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今酒蔵が稲作を始める意義

みなさま初めまして。蘇(いける)彰宏です。愛知県岡崎市の山間部に所在する柴田酒造場で日本酒の製造を担っています。

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もともと大学・大学院ではお酒ではなく生物の生態系なんかの勉強や研究をしてきましたが、日本酒製造における微生物の遷移や相互作用、そしてその絶妙なバランスの上で成り立つお酒に興味がわき、酒造りの世界に飛び込みました。最初に北海道の酒蔵で4年間お世話になった後、2年前から弊社に勤めており、現在に至ります。

このnoteでは、この里山と弊社が現在抱える課題の解決を目標に、2021年から始める自社での稲作とその米を使った日本酒製造の取り組みについて書いていこうと思います。
初投稿になりますので、最初は上記のことについて説明していきます。少々お固い話になりますが、目を通していただけたら幸いです。

蔵周辺地域の高齢化

ここは周りを山林に囲まれ、その谷に水田が広がる緑豊かな小集落です。水源は山から得られ、上流に他の集落がないことからきれいな(汚染の少ない)水で稲作が行える里山と言えるでしょう。今の季節は日中ウグイスの声があちこちで響き、田んぼに水を張ればカエルの大合唱を堪能することができます。

一方でこのような地域では、過疎化に伴う問題を抱えている場合が多く、近年この里山でもその問題が顕在化してきました。若者の流出による少子高齢化から始まる人口減少、空き家増加、休耕作・耕作放棄地の増加といった、この手の話ではよく耳にする言葉のオンパレードです。里山の将来の話題になると、社内でもいつだって暗くなりがちです。

弊社が目指すこれからのお酒の姿

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弊社は創業1830年で、190年間酒造業を営んできました。現在は『孝の司』と生酛系の『众(ぎん)』という2つのブランドの日本酒を製造しています。近年では弊社副社長が製品を世界に広めることで地元へ還元できないかと考え、諸外国へ輸出もしています。輸出量も増加しており、世界に受け入れられているようです。

問題点に気が付いたのは海外の輸入業者との商談をした時だったようです。お酒の説明をすると業者の方から「なぜこの米を使っているのか?」「なぜこの精米歩合なのか?」などと、詳細を聞かれたときにぼんやりとしか答えることができませんでした。国内での試飲販売会でも、来てくれた方にお酒のスペックや味わいは説明できても、それへのこだわりや思いを伝えることができなかったそうです。
このような経験から、『細部まで練りつくされた設計』であり『吞み手に響く情緒あふれる』お酒が国内外から支持されるキーポイントであるという考えに至りました。

里山における田んぼの役割

昨年度の冬に近所の方から相談がありました。田んぼをやってくれないか、と。理由は地主が既にこの土地を離れていることと、これまでお願いしていた担い手の高齢化です。これまで代々田んぼという形で受け継ぎ守ってきた土地を、できれば荒れ果てた耕作放棄地にはしたくないと、この里山に住む方々は誰もが思っているでしょう。今まで私は里山の田園風景を見ても、「きれいだ」とか「のどかだ」とかしか思っていませんでした。でも実際は、この方のように無理や我慢の上で成り立ってきた灰色の情景だったのかもしれません。少なくともこの里山はその状況下にあると思います。
弊社を含む里山の未来のために、田んぼを引き受けることにしました。大きな意義は、より田舎らしい魅力を提供できる場にするためです。

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地域活性化のためには、まず人の流れを生む必要があります。弊社ではこの里山に足を運んでもらうきっかけづくりのために、昨年から築100年以上の土蔵のリノベーションをおこない、カフェをオープンさせました(現在はさらなるリノベーションの最中で、今夏オープン予定です)。そして足を運んでもらった方に、市街には無い田舎の魅力を感じることができる情景を整えることが田んぼの一つの役割と言えます。
また田んぼはただ米を作る空間というだけではなく、本当に多種多様な生きものの生活空間となっています。この生きものたちが里山の農業や環境だけでなく人の心を支える力となり、里山が里山であるためには欠かせない存在だと考えています。一方で近年見直されつつあるものの、化成肥料や農薬を筆頭とした作物生産を重視する近代農法の発展により、生きものの営みの面は軽視されてきており、それはこの里山も例外ではありません。

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したがって弊社で管理する田んぼでは、生きものの生活空間ということに配慮した稲作を行います。そしてその空間から生まれる経済的な側面だけではなく、文化的であり教育的な価値を伝え、届けることが弊社の、ひいては生きものとお酒を学んできた私の役割であると思っています。この田んぼからできたお米で造るお酒のスペック等は未定ですが、ここで育まれた生きものの営みを、味だけでなく様々な面から感じられるものにするのが目標です。そしてお酒を通じてこの里山に興味を持ってくれた方に足を運んでもらうことができれば万々歳です。

田んぼ近況報告

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概要だけ簡単に説明させていただきます。
私は稲作未経験なので、今年はとりあえず弊社近くの田んぼを2か所、合わせて20aほどの面積で取り組み始めることにしました。今年の目標はちゃんと米を収穫することと、可能な限り化成肥料や農薬は使わずに生きものの生活の場を提供することです。育てるのは愛知県の酒米である夢山水という品種です。私は冬場お酒造りでてんてこ舞いだったため育苗については勉強や手が回らず、農家の方に作っていただきました。ありがとうございます。苗には病気予防の薬を使っていますので、今年は減農薬栽培での取り組みということになります。
4月30日と5月1日に弊社社員で田植えを行いました。周りの田んぼよりも一月ほど早く水を張ったので、生きものの生活の場として盛んに活用されているように見えます。

最後に

今回は取り組みについての説明ばかりになりましたが、これからは稲や生きもの様子や、お酒に関することも書いていくつもりです。
目標を達成するまでに長い時間がかかると思います。私も精進するよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いします。

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