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変わるために必要なメンタリティー

小学校の音楽イベントで息子はカスタネットを担当するようです。

「本当はハンドベルがよかった」

彼はじゃんけんがとても弱いのできっとじゃんけんで負けたんだろうな、と思って、そう聞くと案の定、「そうだ」と。どうせいつも通り、チョキを出したんでしょ?と聞くと、これまた「そうだよ、よくわかるね」という。

「君のことはなんでもわかるんだよ」なんて話して、次からはチョキではなくパーを出すようにしようと伝えたわけだけど、思えば、僕も小さい頃、じゃんけんが弱くかったなと。少年サッカーのキックオフでも大抵、相手にボールを選ばれていたなと30年近く前のことをを思い出しました。僕もじゃんけんのときは最初にチョキを出す癖があったんだけど、じゃんけんの初手も遺伝するんですかね。

パーを出した方が勝率が高いのは統計的にもそうらしいので、アドバイスは間違っていなかったようで良かったです。

ちなみに当時のルールでは、じゃんけんないしコイントスで勝った場合、陣地を選ばないといけなかったはずなんだけど、川崎市の少年サッカーのルールは緩かったのか、現行ルールと同様にボールを選べた気がする。記憶を捏造しているのかもしれないけど、それでよくいじられてたのできっとそうだったんだろうと思います。

昨日、自分が変われると信じられるかどうかということを書いたわけだけど、僕自身はたぶん信じているので特に問題はないとして、これまで、たくさんの人と1on1などでキャリアや成長、そして課題について話をしてきた経験からは、多くの人は頭で分かっていてもできないことも分かっています。

ダーウィンの有名な「生き残る種とは、最も強いものではない。 最も知的なものでもない。 それは、変化に最もよく適応したものである」という言葉もキャリアに関するプレゼンの鉄板ネタの一つで、知らない人はいないくらいだし、変化と適応の重要性はいまさら論じるまでもない。

とはいえ、無意識に毎回、チョキを出していたところを意識的にパーを出すくらいの変化であれば、そんなに難しいことではないけど、何かを選ぶことは何かを選ばないことであると同時に、その選ばない何かを捨てることにもなるわけで、そのリスクを考え、考えすぎた結果、多くの場合、現状維持を選択してしまうのでしょう。

ま、別に現状維持も悪くないですけど、周りが変わっていく中、自分だけ現状維持だと、本当の意味で現状は維持できない。当たり前のことですが、インフレで貨幣の価値が下がる中、現金の形で持っていると相対的な価値は低下します。

自然と楽観的に考える人は、きっとリスクよりもチャンスに目を向けるので、自分自身を変えていけるかどうかという観点からは変えていける方になると思いますが、基本的な考え方、スタンスを即座に変えることは難しいものです。普段、悲観的に考える人が無理やり楽観的になろうとすることは、自己否定というか自己矛盾だし、ストレスを感じていいことはないと思う。

そもそも、変われると信じられることと、無理やり変えてしまうことは全然、違う話です。

悲観的な人が全員、リスクをとれないわけではありません。悲観的でリスクをとれない人はリスクをきちんと評価できていないことが多いように思いうます。最大のリスクはリスクをとらないことだ、なんてCMが流れてますが、本当にその通りで、変化を恐れて、時機を逃してしまうことが一番、大きな問題で、避けるべきことです。

そんな大きな話ではなく、日常の仕事において考えてみましょう。

普段から会議で自分の意見を言えない、言わない人がいます。ここでは「彼」としますが、彼は「自分の意見なんて言う価値がない」と思っていたり、「間違った意見を言って、自分の評価を下げたくない」なんて思ってたりします。

多くの場合、会議の主催者は彼が参加する価値があるから会議に招待しているわけで(何も考えずに招待していることの方が本当は多い気もしますがね)、仮に会議の主催者や多数派と異なる意見だったとしても、その意見により、主催者や多数派の意見の正当性が増すことになります。裁判において反対尋問を経ない供述の信頼性が低くなるように。

また仮に全然、的外れなとんちんかんな意見を述べたとして、それで評価が下がったとします。それで失うものはなんだろう。仮にそれで失うものがあるとしても一発退場になるほどの失敗じゃないと思いませんか?一度、二度、三度と振り返りもせず、学習もせず、同じように失敗しているならいざ知らず、最初の失敗ですべてを否定されるほど、社会も会社も厳格じゃないですよね。それよりも意見を述べず、自分が足りていないことに気がつく機会すら得られないことの方がよっぽど怖いし、恐怖です。

また仮に会社に限ると、評価においてD評価がつけられたとして、人生やキャリアが終わるのかというと、そんなわけなく、せいぜい減給になったり、賞与が少なくなるくらいです。自分自身の意図じゃなくても、業務が変わったり、上司が変わったり、部署が変わったりすれば、いくらでも挽回できます

ま、一度失ったら取り戻せないような行為もあるにはありますけどね。

悲観的であると自覚しているのであれば、ただ恐れているだけでなく、恐れているリスクをもっと個別具体的に考えるべきなんです。そして個別具体的に考えることができたら時間軸を未来に少しずつ伸ばして、その個別具体的なリスクがどう変容していくのかを想像してみることです。きっとどこかの時点で現状維持と変化適応のリスクが逆転するはずです。それもそう遠くない未来で。

悲観的な人は悲観的なままでいいので、変われると信じられるように悲観的に考えていきましょう。

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