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雑居ビルを眺めながら 9

ビルとビルの隙間を覗くと、その先に金網のフェンスはあって、蔦が絡まっている。旺盛に伸びる草をなぞった先には川があるのだろうか。その気配だけを受け取って確かめることはなく、再びビルの隙間に目を向けると、薄暗い真昼の壁はあって、開けられることのない窓が垂直方向に列を成している。見上げると、摺りガラス越しにハンガーの掛かる窓があり、だがその内実を知ることはないだろう。日が当たらないということが、人目につかないことを導いて、もう使われなくなった家電やガラスの破片が散らばっている。

或いは砂利が敷き詰められて、配管の他は何も目につかない。そんな隙間もある。人がひとり通れるか否かのわずかな間を辿ると、その先は青い空が広がっている。道を一本違えるだけで、明け透けな景色が広がっているのかもしれない。

そういえば近頃は、掃き溜めのような隙間を見ない。塵が積み上げられて、手が付けられないような。どうにかしなくてはいけないと分かっているが、日々に追われて、もう誰も何も言わなくなった果ての。いやむしろそれが当然であるかのような。そのようなビルの隙間は少なくなったように思う。あの頃がよかったはずもないのだが、放り投げられた紫煙を片目で見逃しながら、当たり前のように享受されていたものをもう思い出せない。

もしもということはないし、この道しか来ることは出来なかっただろう。選ぶことを後悔するわけでもない。だが時折、隙間から見える景色に心を奪われてしまう。憧憬のような、手放したことを確認するような、束の間の景色に唯々広い世界を思う。予想だにしない景色であったなら、今立っている場所さえ変わる気がしてしまう。向こう側から覗いたなら、と通りすがる人と目が合う。ただの他人をもうひとりの自分のように錯覚して、再び歩き出す。ビル群が続く通りをいつもと変わらない、バスが一台通過する。

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