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詩「夜光虫」

垣根から伸びる枝の先から
滴はこぼれ落ちて
雨が
上がったばかりの
曇り空を睨む
風は肌寒い温度で
思わずカーディガンを羽織る

カーブを勢いよく曲がっていく
黒い乗用車から
ガードレールに飛沫は上がり
黄色いランドセルカバーの
子供の背を濡らす幻

そこに立っていたことがあったろう
いつか突然忘れたことを思い出すはずもなく
忘れたことさえ気づかない
例え思い出したとしても置き忘れたライターのように
手放してしまえばいいのだから
都合よく
今日も労働のためのバスを待つ

過ぎていくのは
白い軽自動車
高速バス
外灯ばかりが等間隔で続く夜の道を
遠く来たのだ
東から陽が射し始めた
やがて駅へと辿り着く

空から雨は一滴も降る余地はなく
だからもう
そのために見上げることもない
眼差しは
ひたすら路上に注がれて
水溜まりが揺れる
過ぎていくタイヤの跡さえ残さずに
夜気を含んで
それは来た道へ続いている
見たこともない
夜の街へ
続いている

それもまた幻だというのなら
跳ね上がる飛沫に
身を晒したまま
何も思い出さない
自分が何者かさえも忘れたまま
朝の光に
バスを一台
見送った


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