【全4回】フードマーケット未来予想図ー第1回:”化石化”したデパ地下型商売
コロナ禍において急激にパラダイムシフトを起こしたフードマーケットの現状と未来を、商業施設の最前で仕事をしてきた私湯浅が総括する全4回の連載企画『フードマーケット未来予想図』を開始いたします。様々な事例をご紹介しつつ、食消費トレンドの様相を独断と偏見で読み解いてみたいと思います。気軽なコラムのようなものですので、業界の方もそうでない方も気軽に読んでいただけたら嬉しいです。
■こんな方におすすめ!:・フードマーケットに興味がある ・コロナのフードマーケットへの影響が知りたい ・新しい食文化を考えたい ・食のトレンドが知りたい ・湯浅の記事に関心がある(感謝!)
※なお、本記事では生鮮・惣菜・弁当・スイーツなどの食物販市場を中心として”フードマーケット”と呼称しています。
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フードマーケット未来予想図 ー その1:”化石化”したデパ地下型商売
『フードマーケット未来予想図』の第1回では、フードマーケットの王者”デパ地下”のこれまでとコロナ禍で顕在化した環境変化をみていく。決して揺らぐことがないように思われたデパ地下型商売の優位性が失われていく一方で、虎視淡々と力をつけてきたのは”食品スーパー”。これまで、競合することのなかったはずのライバルの出現はカオス化したフードマーケットの現在を象徴するようだ。
・20年続いたデパ地下型商売
広大な食品フロアに、生鮮食品から和洋中の惣菜やお弁当、スイーツなどのお店が軒を連ねる”デパ地下”。その強みは、買い物や交通の利便性の高い立地に、専門性の高い店舗を網羅的に集積した独自の食編集にある。フロアに降りたった瞬間に感じる、色鮮やかなスイーツ、出来立て惣菜の美味しそうな香り、市場のように賑やかな生鮮売場、まるで劇場のような非日常性こそ”デパ地下”の最大の魅力といって差し支えない。現在では、立地や契約形態も様々に、デパートのみならずショッピングモールや駅ビル・エキナカなど、あらゆる場所にこうしたデパ地下型の専門店集積が見られるようになっている。
こうしたデパ地下型の店舗集積が確立した背景には社会的背景が大きく関わる。ハード面では大店法の緩和から2000年の廃止に伴い、より自由度の高い営業体制での店舗集積が可能になったことが大きい。これと並行して女性の社会進出が進み、より便利でより豊かな食事を求める志向が強まったことで消費者ニーズも激変した。これまでの”内食(自炊)”と”外食”の間に、出来合いの惣菜や弁当などの”中食”という新たなマーケットが生まれたのだ。
テナント側も冷めても美味しく食べられる商品や電車での持ち運びに適した包材の開発、売り逃しや欠品を防ぎ効率的に生産するための大型の厨房(CK:セントラルキッチン)を郊外に設けるなど、新たな市場に対応する業態の開発を進めてきた。デベロッパーもまた、季節ごとの大型販促、専属バイヤーの目利きによる定期的な商品や店舗の入れ替え、大型リニューアルを仕掛け、可変性の高い売場づくりを行ってきた。こうした商い魂の結果、”デパ地下”はすっかり市場に浸透し、連日多くのお客様で賑わいを見せることとなり、なんと20年もの間フードマーケットを牽引し続けることとなったのである。
・”華金”が消えた売り場
前項の通り、デパ地下型商売は都市消費者のライフスタイルにあわせて成長を続けたきたビジネスである。前提としているのは、大量生産・大量消費・マスな行動様式であり、ターミナル駅・駅近・長時間営業・人員物流の集中こそデパ地下型商売の最大の強みであった。ところがこの前提が今大きく崩れている。
上図のように旧来のライフスタイルには一定のリズムがあった。実際に私自身が現場にいた際も、月曜日の売り上げが最も低く、週末にかけて上昇、金曜土曜にピークを迎え、引きの速い(お客様の帰宅時間の早い)日曜日はやや数字が伸び悩むというのが基本である。時間帯では、夕方5時〜遅くとも7時頃までがピークで、ここにあわせて商品や人員を集中的に投下する。また、お盆休みや年末年始などの大型連休なども集客が期待できることもあり、集中的に販促費を投入するなどの計画も立てやすい。ヒト・モノ・カネを集中投下できることが、専門店集積ならではの強みである。
ところが、こうした”強み”はライフスタイルの変容とともに、むしろ”リスク”として認識されるようになった。働き方改革!などと叫ばれるようになり、働き方の多様性が認められるようになり、時間や場所に依らない働き方を選ぶ流れができてきた。コロナウィルスの感染拡大によりその傾向が急速に顕著になったことは言うまでもない。多様なライフスタイルは、集合的な一定のリズムを持たず、ピークタイムや繁忙期を想定することが難しくなる。ヒト・モノ・カネの集中投下は、食品ロスやコスト増を招く危険をはらむことにとなってしまった。さらに、デパ地下の強みであった駅近などの立地条件も、高い家賃や人件費がむしろ”リスク”として認識されるようになってしまった。
2020年度、都心の商業施設の多くが前年比50%〜60%という前代未聞の売上高となった。2021年現在、施設によってはコロナ前比で80%〜90%まで回復している施設も出始めた。ただし、某施設の担当者が話していた話が印象に残っている。
「ついコロナ前と比較してしまうのだけれど、もう時代が完全に戻ることはない。コロナ以前の水準にどう戻すか?ではなく、新しい時代にあわせてどう変化していくのか?前向きに考えていかなければならない。」もはや”コロナのせい”とだけでは片付けられない事態までコトは深刻化している。
・食品スーパー「ライフ」がコロナ禍に過去最高益を達成したワケ
多くの業界がコロナ禍で疲弊する中で、食品スーパーのライフコーポレーションが過去最高益を達成したというニュースは多くの人を驚かせた。ライフでは2020年4月にいち早く、パート・アルバイトも含め全従業員に特別手当てを支給したことでも話題となった。絶好調のワケは多くの記事が指摘する通り”巣ごもり特需”もあるが、筆者は本質的な理由は別にあると考えている。
ライフをはじめとした総合スーパー各社は、コロナ禍以前から惣菜売場にかなりの力を入れてきた。毎年2月に開催される”デリカテッセントレードショー” は来年9回目を迎えるが、中でも例年注目を集める(というか私が一番注目している)のは”お弁当・お惣菜大賞”である。スーパーマーケットやコンビニエンスストアのお弁当・惣菜(ベーカリー・スイーツ含む)の中で優れた商品を表彰するもので、例年受賞商品はデパ地下の高級惣菜にも負けない(むしろ勝っている!?)創意工夫と素材の魅力に満ちている。参考までに昨年の受賞作のリンクをつけるのでぜひご覧いただきたい。”豆豆豆豆豆とクスクスのサラダ(理恵産業)””鰹だし香る彩り野菜の和風ピクルス(デリカキッチン)”など、どこぞのビストロで出てきてもおかしくないようなトレンド感のある商品が並ぶ。併せて、ぜひ価格もご覧いただきたい。弁当であれば600円台、惣菜は200〜300円台が中心である。ちょっとしたパック惣菜でも500円以上、弁当では1,000円前後になるデパ地下惣菜とは比べ物にならないお手頃な価格帯である。
また、こうした惣菜を作るための店内厨房にも各社力を入れてきた。代表的な事例が2018年11月に開業したサミットストア三田店である。スーパー店内の撮影は不可なので、ぜひリンクの記事などご参照いただきたいが、明るくオープンな厨房の前にキラキラと並ぶ出来立ての惣菜が出迎えてくれる店内は、一歩足を踏み入れるだけで心が華やぐ、まさに”日常の中の非日常”である。また、2020年6月開業のライフコモレ四谷店ではライブ感のある厨房演出が魅力的だ。厨房内の大きな鉄板では随時大きなだし巻き卵や焼きそば、お好み焼きなどが焼かれ、目の前の陳列台に並ぶ。まるで縁日屋台のような活気は、店舗の名物となりリピート客をつかむ。焼きたてのホテルブレッドは焼きたての熱々を袋を閉じずに並べており、ベーカリー専門店のような香りがいつも漂っている。
また、スーパーでは柔軟な販促にも力を入れてきた。通常デパ地下や商業施設では”52週MD(マーチャンダイジング)”が一般的だ。一年を52週に分けて、その時々のモチベーションや気候、食材の旬に併せて商品の構成や販促を変化させるというものである。ところが、毎日利用されるお客様の多いスーパーでは”365日MD”とも呼べる細やかな販促計画がなされる。昨日の売上動向やその日の天気、昨晩のTV番組の特集や周辺店舗でのセール状況など、様々な事象に合わせて在庫を常に変化させていく。もっと言えば、午前中or午後、閉店時間までの残り時間に合わせて常に売場状況に目を見張り、お客様が今欲しいものを的確に提供する、いわば”365日24H MD”とも呼べるような細やかな販促が日々行われる。これを実現するために、多くのスーパーでは常にスタッフが売場を巡回し在庫状況を確認し、厨房に指示を出す様子を見てとることができる。
この他にも、都市型小型店でのレイアウト研究、CKと店内厨房の使い分け、郊外店の測り売り惣菜、半調理惣菜の開発などなど、総合スーパーが手がける創意工夫は枚挙にいとまがなく、日々その進化は目を見張るものがある。(記事の末尾に首都圏近郊のおすすめスーパーを羅列しておくので、興味がある方はスーパー巡りをしてみてもらえればと思う。)こうした本部と現場が連動した進化をつうじて、確実に顧客の心を掴んできたことが、コロナ禍にもかかわらずライフなど大手総合スーパーが軒並み好調を維持したワケである。
・”化石化”したデパ地下型商売
話をデパ地下に戻そう。スーパーの進化の一方で、デパ地下は20年近く同じ顧客に同じ売り方を続けてきた。百貨店のシャワー効果や利便性の高い立地に守られている以上、スーパーがデパ地下の敵にはなりえなかった。「スーパーのチープな惣菜は、デパ地下の高級惣菜とは別物」だったはずである。ところがライフスタイルが変容した途端、顧客は自宅の近くのスーパーに流れてしまった。お客様はすでに知っていたのである、自宅の近くのスーパーでもデパ地下に負けないような美味しい惣菜が、出来立てで、安く食べることができるということを。”化石化”したデパ地下には、いままでの常識を覆す柔軟な進化が求められている。これを実現するのは、デベロッパー、テナントを問わずフードマーケット に関わる全ての人が現場を重視することが必要だと私は考える。オフィスで数字を眺めても、ネットや雑誌で情報を集めてもそこに答えはない。今すぐ売場に行き、目の前のお客様が何を求めているのか?その服装から目線の動き、足の運び方など些細な気づきや直感が大きな進化のきっかけになるはずだ。
フードマーケット未来予想図ー第1回:”化石化”したデパ地下型商売
おしまい
・おまけ:湯浅が選ぶ首都圏で見ておくべきスーパー10選
①サミットストア神田スクエア店(店内レイアウト)
②サミットストア三田店(惣菜厨房)
③ライフコモレ四谷店(惣菜厨房)
④ヤオコー新浦安店(惣菜売場レイアウト)
⑤イオンスタイル幕張ベイパーク店(イートイン・はかり売り)
⑥イオンスタイル有明ガーデン店(グロサリー)
⑦ビオラル吉祥寺(オーガニックのバランス)
⑧ヤオコーららぽーと富士見店(生鮮売場)
⑨ヤオコー府中フォーリス店(2021注目店舗)
⑩あなたの自宅の最寄りスーパー(あらためて見てみると発見があるかも!)
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長々お読みいただきありがとうございました。第一回はちょっと教科書的な話やネガティブな話も多く、あまりワクワクする内容にならなくてすみません…。厳しいこと書いたけど、私はやっぱりデパ地下が好きです。まだまだ厳しい時期は続きますが、これを機に次世代へ進化するって信じながらこうして筆をとっています。さて、次回は『SDG'sでメシが喰えるか?食消費のトレンドの現在地』と題して、ここ数年で目立ってきた新たな食消費トレンドをご紹介します。
『フードマーケット未来予想図』今後の投稿予定 ※毎週金曜夜 更新予定
7/30 第1回:”化石化”したデパ地下型商売
8/6 第2回:SDG'sでメシが食えるか!?食消費トレンドの現在地
8/13 第3回:2021年弁当・スイーツ最旬トレンド
8/20 第4回:フードマーケット未来予想図
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