見出し画像

衝動や偶然に見えて、実はそうではないかもしれないと思った話

「全ては偶然に見えて必然だ」とどちらかというと思うタイプ。
占いとか見えないものについても科学したい。
そんな私が12月某日、なんだか呼ばれた気がしたので衝動的に奈良へ。
そのお話し。

金曜日
その金曜日まではまったく奈良のことなど考えてはいなかった。
しかし金曜日の昼休みにミートキャリアのslack内で、神社仏閣が好きという方がいらっしゃり、「私は奈良が好きなんですよね」と書いたその瞬間から始まった。
でもその時は「奈良いいなぁ~」と思ったくらい。

土曜日
クリスマスツリーのトナカイも「これは奈良の鹿だな」「奈良が呼んでるな」と思い始める。
スケジュールを見ると家族全員があいている日は明日しかない。
試しにコロナの影響で2年会えていない大阪の母に連絡をしてみると、明日は都合がつくらしい。
そして新幹線のチケットを取ろうとすると、子供料金が期間限定で無料になっていた。
奈良への思いが膨らむ。もう奈良のことしか考えられない。

日曜日
なら~~~
しか~~~

画像1

きっかけはもともと奈良が好きだということにある。
その前提がなければ確実に今回の奈良行きはない。
新幹線無料期間も、これがなければ怪しかった。
新幹線と近鉄特急4名分で日帰りはきつい。かなりきつい。
何より、母に連絡をしたことが大きかった。2年ぶりに会うことができた。
そしてお正月はオミクロンの影響でまた帰省できなかったので、のちにこの奈良行きは、本当に奇跡の産物だ~と思った。
奈良に行くための様々なタイミングが重なり、奈良行きがさも必然だったかのように思えたのにはこういった理由があった。

そして人生には様々なタイミングがうまく重なる時が何度かある。
そこに気づいたときにそれは初めて
「奇跡!」「すごい偶然!」とか言って語られることになるのだが、もしかしたら気づかない奇跡もまた日常にあふれているかもしれない。
日常もまた全て偶然の連続で、そして積み重ね。
ただ気づいたから偶然や奇跡と意味づけられただけのことかもしれない。
でも裏返せば、愛すべきこの日常は奇跡の連続!

キャリアコンサルタントをしていると、それぞれのキャリアストーリーに日々出会える。
その一つ一つにその人ならではの奇跡や、偶然をチャンスに変えた話が転がっていて、だから元気がもらえたり、また日常を好きになれる。

人生いろいろなことがある。
でも、みんなみんな日常を愛している。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?