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連載小説 『エフェメラル』

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人類が宇宙に進出して数百年。惑星間物流トラック運転手のエマと、田舎出身の少女ユーヒ。ひょんなことから伴に旅をすることになった2人に次々と起こる様々な事件。宇宙を舞台にしたSF・ロ… もっと読む
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記事一覧

連載小説『エフェメラル』#7

第7話  望郷    エマとユーヒが施設を訪ねている間、マイルス商会本部にあるゲンソウの執務室では、今後のリンへの対応について、ゲンソウ、レニー、ジルが話し合いを続けていた。ゲンソウがジルに質問する。 「リンの今回の行動、ジルはどう思った。素直な意見を聞きたい」 「それは、自分がリンをよく知っている立場であるということを前提に答えてもよろしいでしょうか?」 「それでいい」  自分の答えがリンの処遇を決めるかもしれない。ジルの頭の中をそんな思いがよぎる。しかし、自分

連載小説『エフェメラル』#6

第6話  深層    ラウラ。ユーヒには覚えのない名前だった。しかし、その名を聞いた時の心のざわつきは否定しようもない事実だ。 「ラウラって、誰?」  自問のはずが、ユーヒは心の声をそのまま口にしてしまう。ユーヒがその名を知らないと分かったラジャンは、慌てて答える。 「いや、何でもないです。忘れてください」  ユーヒは自分を落ち着かせるため深呼吸し、目の前にいるラジャンを観察することに集中する。褐色の肌、墨で描いたような黒髪。椅子に座っているため、背丈がどれほどな

連載小説『エフェメラル』#5

第5話 再会  ユーヒは二重扉で仕切られたクリーンルームの中にいた。ユーヒの意識が戻ったとの連絡を受け全力で駆けてきたジルは、ユーヒの姿をガラス越しに確認する。ボンヤリとした目つきだが、ユーヒの目はしっかりと周囲を認識しているようだ。ユーヒの治療にあたった担当医師の説明では、身体機能、脳波とも異常なく、数日後には話せるようになるとのことだ。その言葉を聞いたジルは安堵した。まずは一つ峠を越えた。現状を月の本部に伝えなければならない。気を引き締めなおし、施設の通信機器を使っ

連載小説『エフェメラル』#4

第4話 宴のあと(後編)  船の外はとても静かだった。施設を襲撃した一団は、施設に常駐しているマイルスの軍に鎮圧されたのだろう。負傷したユーヒと少年は今、薄い青緑色の液体に満たされたカプセル型の箱の中にいた。硬化ガラスがはめられた箱の一部から、二人の首から上だけが見えている。二人が入った箱は、エマがマイルス商会から運搬を依頼されていた医療用の機械だった。 「二人とも外傷は少ないけど、内部のダメージが相当大きい。特に男の子のほう。ユーヒちゃんもきちんとした施設での治療が必

連載小説『エフェメラル』#3

第3話 宴のあと(前編) 「っていうか、ちょっと、酒、持ち込みすぎなんじゃねえか?」  エマは自分の船の中で開かれている宴会を、他人事のように眺めながら言った。再びエマの船に乗ることになったユーヒは、お酒が入ってご機嫌なジルと一緒になってお喋りをしてはゲラゲラと大声で笑っている。  月を出発したその日の夜、エマの船の新たな同乗者となったジルは、「せっかくだから、歓迎パーティーやろう!」と自ら言い出したのだ。 「エマ、別にいいじゃないの。これは私がみんなに飲んだり食

連載小説『エフェメラル』#2

第2話 月の女王   火星を出発してから2か月が過ぎた。先日の騒動からすでに3週間経っている。謎の集団に襲われてからしばらくの間、ユーヒは恐怖が抜けずに無口になっていたが、1週間程でその口にはいつものお喋りが戻った。一方、あとから乗ってきた男、その男は自らを『リン』と名乗ったが、リンは自分から人に話しかけることが全くなかった。エマやユーヒが声をかけると、「ああ」とか「いや」とか、二文字の単語で会話を終わらせた。人生で話す文字の数が決められているのかと疑いたくなるくらい口数が

連載小説『エフェメラル』#1

第1話 ただ、心に従う  人が生活の場を地球から宇宙に移して数百年が経った現在も、トラックによる輸送が主な物流手段だった。トラック運転手のエマは、この日も火星の企業から依頼された人工惑星の建設部品を月へと運んでいた。ただ、その荷物の他に、あるモノを運んでいた。 「なんであたしがこんなにモノを運ばなきゃならないんだかね」  エマは運転中、進行方向を見ながら、独り言のように呟いた。 「あれ?だって、乗ってけって言ったでしょ。私が勝手にトラックに乗り込んだわけじゃない