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お題 宝石の涙

 「こいつを鑑定してやくれませんかね」
 そういって、ふらりと店に現れた男は、小ぶりな箱をハサウェイに差し出した。
  ハサウェイは、目を通していた書物から顔を上げ、ずれたメガネを直しながら、店に現れた男をじっと見つめた。
 服装は、中流階級や上流階級の下層がよく身に着けているブランドで固められていた。だが、着こなしがなっていない。サイズの合っていない衣服。伸ばしっぱなしの髪を、見てくれだけ整えただけの髪型。ヤニが染みついて黄ばんだ歯や指先。そして何処となく漂う、浮浪のにおい。
 下層階級にも属せないような男が、この店に、古物商に現れるとしたら十中八九盗品の鑑定だ。きな臭い匂いが漂う。ハサウェイは思わず眉をしかめそうになり、慌てて顔を作った。
 「鑑定のご依頼、ですね。こちらへどうぞ」
 店の一角に設けられた応接スペースに、その男を誘導する。店に入ってから、応接スペースの椅子に腰かけるまでハサウェイは注意深く彼の動向を見た。やはり、下級階級の出であることに違いはない。彼の身に着けた衣服もまた、盗品なのだろう。服から、アクセサリーから、不満の意思が伝わってくる。
「鑑定物をこちらへ」
男の向かいに腰かけ、ハサウェイはそう声をかける。
男は、来店時から握りしめていた箱をテーブルに置いた。片手で握りしめられるほど、小ぶりな箱だった。
「拝見します」
言って、ハサウェイは箱に手を伸ばす。
ダイヤモンド。
小ぶりなラウンド・ブリリアントカットのイエローダイヤモンド。
それが、箱の中身だった。
鑑定のために手に取ろうとして、ハサウェイは男に目を向ける。
「一つ、質問ですがこれを一体どこで手に入れたんですか」
男の目はキョロキョロと中空をさまよう。
「あぁ。実家の納屋を掃除してたら見つかったんですよ。誰も知らない、誰もいらないっていうもんだから、なら金に換えようってね。で、いくらになりそうです」
落ち着かず彷徨っていた男の視線が、ぎらぎらと熱を持ってハサウェイを見つめる。
「鑑定はこれらです。が、もし値段がつけられないとしても、ご了承ください」
「値段がつけられない可能性が高いって?」
男の問いに、ハサウェイは軽く頷いて改めてダイヤモンドと向き合う。

普通の、一般的に流通しているダイヤモンドではない。

それが、ハサウェイが初めに抱いた印象だった。

軽く息を吸い、意を決してダイヤモンドに触れる。

痛い。苦しい。助けて。さみしい。死にたくない。会いたい。助けて。苦しい。痛い。痛い。痛い。痛い。生きたい。つらい。死にたくない。おかあさん。

革手袋越しにも、悲痛な叫びがハサウェイを貫く。
 宝石と化した後も、変わらず叫び続ける少女の慟哭。

 感化され、こぼれそうになる涙を抑え、ハサウェイは静かに宝石を置く。
 「もう一度伺いますが、これをどこで」
 「さっきも言っただろう、片付けを……」
 「もし、これが、本当に貴方のご実家の納屋から見つかったのであれば、所有者を辿り、その方と一緒に納骨してください」
 怪訝そうにする男の言葉を遮って、ハサウェイはそう告げる。
 「値段はつけられないってことか」
 「つけて良いものではないのです」
 男から目線を外し、ハサウェイは改めてイエローダイヤモンドを見つめる。
「もし、もし仮に、これが盗品なのであれば、元の家に返却してください」
目の前にいる男が、身構えたのを感じながらハサウェイは続ける。
「これは、遺骨から作られたダイヤモンドです。元の所有者に返却し、供養することが最も良いかと思います。
改めて、伺います。これを、何処で手に入れたんですか」
ガタリ、と音がして男が立ち上がった。
椅子に座ったまま、ハサウェイは男を見つめる。
苦悶に満ちた顔で、男はハサウェイを見つめる。
「本当に、遺骨なのか」
微かな声量で、紡がれた男の問いに、ハサウェイは静か頷く。
「半年ぐらい前に、いくつかの家に盗みに入った。それは、その何処かの家から持ち去ったものだ。どの家からとったのかなんて、もう覚えてない」
男は力なくそう言い、店外に向けて歩みを進める。
「自首するよ。遺骨を盗有無なんざ、誰も許しちゃくれないだろう。
 そいつは、お前が預かってくれやしないか」
ハサウェイの返事を待たずに、男は静かに店を去った。

 静寂に包まれた店内で、ダイヤモンドは静かに泣いていた。


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