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彼女の父
思いつくまま短編の小説を書いてみました。
彼女と僕
彼女と出会ったのは、まだ6ヶ月ほど前である。
それは偶然だったのか、運命だったのか。
フリーでライターをしている僕は、気分転換にカフェで執筆しようと、パソコンを抱え近所のカフェへ出かけた。
いつものお気に入りの席に座ろうとしたとき、椅子の上にきらりと光るものがあった。
なんだろう・・・ 拾い上げてみるとそれはイヤリングだった。
前の客の落とし物のようだった。オーダーを取りに来たスタッフに「落とし物だよ」そう伝えて預けておいた。
しばらくパソコンで作業をしていると、若い女性が慌てた様子で入ってきた。
「すみません。イヤリングの落とし物なかったですか?」
「ありますよ。これですか?」
スタッフは先ほど僕が拾って預けたイヤリングを見せながら聞いた。
「そうでう、そうです。それです」
女性は嬉しそうに頷いた。
「あちらのお客様が拾ってくださいました」
スタッフは僕の方を指し示す。
女性はスタッフに礼を言うと、僕の方にやってきた。
「拾ってくださったそうで、本当にありがとうございます」
「よかったですね。大事なものなんでしょう?」
「そうなんです。母からの誕生日プレゼントです」
それが彼女との出会いだった。
彼女との生活
彼女はイベント企画会社に勤める28歳。仕事の打ち合わせであのカフェを利用したらしい。打ち合わせ相手と別れたあと、片方のイヤリングがないことに気がついた。そこで慌ててカフェに戻り、僕と出会ったわけである。
その出会いをきっかけに僕らは交際を始めた。
その日から毎日のように会っては一緒に食事をした。僕はフリーランスなので比較的時間に自由がきく。彼女は出張の多い仕事だったが、なるべく時間を作ってくれた。
そんな交際が3ヶ月ほどたったとき彼女がいった。
「ねえ。私たち一緒に暮らさない?」
「まだ出会って3ヶ月くらいだよ。早くないかな?」
「でもなるべく一緒にいたいの。私って出張が多いでしょ。帰ってきた時にあなたがいてくれると嬉しいもの。それに家賃だって一緒のほうが節約になるでしょ」
確かに彼女に提案は魅力的だった。何せ僕は収入の安定しないフリーランス。1DKの家賃だってバカにならない。
「それにね。私のマンションはちょっと広めだから、2人でも十分住めるわ」
「君がそれでいいんなら僕にとっては嬉しい話だよ。僕は荷物も少ないから、いつでも引っ越せるよ。来週からでもいいかな?」
「嬉しい。ありがとう」
こうして僕らは一緒に住むことになったのである。
彼女の父がきた
彼女と生活を始めて3ヶ月ほどたった。
夕食を食べてると彼女が言った。
「そうだ。わたし明日から出張なの」
「今回は何日?」
彼女の仕事はイベント企画である。地方でのイベントでは、長期出張もよくあった。
「今回は1泊よ。明日の朝から現地に行って翌日には帰ってくるわ。朝には帰宅するつもり。休みを取ってるの」
「じゃあ明後日のお昼はカフェでランチしようよ」
「わかったわ。楽しみ」
翌朝、彼女はキャリーバッグを引いて出勤した。
今日は取材もないし、急ぎの仕事もない。ゆっくり資料をまとめるつもりでいる。いつものことだが、彼女のいない部屋は寂しい。
昼に軽くうどんを食べ、夜も1人なのでレトルトカレーで済ませた。
コーヒーを飲んでくつろいでいると、マンションのエントランスのチャイムが鳴った。時計を見ると午後8時を過ぎている。
誰だろう?そう思いながらモニターを見るとスーツ姿の年配の男性が立っている。
「はい。どちら様でしょうか?」
そう尋ねると男性はちょっとびっくりしたように答えた。
「そこは私の娘の部屋だと思うのですが」
その男性は彼女の父親だった。
彼女の父にご挨拶
不思議なことに彼女と暮らして6ヶ月ほどになるが、お互いの家族について何も話したことがなかった。興味がなかったわけではない。彼女が僕の家族について何も聞いてこなかったから、僕も彼女の家族については聞かなかっただけだ。
玄関のチャイムが鳴った。
急いで玄関を開ける。
「こんばんは。君は娘の彼氏?初めまして」
「初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。娘さんとお付き合いさせていただいてます」
僕は恐る恐る頭を下げた。
「娘はまだ帰ってないのかな」
彼は怒るわけでもなく優しい声で尋ねた。
「今日は1泊の出張で、帰りは明日になります」
そう答えると
「困ったな。私も出張でこちらにきたんだけど、思ったよりも仕事が長引いてね。ここに泊めてもらおうと思ってきたんだ。君と話もしたいし、泊めてもらえないだろうか」
彼女の父はもう食事を済ませていた。シャワーを浴びてもらっている間に、コンビニに走り、お酒とつまみを買ってきた。
風呂場あから出てきた彼にビールを差し出す。
「ビール買ってきました。いかがですか?」
「嬉しいね。もらおうかな」
彼は嬉しそうにビールを受け取った。
「簡単なつまみも買ってきてるので、よろしかったらどうぞ」
「ありがとう。迷惑をかけちゃったね。ところで君はいつから娘と一緒に住んでるの?」
彼女の父とお酒を
「僕たちは交際始めて、6ヶ月くらいになります。一緒に住みだしたのは、3ヶ月くらい前ですね」
「そうだったのか。あの子は何も話してくれないもんだから」
「ご報告が遅れて申し訳ありませんでした」
そう言って僕が頭を下げると、
「気にしないでいいよ。じつはね、私と妻も同じように、親に黙って同棲してから結婚したんだ。人にとやかく言える立場じゃない」
そう言って彼は笑った。
2人で缶ビールを空けながら、いろいろな話をした。
彼女の子供の頃、いかにヤンチャだったかなど、彼は懐かしそうに話すのだった。
「あの子は本当に優しくて、いい子に育ってくれた。これからは君にあの子のことをお願いしてもいいのかな」
「もちろんです。まだプロポーズはしていませんが、僕は結婚するつもりで、一緒に暮らしてます」
僕がそう言うと彼は嬉しそうに頷いた。
彼女の父
「おはよう。ねえ、起きて」
僕はその声に目を開けた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「どうしたの。こんなにビールを飲んで。ひょっとして私がいなくて、寂しかったのかのかな」
彼女が笑いながら尋ねる。僕は部屋の中を見まわした。彼女の父がいない。
「君のお父さん、もう帰っちゃったのかな」
「私のお父さん? なんのことを言ってるの?」
僕は彼女に昨夜のことを話した。
「父が来るなんて、そんなはずはないわ」
「でも本当に一緒に飲んだんだよ。君のことを頼むって時計までくれた」
昨夜、飲んで上機嫌になった彼が、「娘のことをよろしく」と言いながら、着けていた腕時計を僕にくれたのだ。
「ありえない。私の父は、私が高校生のときに病気で亡くなったの」
「それ本当なの?」
僕は彼女の父にもらった時計を見せた。
「ほら、このロレックスをくれたんだ」
彼女の顔に驚きの表情が浮かび、それからみるみる涙が溢れ出した。
「その時計はお父さんの。お父さんの宝物だったの」
僕はすべてを理解した。彼女のお父さんは、僕に会いに来たんだ。彼女のことが心配でたまらなかったから。
僕は彼女の父から彼女を託された。
僕は泣きじゃくる彼女をしっかり抱きしめて言った。
「結婚しよう」
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