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道で知らない人に「右側歩きなさい!」と言われてから、ずっと考えていること

何気ない町の風景の中から、突然

「右側歩きなさい!」
自転車に乗った人に、すれ違いざまに突然そう言われた。
いや、叱られた、怒鳴られた?そう言ったほうがいいのかもしれない。

その日は週末で、夫と二人、買い物帰りだった。
近所のスーパーで食品や日用雑貨を買い込み、二人で荷物を持って歩いていた。同じような買い物の人たちが、何人も道を通る。この辺りは、自動車よりも自転車ほうが多くすれ違う。

自宅の近くは歩道が白線のみで区分けされている車道が多い。
白線のみで区分けされた歩道は、「路側帯」というらしい。自宅の周りは比較的交通量が少なく、車両一方通行の道や路側帯のある道も多い。

そんないつもの道で、知らない人から急に叱られたのだった。
最初は、よくある光景の中で特に気にもしていなかった。すると突然言われた。「右側を歩け」。

その人は女性で、50代の私よりも年配に見えた。私の母くらいか、もう少し上かもしれない。自転車に乗って車道と路側帯を分ける白線に沿って、こちらに向かって走ってきていた。

「右側歩いてますよ」

その人を「自転車の婦人」と仮に呼ぼうと思う。

私と夫は、二人ともまさに「鳩が豆鉄砲を食らった」状態で、しばらく言葉も出なかった。ふと、自分たちが左右どちらを歩いていたかに気づき、もう数メートル後方に走り去っていた「自転車の婦人」に向かって振り返り、「右側歩いてますよ!」と叫び返すのみだった。

「自転車の婦人」は私たちの正面から来た。すれ違う形だ。車道の同じ側を通っていた。

文章だけで説明するのがとても難しいが、書いてみる。

左右は個人を軸にするから、向かい合うと逆になる。私が向かい合った人に右手を出したとすると、正面にある相手の手は左手だ。
正面からくる「自転車の婦人」は、彼女の視点では「車道の左側を自転車で」通っている。一方私たの視点からは「車道の右側を徒歩で」通っていた。

つまり、「自転車の婦人」の左側は、この場合には私たちの右側だったということだ。

いきなり怒鳴られて、ちょっと腹が立つと同時にじわじわと面白おかしくなってきて、夫と二人で笑った。
あれから何か月か経ったけど、いまでもその道を通るたびに「自転車の婦人」とのことを思い出す。でも、もうすれ違ってもわからないくらい、記憶の中の「自転車の婦人」の印象はぼんやりしている。

憶測と想像が止まらない

思い出すたびにいろいろなことを考える。

「あの人は左右盲だったのかもしれない」とか。
「あのころ、自転車の交通ルールについてやたらとテレビでやっていたから、守ろうと意識していたんだろうか」とか。

正直に言えば、私たちは交通ルールを意識して「右側」を歩いていたわけではない。歩行者として路側帯を歩くこと以外はたいして意識をしていなかった。そういう意味では指摘されても仕方なかったのかもしれない。

しかし、「自転車の婦人」が交通ルールを守ろうとしていたとして、そもそも、自転車のほうが歩行者に比べたら「交通強者」である。
「交通弱者」を守るのが交通ルールの目的だとしたら、強者の側が弱者をいきなり叱る行為は、たとえ正論だとしてどうなんだろう?
「自転車の婦人」は、交通ルールの目的や本質もわからず、主観で、しかも勘違いをして、弱者を怒鳴りつけたことになる……。

人のふり見て、わが身をかえりみる

これと似た光景は、SNS上でも現実世界でも、よく見るな……。と思い至る。

ある一面で「強者」の側である人が、社会的に見て「弱者」といえる側の人に、正論らしきものをぶつけて恫喝しているような言動は、本当によく見る。しかも、発端となる発言の「本来の目的」「本来の課題」を見ないで、目に入った事象と個人の経験を結び付けて、「正義のつもり」で攻撃しているようなものも多い。

私も、間違えていないだろうかと、ふと不安になる。

正しいと思って発言したことが、出来事の一面しか見ていなかった。そのことにあとで気づく。思い出すたびに、何年たっても穴があったら入りたいくらいに恥ずかしかったり、胃が痛くなったりする経験は、大人になってからもある。

「自転車の婦人」が、自分の勘違いにそのあと気づいたかはわからない。
今も、自転車に乗りながら誰かを注意しているかもしれない。

私は、ライターをしていて、障害や不登校などのマイノリティにかかわることも比較的多い。そのせいかSNSではそうした情報を見ることが多いが、「自転車の婦人」みたいな言動もよく見かける。
けれど、私ももしかしたら「自転車の婦人」になっているのかもしれない。同じ方向を見ていない人にいきなり攻撃することが、少なくともこれからは私自身はしないように、努力したい。

その道を通りながら、おとといも昨日も、きっと来週も、私はそんなことを考える。


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