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仕事のセオリー「ボールを転がす」

少年サッカーの難しいのは、子どもたちも周りの大人も「勝ちたい」「勝たせたい」と思っているけど、参加してくれている子どもたちの出場時間をできる限り均一化することを同時に求められるところ。試合に出られなかったらやっぱりサッカーを好きになれない子が多いですからね。

また低学年においてはどうしても試合がボール中心になってしまうので、いわゆる「おだんごサッカー」になりがち。周りが見えていない子も多いので、パスやスペースに蹴り出すという選択肢を持てず、ボールタッチが得意な子はひたすらドリブル、不得意な子はただ蹴るだけということも少なくありません。

ドリブルばかりする子には、外からは大人たちが「一人でやるな」とか「囲まれる前にパスを出せ」とかて声をかけるが、実は、当の本人はドリブルに夢中で全然その声が届いていないわけみたいですけどね。

ここで問題なのは「一人でやる」ことも「囲まれること」もそれ自体が悪いわけではないことです。例えば、メッシに対しては「一人でやるな」とも「囲まれる前にパスを出せ」とも言わないわけですよ、みんな。一人でゴールまで持っていけるならそれはそれでいいし、囲まれるってことはそこを抜ければ数的有利になるわけ、囲まれてもボールを取られなければ何も悪くないんです。

このように一見、ダメそうに見えることでもそれ自体がダメなわけじゃなく、その結果がダメということが仕事でも職場でも平気で起きています。

他責にすること、離職率が高いこと、ストレスがかかること、残業が多いこと、などなどですが、ちょっと説明しないと分かりにくそうですね、今日はしないですけど。

また感覚的に悪いと思うことというのはそのままの状態で解決するのが難しいことも多いです。「チームの雰囲気が悪い」とか「人間関係に悩んでいる」とか「成果が出せない」とか「出世できない」とかです。

これらに対する共通的な解決方法(答えじゃなくて、あくまで解決の方法)としては「ボールを転がす」ことです。「ゴールからの逆算する」でも書いた因果を作ることが計画を立てるときは大切で、問題を発見するためには因果を遡ることと辿ることが大切です。

因果を遡るためには、その「悪いこと」が何によって引き起こされているのか、自分が「悪い」と感じた具体的なシーンを思い出すことです。誰かの発言だったり、振る舞いだったりすることもあります。もしくは何らかの報告や数字を見たときかもしれません。抽象度の高い問題、抽象度どの高い問いって解決しにくいものなので、具体的に考えることがその際には有効です。

また因果を辿るには、その「悪いこと」によってどんな悪いことが起きているのか、起きるのかを考えることです。「チームの雰囲気が悪いことによって、お互いに無関心になり、本来必要なサポートがなされず、成果が下がっている」とかって具合に。

1on1でも「それ(その問題)っていつ感じたの?」とか「それ(その問題)によってどんな悪いことが起きてるの?」とかってボールを転がす質問をしますが、自分自身で考える際も、もやもやして解決の糸口すら見えてこないときは同じように解いてみればいいと思います。

たいてい問いの立て方がよくないせいで、解決に進まないだけだったりします。悩んでいる自分が好き!みたいなときもあるので、悩みたければ悩んでいればいいですが、その悩みを解決しようと思ったら、因果を遡り、因果を辿り、解決しやすいところまでボールを転がすことです。悩むとは方向性のない思考、考えるとは方向性のある思考ですからね。

ということで今日はボールを転がすという話でした。

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