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【解説】スポンサー営業で起こる"お願い営業"の構造

よくサッカークラブのスポンサー営業で言われている、所謂”お願い営業”というものだが、だいたいこういった言葉が出てくる時にはネガティブな観点で語られることが多いと思う。

しかしながら、この"お願い営業"として起こっている事象はその根本にあるビジネス構造がスポンサー営業に部分的に表出しているに過ぎない。大本の原因はビジネス構造に存在している。

そして、このことは長い業界の歴史の中で業界内では周知の事実であると同時に、変えようと挑戦してはなかなか変えることが難しい"持病"、または"業"と言ってもいいようにも思う。

売り側にある構造

まず、"お願い営業"に至ってしまうサッカークラブ経営において重要なビジネス構造は大きく言って2つある。

1.開放型リーグによる"費用"ありきの予算設定
2.1により価値評価を合理的に説明できない売り手の非合理性

サッカービジネスの世界標準のルールはこの「開放型リーグ」というものだ。スポーツには大きく分けて「開放型リーグ」と「閉鎖型リーグ」が存在している。その違いは以下の通りだ。

開放型リーグとは・・・
複数の階層からなるリーグ構成において、シーズン終了時の競技成績に応じ、上位リーグの成績下位チームと下位リーグの成績上位チームが入れ替わるシステム(昇格・降格)。
閉鎖型リーグとは・・・
リーグ参入権を与えられたクラブのみでリーグ戦が行われるシステム。上位リーグへの昇格、下位リーグへの降格がない。リーグの拡大時に新たな参入権の付与が行われ、またリーグ規定によるクラブの入れ替えも実施される(競技成績とは無関係)。

サッカービジネスの世界においては「開放型リーグ」がスタンダードになっている。それは、イングランドで始まったサッカーの歴史的成立ちが関係している。

さて、この「開放型リーグ」で何かが起こるかというと「上位リーグに所属すればするほど、商業的な価値が高まる」という事が起こる。

開放型リーグの特徴

クラブへかかるプレッシャー、行動優先順位として、

1.上位リーグへの残留
2.リーグ上位成績・優勝(昇格)

となることは自明なことだ。その中で、予算設計がどのようにされることになるかというと、「残留(または優勝・昇格)に必要な費用(=売上)」が設定されることになる。この予算組に対して、現時点のクラブの商業的価値がその水準に達していない時、その時に「価値評価を合理的に説明できない売り手の非合理性」が生まれてくることになるのである。

価値評価に基づく価格設定を合理的に説明できないことにより、所謂「お願い営業」という体裁にならざる負えない状況に陥ることになる。

「お願い営業」の建前として「理念・ヴィジョンへの共感」が良く謳われるわけだが、それは本来ビジネス合理性から見れば「前提」であって、決して共感自体が目的ではないはずである。

買い側にある構造

「お願い営業」で支払ったお金は、極端な話それはお願いされて払ったいわゆる「支援金」ということに近くなる。支援しているという立場が買い側に発生することで、このスポンサーシップを通じたビジネス上のメリットの享受へのモチベーションが高まらず、せっかく買った”権利”の活用が上手くされないことが起こってくる。または、期待値に対するリターンを得られないという事が起きてくる。

加えて、ここには日本のスポーツ産業における歴史も関係してくる。長らく日本のスポーツ産業は「企業スポーツ」としてアマチュアの実業団世界だった。唯一プロ化していた野球に関しても、オーナー企業の「広告宣伝」の「コスト」としてとらえられてきた。これは税務上も定義づけられてしまってきたものだ(直法1―147 昭和29年8月10日 職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について)

本来、スポンサーシップというのは"権利"の販売であるはずで、販売した権利の活用は買い側にも責任が生じるはずである。この権利を有効活用して自身のビジネスへリターンを設計することが必要であり、その要望が売り側へのアクティベーションのリクエストに繋がっていく。よくスポーツビジネスのスポンサーアクティベーションの成功例として挙げられるものは、買い手の権利活用の成功例と言い換えていいと思う。

外資系の会社のスポンサーシップを見てみれば、コカ・コーラのアクティベーションへかける予算は実際のスポンサーシップ獲得にかける金額の5倍とも言われている。権利を買ったから、即リターンが得られる、という話ではないのである。

”お願い営業”は変わらないのか

中でビジネスをしている方々は、意識下、無意識下の別に関係なく、この構造的問題を認識しているし、ここに挑戦しようと日々努力している。外側から見ると歯がゆく見えることも多いと思うが、みな日々大変な努力をされてこの業界の維持と成長がなされている。

しかし、現実的にクラブは残留しなければならないし、上位を目指さなければならない。そのためには目の前のお金をしっかりと確保しなければならない。その現実とのはざまに常に揺れ動き、壁にぶつかりながら前に進んでいくしかない。

なぜ5大リーグのビッグクラブの成功の話にみな飛びつくのかといえば、彼らはこの構造上の成功者であるからだ。クラブとしての人気を経済的価値として最大化している成功例だ。だからといって、全てのクラブが明日すぐに成功者になれるわけではない。リーグとして、クラブとしてビジネス成長を戦略的に計画し、中・長期的に動いていかなければならい。そこに、理念やビジョンが必要になり、それだけでなくそれに沿った実際の行動を積み重ねていく必要がある。そしてそこには合理的なリターン設計もなされなければならない。

ESLが行きたかった世界線と現実

ESLが行きたかった世界線はまさにこのビジネス構造からの脱却だ。"必要費用から逆算される予算構造"から起こる不安定な収益構造を引き起こす「開放型リーグ」から抜け出したかった。

しかし、実際に起こったことはファンからの反発による計画のとん挫である。そこには「なぜサッカーがコンテンツとしての価値を生み出しているのか」を考える必要がある。

イングランドから始まったサッカーの歴史は、はじめはバラバラにやっていたルールを統一し、公式に試合を開催するようになり、人々がより質の高いサッカーを熱望し、産業革命による都市の発達から自らの出自と地域のアイデンティティとの結び付きをサッカークラブに求めたことから、昇格・降格のある開放型リーグとして世界中で発展してきた。

サッカーの価値の源泉はこの歴史的、文化的なものと密接に結びついている。その文脈から外れてしまうサッカーはもはや価値のあるサッカーではないのである。

"持病"と向き合い付き合っていく

自分自身はこれはサッカービジネスの持つ"持病"、または"業"のようなものであると考えるようになった。クラブの理念を示し、地域に結びついたアイデンティティを代表すること、それはサッカーが価値を生み出すための前提である。

そのうえで、サッカーがやはりプロスポーツビジネスである以上、現代において人々は経済的な合理性も求めるようになっている。

「理念・ヴィジョンへの共感」というのは前提であり、それは必要なことである。その上で、ビジネスとしての合理性を設計し、説明することが必要であるし、サッカーに対する買い手・消費側の理解も深まっていかなければならない。

これは非合理性と合理性が同居しているようなもので、二律背反しているものがサッカーであり、その難しさと魅力に繋がっていると思っている。

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