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エフとキャベツの帽子_6.ダイヤモンドの輝き

『金字塔』特別編 エフとキャベツの帽子
 秋帽子
(前回「5.カレー屋と王様」より続く / 第1回はこちら

6.ダイヤモンドの輝き

「ごちそうさまでした!」
 エフたちは、ジョーンズにシラノを返してカレー店を出た。会計を済ませたジョーンズは、トイレ借りるよ、と断って、店の中に戻ってゆく。
 外に出ると、すでに日は沈んでいた。浩一くんと恵庭さんは、タクシーを拾おうと大通りに出る。エフは、浩一くんの肩に乗り、ふと空を見上げた。
「あっ…。」
 星空を覆い隠すように浮かぶ、巨大な八面体の建造物。
 《塔》だ。上下に重ねられた正四角錐は、一辺が200メートル以上ある。光沢のある滑らかな表面が、街の明かりを受けて淡く輝いている。
 恵庭さんも気が付いた。
「ジョーンズさんが、《塔》へ帰還するために偽扉を開いたみたいね。」
 今、彼女たちの目に見えているのは、《塔》の幻影である。目の前に堂々と出現した威容は、決して触れることはできない蜃気楼なのだ。ご丁寧に、夕刻の街明かりを反射して、感傷的な雰囲気を醸し出している辺り、手の込んだ欺瞞に感心せざるを得ない。《塔》に到達しようとしてその謎を探っている者たちからは、「偽塔」(ぎとう)とも呼ばれている。
 《塔》の本体は、地球上からは直接見ることのできない、月の裏側に浮かんでいる。《塔》の内部につながる偽扉を開く魔法が使われる際には、その場所の上空に、《塔》の幻影が現れる。浩一くんとエフが初めて親しく語り合った、池袋の交差点でもそうだった。たまたま、その場には恵庭さんたちも居合わせ、出現した《塔》の外観をスケッチしている。
 もっとも、偽塔は全ての人に見えるわけではない。月食や日食が起こる日など、特殊な条件を満たした場合に、一握りの探索者だけが、その姿を捉えることができる。その原理は完全には解明されておらず、《塔》を巡る神秘のヴェールの一部となっている。
 ごく一部の限られた人々から姿が見られたとしても、《塔》の内部には、とりたてて実益も実害もない。万一トラブルの種になりそうな場合は、ジョーンズのような外交官によって、たいてい未然に処理されてしまう。このため、住人である《出題者》たちにとっては、あまり関わりのない問題である。おそらく、《塔》の成立過程でその内部に取り込まれた、古代遺跡《竜の泉》の住人である、虹頭緑体の臥竜が用いる魔法に属する事柄であろうと、エフは考えていた。
「地上から見上げると、《塔》は、こんな風に見えるんですね。」
 エフは、懐かしい気持ちで出身地の幻影を眺めた。偽塔をじっくり見るのは初めてだが、たしかに圧倒的な景観だ。長きに渡り、探索者たちを惹き付けてきたというのも納得である。同時に、小さな違和感も覚えた。
 何かおかしい。
「上のほうに、誰かいるんじゃないか?」観察力が高い浩一くんが、最初に声を上げた。他人が見ていないものを発見するのは、彼の特技である。
「ここからだと、よく見えないな。恵庭さん、近くに、《塔》の上側が撮れるリモートカメラはない?」
「あります!ちょっと待ってくださいね…。」
 恵庭さんはタブレット端末を取り出し、上空から《塔》を見下ろした映像にアクセスした。近くに、撮影中のドローンがいるらしい。《塔》の幻影はフィルムに保存できないが、不思議なことに、ライブカメラには映る(ように見える)のだ。
 映像製作者であり、欺瞞と詐術の達人でもあるジョーンズによれば、記録に残すことのできない映像が、ライブカメラを通じれば「見える」というのは、何ら不思議なことではない。彼に言わせれば、「物を『見ている』のは目ではなく、人の意識なのだから、脳に情報を届ける機材は、何を使っても構わない」そうだ。中世には、占い師の水晶玉や水盤を使えば、《塔》の姿を見ることができたという。いわく、「現代人にとっては、カメラを通じて見ていると思った方が、水晶玉をのぞくよりも『説得力がある』から見える」らしいのだが、本当だろうか?
 科学的に考えれば、今日は満月。月の裏側は夜の時間で、地球からの照り返しもない。普通のカメラで撮影できるような明るさではないかもしれない。肉眼で《塔》の細部を眺められるのは「不自然」なのだが、探索者たちは古くから、月明かりの元に浮かぶ偽塔の威容を語ってやまない。エフもまた、今宵はこの不思議な現象を目撃していた。
 恵庭さんが、《塔》上半部の稜線近くに、複数の人影がうごめいている箇所を見つけた。すかさず、ズーム機能で拡大する。
「人です。先頭に1人。その後ろに並んで2人…いや3人かな?後列に並んでいる者たちは、全員がマントを羽織り、両刃の長剣を持っています。光っているのは鎧兜かな?武装しているようですね。先頭の1人は、帽子をかぶって、コートを着ています。アーカードか、お洒落なタイラントみたいな…」
「タイラント?『暴君』という意味の?」エフは聞き慣れない名前に戸惑った。
「そうそう、タイラントよ。警察署の廊下をドスドス追いかけてくるアレ。」恵庭さんは、脳裏にその光景を思い浮かべたのかニヤニヤした。
 残念ながら、エフは地上人のモンスター文化に詳しくない。《塔》には、《出題者》を始め本物の怪物がうようよしているので、架空の生物に対する興味関心は乏しいのだ。ちょっと考えて、映画のキャラクターかもしれないと思い当たった。
「サングラスをかけた殺人ロボットのこと?」
 恵庭さんは人差し指を立てて振りながら、ちっちっと舌打ちした(オタ仕草)。
「ターミネーターは、お店から強奪したショットガンを撃ちまくる、バーバリアンのコナンちゃんでしょ。タイラントは、プログラムされた標的をどこまでもしつこく追いかけてくるのは同じだけど、もっとエレガントで紳士的なの。制式採用型は、お揃いのトレンチコートと手袋でビシッと決めているし、標的がゾンビに嚙まれているときや、階段を上り下りする間は、ちゃんと順番を待ってくれるジェントルマンなのよ。」
 恵庭さんが違いを説明してくれても、エフは今一つ要領を得ない。ゾンビが出てくるところをみると、やはり映画かゲームに登場するキャラクターなのだろう。
 その時、恵庭さんが驚きの声を上げた。
「あっ!あれ、嘘…もしかして、東川さん!?」
「んー???」
「何だって!?」
 それを聴いて、エフと浩一くんも画面を覗き込んだ。
 《塔》の外壁には、表面を滑らかに覆う化粧石が欠け、内部の石組みが露出している箇所がある。その一角に、ロングコートを着て、黒い帽子をかぶった男が立っている。帽子は、中折れではない、てっぺんが平らなソフト帽だ。男は大きな石段の上に陣取ると、後続の3人のほうを振り返った。カメラがその顔を認識し、焦点を合わせる。真面目そうな表情に見えるが、目の奥にはイタズラっぽい輝きが宿っていた。
「タイラントじゃなくて、東川さんだね…。」浩一くんも、その顔を確認した。
「まあ、ジェントルマンには違いないか。本人は、帽子とサスペンダーはお洒落ではなく、実用のためだと言い張っているけどね。」
 その口ぶりにエフたちが笑い声を上げようとした時、《塔》の外壁から、アーチ状の強烈な閃光が放たれた。光に包まれ、東川たちの姿が見えなくなる。あまりの光量に、ライブカメラの映像は一時的にホワイトアウトしたが、端末の画面を通さずとも、一瞬、夜空が明るくなるほどの光が放たれたのがわかった。
 エフは、その光の正体を知っていた。あれは、ケプリたちからの攻撃に違いない。
「ケプリは、太陽のエネルギーを結晶化した疑似生物です。《塔》を護衛するため、普段は外壁の化粧石に擬態しています。」エフは、浩一くんと恵庭さんに説明した。
 かつて、補給艦隊の探検家たちが、資源を求めて太陽の光球内に降下したことがあった。彼らはそこで、「マンデトの船頭」と呼ばれる知的生物とコンタクトし、恒星の莫大なエネルギーを利用するためのテクノロジーを学んだという。その技術を応用したのが、ケプリだ。ケプリは、状況に応じて様々な姿を取る。光輝くガス状の体を持ち、強大なプロミネンスの炎を放つ戦闘形態や、ハヤブサの翼を持つ青いコガネムシの姿で自在に飛び回る巡航形態が典型的だ。しかし、それ以外にも、コブラの頭が付いた円盤から多数の長い腕が生えているクラゲのような姿や、角の生えた羊の頭を持つ人型生物など、奇妙な姿をとることもできる。
「ケプリが攻撃するのは、大型隕石や天魔の軍勢など、《塔》を破壊する恐れのあるような、極めて危険な存在だけです。たった数名の人間が襲われることは、まず考えられないのですが…。」そう言ってはみたものの、エフは、《塔》の住人たちが、ケプリを完全にコントロールできているわけではないことも知っていた。ケプリにとって、《塔》は彼らの家なのであり、自分たちの住処を守るために何を攻撃すべきかという判断は、結局のところ、ケプリ自身に委ねられているのだ。
 やがて、画面の光量が調整され、再び人影が見えるようになった。
 東川は、まだ同じ場所に立っていた。しかし、コートは消失(焼失?)して、その下に着込んだ戦支度が露わになっていた。腕は、肘まである光輝く小手に覆われ、胴には陣羽織のような、紋章付きのローブをまとっている。後続の男たちも同じ小手をはめているが、それに加えて、同じように光り輝く兜・鎧を身に付け、大きな盾を構えている。驚くべきことに、東川は、まだソフト帽を手にしているようだ。
 浩一くんは、その装備を識別した。
「魔法のガントレットと、《君主の衣》だね。初めて《塔》に行った時も、後から合流した東川さんは、これを装備していた。」
 恵庭さんが、それに答えた。
「そうです。小手の内部には、魔力を込めた9つのダイヤモンドが埋め込まれています。その力を解放することで、剣を持たなくても、数十体もの敵集団を一掃できるらしいです。」
 恵庭さんは、そう言いながら、右手の親指と人差し指で丸い輪を作り、左手の上をポンポンと動かした。ダイヤモンドの大きさと位置らしい。
「うわ、意外とデッカイのが仕込まれているんだね。」浩一くんは、宝石の巨大さに驚いたようだ。
 エフも、この伝説の装備については聞いたことがあった。
「これは神器(しんき)です。《竜の泉》にかくまわれていたときに、その伝説を聞きました。《出題者》が王国に到来する以前、竜たちが神として崇められていた時代に、選ばれた戦士たちに対して、一時的に貸与されたものだそうです。盾・鎧・兜・小手の4種類があり、全て揃えると、ダイヤモンドに込められた魔力を使って、異界への扉を開くことができます。
 現在、私たちが使っている、偽扉を開く鍵石は、このダイヤモンドの力を模したものだということです。」
 恵庭さんは顎に手を当てて、むーんとうなり声を漏らした。
「後ろに並んでいる3人は、その4種類をフル装備しているみたいね。小手一揃いだけでも二人以上の大魔法使いに匹敵するというけれど、一体何をするつもりなのかしら?」
 たしかに。彼らの意図は謎だが、《塔》の中で生まれ育ったエフには、戦いの道具よりも先に、もっと気になることがあった。
「この人たちが立っているのは、《塔》の外ですよね。
 今、《塔》が実際に存在している場所は…。」
 月の裏側、エイトケン盆地の上空だ!もちろん、地球のような大気など存在しない、ゼロ気圧の真空である。生身の人間は、あっという間に全身の血液が沸騰・蒸発して死亡するはずだ。どうして、安全に歩き回っていられるのだろうか。
「そうだね!こうやって外に立っているというのは、普通はありえない…。
 宇宙服でも着ていないかぎり、人間はこの空間にいられないはずだからね。」浩一くんは、映像を指さして言った。
「それはたぶん、杖の力だと思います。」恵庭さんが説明した。
 よく見ると、どこから取り出してきたのか、東川は、ステッキのような細い杖を手にしている。これは東川が《塔》のどこかで発見し、愛用しているものだ。竜の神とはまた別の時代の、強大な守護神によって授けられた「護りの杖」らしい。最盛期には、一つの都市を丸ごと覆う、不可侵の結界を張ることができたという。
「東川さんは、杖を生み出した女神様の試練を達成して、使用を認められたと言っていたわ。小手は試練の過程で入手したみたいよ。」恵庭さんは、途方もないことを、ごく当たり前のエピソードのように語った。
 そういえば、エフも思い出したことがある。初めて浩一くんが《塔》に入ったときに、東川は仲間たちを案内して、《塔》の下層にある、王国の住人の住処に連れて行った。その際に、東川は、ルーン文字の刻まれた杖を使って魔法円を描き、その秘められた力で一行を防御していた記憶がある。
 エフの目には、あの時の杖は、暗い通路を照らすのに便利な、「光の杖」であるように見えた。この種の杖は、付与された魔法の性質上、歩く死者や吸血鬼のような不死の怪物に痛撃を与える効果があることでも知られる。そのせいか、比較的高価であるにもかかわらず、王国時代から豊富に供給されていた品である。《塔》の邸宅では、凝った装飾を施された杖が、照明代わりに用いられている例も多い。
 しかし、東川の杖には、貴族趣味の華美な飾りつけなどはなく、世界樹の枝から削り出したかのような、シンプルな力強さが感じられた。東川は、杖の正体を隠していたのだろうか。
 エフは、改めて端末の映像を観察した。確かに、東川を中心として、半径50メートルくらいの範囲に、魔力の結界が張られているように見える。この術は、竜たちや《出題者》が使う魔法と異質の系統に属するため、最初はエフの目に留まらなかったようだ。
 気が付いてみれば、下から直に見上げた《塔》の幻影にも、4人の戦士団を守る強大な魔力の流れが見える。莫大な量のマナが、ゆったりと、しかし一時も休まずに滔々と流れてゆく。古代神の法力に感応して、エフの尻尾の先がチリチリと痺れた。攻撃には使われないようだが、伝説のダイヤモンド装備一式よりも、この杖のほうが、ずっと強力な魔法器なのかもしれない。《塔》のどこに、こんなアイテムが眠っていたのだろうか。おそらく、伝説の断片すら残さず失われた、古代文明の遺産に違いない。エフは改めて、自分たち《出題者》の一族が、《塔》の宿す「『夢』と『旅』の秘密」の多くに無知であることを意識した。
 浩一くんも映像を見ていたが、違うことを恵庭さんに尋ねた。
「これは情報収集ドローンの映像だよね。観測機はどこにいるの?」
「レイちゃんが上空5,000メートルで旋回中。バックアップでバグくんが急行しています。あと3分以内に到着するはずです。」
 ペッコで運ばれているときに話してくれた、固定翼の支援機のことだろう。かつての、池袋の交差点での遭遇時に、地上にいた恵庭さんが《塔》の上半分を詳細にスケッチできた理由も、これでわかった。恵庭さんは、このドローンたちを通じて、《塔》の幻影を上空から見ていたのだろう。もっとも、「こちらがのぞいているときには、相手もこちらを見ている」というのが、あらゆる「遠見の魔術」の基本構造である。実際、地上から発進させた機体は警戒され、撃ち落とされてしまったと聞くが、高空に待機するステルス機は、《塔》の守護者たちから上手く隠れていたようだ。
 浩一くんが素早く判断を下した。
「よし、落ち着いて画像を見られる場所に移動して記録を取ろう。
 エフは、ケプリたちの動きを解説してくれ。俺は池田氏に連絡を取る。恵庭さんは、機材の管理とスケッチをお願いします。」
「はい!」エフは飛び上がり、浩一くんの肩の上で宙返りした。パートナーを知的に支援することが、《出題者》最大の喜びなのである。
 恵庭さんは、素早く踵を合わせて敬礼した…かと思えば…。
「ふっふっふ。このぶぎょーにお任せあれ!」と、おかしな見栄を切っている。どうやら、エフの興奮ぶりを見て、笑いをこらえられなくなったらしい。

 三人は近くのマンションに併設された、小さな公園に移動した。余計な邪魔が入らないように、エフは、浩一くんの周囲に魔法迷路を配置する。これは、《出題者》や《見つけられない女》が特定の人々の前に姿を現しているときに、対象者以外の人間の意識を逸らして、異変に気付かせないようにする仕掛けだ。
 一般人は《出題者》の姿を直接見ることができないが、《出題者》と話す人間の姿を見ることはできる。会話の様子や内容から、「すぐ近くに、目に見えない何者かがいるらしい」と感づかれては、大事な謎掛け勝負に邪魔が入りかねない。トラブル回避のため、魔法迷路は必須の技術となっていた。
 上空から送られてくる映像の中では、東川たちが、《塔》の頂に向かい、壁面を登り始めていた。その動きを阻止しようというのか、ケプリたちが新たな攻撃を開始する。
 正八面体をした《塔》上半分の四面から、それぞれ一体ずつ、計四体の光の巨人が現れた。身長は、東川たちの6~7倍はあるだろうか。裾が張り出した腰布を身に付け、細長い杖を手にしている。そのうち一体は、ひときわ堂々とした体格をしており、杖を持っていない方の手のひらを上に向け、そこに四角錐のテントを乗せていた。他の一体は、杖の代わりに筆を持ち、もう片方の手に持った巻物を広げて、何か書き記そうという雰囲気である。残りの二体は、右手に杖を、左手には天秤を持ち、両サイドから威圧的な足取りで迫ってくる。
 エフは解説した。
「彼らは《四法王》です。ケプリの光によって生み出された4体のタイタンで、《塔》の平和を脅かすものを取り締まります。
 手のひらの上にテントを乗せているのは、彼らのリーダーです。テントの中には、エネルギー生命に転生した徳の高い僧侶たちが住んでいて、タイタンに助言をするのだそうです。
 筆を持っているのは記録者です。戦況を逐一書き留め、公正な裁きを担保しているのだとか。もっとも、王国の法に従うわけではなく、彼ら独自の基準によるわけですが。
 二体が下げている天秤は、裁かれる者の罪の重さを量るためのものです。相手を足元に踏みつけたうえで、一方の皿には心臓を、他方の皿には魂を乗せて、秤が釣り合わなければ焼き払われてしまいます。」
「あの大きな足で踏まれたら、痛そうだね。」浩一くんは、電話の相手が呼び出しに応えるのを待ちながら、ゆっくりと前進する光の巨人たちを見て唸った。
 もちろん、東川たちは、踏みつけられるのを待ってはいなかった。
 東川が杖を持っていない方の腕を掲げて、空中に複雑な図形を描く。何かの呪文を詠唱しているようだ。
 虚空より無数の流星が召喚され、巨人たちに降り注いだ。恐ろしくも、美しい光景だ。巨人がひるんだ隙に、輝く鎧兜に身を包んだ三人の戦士は隊列を整えた。幅広の剣を抜き、盾を構える。
 やがて回復した巨人たちは、四方から襲い掛かった。戦士たちは、正面から剣を打ち合わせることなく、弾き、躱すように戦っている。
 エフは、その剣技に息を呑んだ。そういえば、この戦士が一体、呪文で召喚されたのを見たことがある。《竜の泉》に侵入しようとした書記局のエージェントが、泉の主である臥竜に撃退されたときのことだ。当時、《竜の泉》には、エフ以外にも隠れ住んでいた人物がいて、彼が説明をしてくれた。
「ダイヤモンドの戦士が振るうのは、ガーディアンと呼ばれる剛剣です。
 人間なら、力任せに叩きつけられただけでも命取りになります。しかし、この剣が真価を発揮するのは、もっと強大な相手と戦うときなのです。
 迷宮の中には、恐竜たちが群れを成して棲む階層があります。そこで磨かれた剣技なのですよ。巨大な捕食者たちに力負けしないように、ああして受け流し、崩して隙を作るのです。」その人が説明した通り、竜に召喚された一体の戦士は、強力なパンチを繰り出す青い巨人や、腕の先が鋭い鎌になったガイコツの化け物といった、自分の身長の何倍もある怪物たちを翻弄し、あっという間に《竜の泉》からたたき出してしまった。
 あの時見た戦士よりも、今、東川と共に戦っている戦士たちは、もっと力強く、獰猛そうに見えた。戦士の一人が、近づいた《四法王》の攻撃を誘って体勢を崩させ、素早く背後に回る。そのまま盾をハンマーのように振るって、腰をかがめた巨人の尻を強打した。痛撃にひるんだ《四法王》は、杖を突いてよろめき、首を伸ばしながら振り返った。その両目が青白く輝き、灼熱の光線を放つ。戦士たちは素早く回避したが、ひるがえるマントの端が、瞬く間に燃え上がった。すると、戦士の兜から氷の息が吹き出し、炎をただちに消し止めてしまった。
「へえー。あんなこともできるんだね。」電話を掛けながら、横目で映像を見ていた浩一くんが感心する。
 その後も、一同が見守る中、ダイヤモンドの一団は戦い続けた。《四法王》のビーム攻撃を冷静に回避し、ガーディアンの切っ先を、巨人の脚に突き立てていく。やがて、一体の巨人がいらだち、天秤を大きく振り回したが、もう一体の杖に引っ掛かってしまう。二体は互いの怪力に引き寄せられ、もつれ合って足を絡ませた。
 東川は、この隙を見逃さなかった。慌てる巨人たちの足元に潜り込むと、巨木のような二本の足首に向け、両腕を突き出した。東川の小手が青く輝く。
 ドン!ドン!ドン!
 ドン!ドン!ドン!ドン!
 ドン!
 立て続けに浴びせられた衝撃に、巨人たちが激しく震えた。
「ニュークス!現生人類が使えるうちでは、最強クラスの破壊魔法です!
 し、しかも連発で!7回?いや、8回は撃ちましたよね!録画できないのが残念です…」恵庭さんが、忙しく筆を走らせながら悔しがる。突然の素早い動きを見逃さず、何が起こったのかを冷静に読み取ったのは、さすが元自衛官というべきか。こんなとき、恵庭さんは、もの凄く早口になり、普段ののんびりした風貌からはうかがい知れない集中力と攻撃性を発揮する。
 連射された核撃の閃光で、《塔》は、まばゆい輝きに包まれた。その直後、白熱する光の玉が二つ、《塔》の壁面に吸い込まれてゆく。東川に狙われた《四法王》二体の脚が、重なり合った膝下から引きちぎられ、出現元のエネルギー体に戻っていったのだ。支えを失った二つの巨体はゆっくりと崩れ落ち、《塔》の斜面を滑りながら、オーロラのような虹色の光へと分解していった。二体を構成するケプリが統率を失い、《四法王》の姿を保っていられなくなったのだろう。
 仲間を失った巨人たちは、警戒して退き、東川と戦士たちから距離をとった。その間に、戦士たちは、三つの盾で東川を覆った。温かな癒しの光が、重ねた盾の裏から溢れてきた。どうやら、捨て身攻撃で東川が負ったダメージを回復させたらしい。
「やった!
 弁慶の泣き所!タロスの弱点!アキレス腱!
 小手に封じられた、特大ダイヤモンドの力を使いましたね。」恵庭さんがガッツポーズをする。
 こんな激しい戦闘を見慣れないエフも、ようやく、何が起こったのかを理解した。
 なるほど。最初から、巨人の弱点である足元を狙っていたわけだ。最強クラスの攻撃魔法を至近距離から連発することで、破壊力を一点に集中。《四法王》の脚を吹き飛ばしたということか。
 もちろん、そんなことをすれば、術者もただでは済まない。しかし、盾のダイヤモンドには、回復魔法が封じられているようだ。他の戦士たちは盾の魔法で味方を回復させられるから、すぐに癒してもらえば死なないわけだ。
 戦士たちが盾を構え直すと、すぐに、東川は立ち上がった。
「たしか、東川さんの《君主の衣》にも、ヒーリング効果があったよな。盾の魔法と併用すれば、一撃で即死しないかぎり、そのうち回復してしまうわけだ。」浩一くんは感心した。
 今や、《四法王》は二体に半減し、対する東川たちは、ほとんど無傷の状態に回復した。この展開を不利と見たのか、《四法王》のリーダーが掲げるテントから、白髯(はくぜん)の老人が現れ、何か進言を行っている。リーダーは何度か深くうなずくと、もう一体の巨人(筆と巻物を持っているやつだ)に対し、身振りで攻撃中止を命じた。その後、助言者はテントの中に消え、巨人たちは最初に出現した位置に帰っていった。撃退された二体とは異なり、消滅はしないが、もうむやみに手を出す気はないらしい。
 エフは、その行動をこう解釈した。
「東川さんたちが何をしようとしているのかはわかりません。でも、ケプリの化身である《四法王》は、その行動を危険と考え、阻止しようとしていたのは間違いないでしょう。
 しかし、東川さんたちの戦いぶりが見事なので、行動を直接止めるのは諦めたみたいです。今は様子をみて、発生する危険に対処する方針に切り替えたのだと思います。」
「そうだね。たぶん東川さんたちは、こうなることを予想して、準備してきたんだろうな。」浩一くんも同意した。
 恵庭さんは、テントから出てきた人物をスケッチしながら、根本的な疑問を呈した。
「それで、東川さんは、一体何をしようとしているんでしょう?」
 エフにも、その答えはわからなかった。もう少し、様子を見ているしかなさそうだ。

(「7.未来への扉」に続く)
※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは、一切関係がありません。

30周年で六角形に!?深まる秘密が謎を呼びます。秋帽子です。A hexagon for the 30th anniversary! A deepening secret calls for a mystery. Thank you for your kindness.