうは金さえあれば次に行けると思っているようだから」 

 向こう、とは暢司の妻のことだ。私と暢司は出会い系サイトで知り合った。年齢差は10歳。私は35歳の妻帯者とは知らなかった、初めは。だが知り合って二回目で暢司は自分から妻がいることを打ち明けた。

 私は気の合う人だとは思ったが、そんな簡単にホテルに行く気にはならなかったので、じゃ、サヨナラと言えばよかった。京都の川床料理を堪能して楽しい会話ができたので十分だった。

「付き合わない? 僕じゃダメだろうな」

「うーん、あとで訴えられたり、慰謝料を請求されたり写真を探偵に撮られるとか、恥ずかしいことに巻き込まれるのは、かっこよくない。あなたはかっこいいけれど、少し残念な人。妻がいて付き合うとか、バカみたい」

「でも、嫁は別れたいと思っているんだ。僕たちは今は壊れているんだから。子供もいないし、お金さえあれば……」

 私は思う。ああ、そういうタイプの男かと。そういう話をしながら若い女を弄びお金まで巻き上げるイケメンのおじさんということだろうかと。

「馬鹿ですか? 見た目の良さと頭の良さが釣り合っていませんね。こんな話まじめに聞く必要なんかないから。さようなら」

「梨香子さん、ほんとなんだから。紙だけのことだから」

「それ、私にメリットないですよね」

 立ち上がると私は店を出ようと一人歩きだした。ああ、ついてないな。こんな屑みたいな男ひいちゃった。ガチャ失敗だったな。次、探そうと思いながら、鴨川のカップルを横目で見ながら少し殺意に似た気持ちを抱えてタクシーを探すがこんなところでは、空車は流していない。

 世の中、男など星の数ほどいるじゃないか。こだわる必要なんかない。数日してまた、暢司からメールが来た。

「今度こそ、いけると思う。書いてくれた、離婚届」

「ああ、そう」

 私は急速に冷めていく気持ちに気が付いた。財産の半分ほどをもぎ取られた男となぜ付き合う必要があるのだろうか。

「他の男性と今、一緒なのよね。もうメールしてこないでください。私は面倒くさい男はいらないんです」

 暢司のアドレスを削除した。

 私の別名はクラッシャー。男を夢中にさせる何かがあるのかは私にはわからない。また、別の店に変わらないと。黒服の清志に声をかけて次はKleinに鞍替えしようと思う。少しはましな男がいそうな気がする。

 出会い系は素人ばかりで遊び方が下手だと思う。でも店に来るお客さんも慣れすぎてつまらない。

 今更、昼間の世界に戻ることなんか、できないわ。

 私は、夜の街に溶け込んだ。お仕事の時間がやってきた。

 

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