SNSは本当に世界を縮めたか
SNSによって個人が誰とでも繋がれる世界になりました。その一方で私たちは、有名人や一般人に対する過剰なバッシング、政治的スタンスの違いによる攻撃、ヘイトスピーチを毎日のように目にしており、SNSが本当に向社会的なツールかどうか確証が持てません。
誰もが薄々感じているとおり、SNSにはむしろ分断を加速させる側面があり、多くの研究者がその危険性を指摘しています。
暴動の作り方
2016年5月21日、テキサス州ヒューストンにあるイスラム教関連施設に、2つのデモ隊が集まりました。1つは「Heart Of Texas」という右派系のFacebookグループのメンバーたちで、銃の所持や移民規制を推進しています。もう一方は「United Muslims Of America」という別のFacebookグループのメンバーたちで、銃規制や移民の権利など左派系の主張をしています。
同日正午、2つのデモ隊は衝突し、現場に警察官たちが駆けつけました。2つのグループは徐々に対立の色を濃くしていき、警察官の頭越しに怒鳴りあいが起こります。デモの前、Heart Of Texasのメンバーには「遠慮なく武器を携帯しろ、隠しても隠さなくてもいい」と伝えられていました。またHeart Of TexasのFacebookページには次のコメントがポストされています。
「この建物を爆破させる必要がある。テキサスにこんなものは必要ない」
実はこれら2つのFacebookグループは、いずれもロシアのサンクトペテルブルクに本拠地を置くInternet Research Agancy(IRA)社によって組織されたことが、米国議会の調査によって明らかになっています。
ロシア政府の要請を受けたIRA社は、500近いフェイスブックグループを作り、2016年の米国大統領選に干渉しようと扇動活動を行っていました。Heart Of Texasは25万人、United Muslims Of Americaは30万人のメンバーを集めたといいます。
Heart Of TexasはFacebook広告を使い、5月21日正午、「テキサスのイスラム化を防ぐ」ための集会を開催すると告知していました。またUnited Muslims Of Americaは、「イスラムの知識を救う」ための集会を、同じ時間、同じ場所で開催するという広告を、Facebook上に出していたといいます。
事件を調査した上院議員は、SNS上の工作によりデモ隊が衝突したことを振り返り、「$200でテキサス州民を分断することができた」と述べています。
この事件から、SNSは匿名で人を扇動し、人為的な対立を生み出す装置になり得ることが明らかになりました。現代において、国際世論と戦争兵器の強力さから、私たちが想像する武力を伴った戦争が起こることは極めて稀です。一方、国家間の戦争はなくなった訳ではなく、情報戦に主戦場が移っただけだと指摘されています。IRA社の事件は、それが顕在化した一例と言えるでしょう。
SNSで先鋭化する思考
コーネル大学のエマ・ピアソンは、白人警官が黒人の青年を射殺した2014年の事件(マイケル・ブラウン射殺事件)に関するツイートを調査し、結果を報告しています。
ツイートはその内容から2種類に分類でき、それぞれの集団は赤と青に色分けされました。赤い集団は白人警官を擁護し、反対に青い集団は黒人青年を擁護しています。
調査では、2つの集団の間に実質的なやりとりがほぼ見られなかったと報告されています。つまり両者とも自分と同じ主張の人とばかり繋がり、考えを先鋭化させていったことが想像できます。このように同じ主張を持つ者同士が繋がり合った結果、主張が強化され、その他の意見がシャットアウトされる現象を、心理学ではエコーチャンバー効果と呼びます。
しかし、赤と青の集団の間で、ほんの僅かですが「交流」が確認できました。2つのグループの接合点におけるそれらのツイートは、実に攻撃的なものでした。「憎悪を撒き散らす共産主義者」「差別主義者の戯言」「薬を変えてもらった方がいいぞ」という言葉の応酬です。
私たちは自分と異なる考えを目にしたとき、自分の考えを再考し、より中立的な考えに変容していくことを期待しがちです。しかし少なくともSNS上において、そのような態度を期待することは困難かも知れません。
「美徳」というステータスゲーム
作家の橘玲によれば、社会における個人のステータスを上げるには、以下の3つの戦略があると言います。
成功…自分が成功者であることを顕示する。古典的には、豪邸に住む、高級車に乗るなど。近年、SNSにおけるフォロワー数が大きな指標に。
支配…高い権威を顕示する。古くは、家臣や奴隷の数など。近代では出世や選挙の当選などが典型。
美徳…他者より道徳的に優れていることを顕示する。普遍的な美徳行動として、家族や集団を助ける、勇敢さを発揮するなどがあるが、いずれも高リスク。
多くの人々は、社会におけるステータスを上げるゲームに参加していると解釈できます。その戦略として、上記のような選択肢がありますが、従来の美徳戦略は高いリスクを伴いました。ところが近年のSNSの発達により、美徳戦略のハードルが大幅に下がり、人々が美徳戦略に血道を上げるようになったと指摘されています。
SNSにおける美徳戦略は、まず悪者を作り出し、それに対峙する正義の側から非難を浴びせる、単純な二項対立として現れます。X等で毎日のように流れる、有名人や一般人のプライベートな行動や、政府への過剰なバッシングは、この典型例と言えるでしょう。
SNSは、従来の美徳戦略が必要としていた、知能、勇敢さ、行動力といった個人資質を不要にし、テキストによるバッシングという安価な方法で、誰もが道徳的に優れている様をアピールできるツールを提供したと解釈できます。
米マイクロソフトの牛尾剛は、2020年にリリースされたコロナ対策用アプリCOCOAに対するバッシングを下記にように述べています。
物事には二つの面があり、二項対立で捉えることは出来ないと誰もが知っています。ところがSNS上では物事を極端に単純化し、安易なバッシングが横行しています。
なぜSNSの世界でこのようなことが起こるのでしょうか?
世界の天才がやっていること
デザイン倫理学者のトリスタン・ハリスは、Googleに勤務する傍らTEDに出演し、テック企業が人々の可処分時間を画面上に貼り付け、貴重な時間を浪費させていると主張しました。例えばYouTubeでは、世界トップクラスの技術者と研究者の100人が、人の注意を画面に引き止め続けることにしのぎを削っていると彼は説明します。
YouTubeのビジネスである広告は、多くのSNSが採用しているマネタイズ手段です。その結果、SNSはコンテンツが社会に及ぼす影響ではなく、人々の滞在時間(露悪的に言えば中毒症状)を最大化する動機を持ちます。
心理学的に、感情は次の2つに分類できるといいます。
活性化する感情…怒り、不安、高揚など
不活性化する感情…満足、絶望など
活性化する感情は、私たちの身体に生理反応を引き起こします。つまり私たちの身体は、怒りや不安や高揚を覚えると、実際に心拍数が上昇し、発汗し、瞳孔が開き、血圧が上がります。最も重要な点として、活性化する感情を生む意見は、他人に伝えたいと思わせ、実際に拡散していくことが明らかになっています。
SNSが持つ滞在時間最大化の動機と、活性化する感情を呼ぶコンテンツと、SNSで美徳戦略を取る人たちの三者は、一つの大きなベクトルを作っていると解釈できます。このベクトルは、社会から発見した悪者を強調し、そこに執拗な非難をぶつける大きな力を生み出します。
テック企業を批判したトリスタン・ハリスはその後、Googleを去り、非営利団体を創設し、「有意義な時間」という概念を広める活動に取り組んでいます。
まとめ
SNSを取り巻く力として、次の3つがあると述べました。
SNS企業が持つ、ユーザーの滞在時間を最大化する力
SNSユーザーが持つ、「悪者」を攻撃し美徳をアピールする力
SNSコンテンツが持つ、見た人を活性化し拡散させる力
この3つが組み合わさることで、ときにSNSは暴動を生み、個人を社会的に抹殺するツールという側面を持つようになりました。
この流れは今後も変わらないでしょう。ただSNSのユーザーであるうちは、このような構造の中に置かれていることを意識していたいです。
リーダブル秋山(@aki202)
参考文献
マシュー・サイド『多様性の科学』ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2021
ジョナサン・ゴットシャル『ストーリーが世界を滅ぼす』東洋経済新報社, 2022
牛尾剛『世界一流エンジニアの思考法』文藝春秋, 2023
橘玲『世界はなぜ地獄になるのか』小学館, 2023
CNN: Stoking Islamophobia and secession in Texas – from an office in Russia
QUARTZ: See how red tweeters and blue tweeters ignore each other on Ferguson