「日本人は発音が悪い」は本当か〜フランス人はエロ吉がお好き!?
こんにちは。翻訳家の平野暁人と申します。世間は、いえ世界は疫病で混乱模様ですが、みなさんは無事にお過ごしでしょうか。
ちなみにわたくしは一昨年から予定されていた演劇のフランス公演が中止になりました。ぴらのに限らず舞台関係の職にある人達はみなさん直撃を受けていますが、だからこそせめて、今日も愉快で役に立つ語学漫談をお送りしようと思います!
前回の記事では「発音の苦手な人でも学びやすい言語をみつける」をテーマとして出発し、発音コンプレックスに悩まされることなくのびのびと勉強するための様々な可能性について自由にあれこれ考えてみました。
そして最後は「逃げる勉強法」、つまり「苦手なことは克服せずに回避してストレスを減らし、楽しく勉強しよう!」という、この国の大人の大半が激怒しそうな提案をぶちあげ、一部読者と供に心のシュプレヒコールで締めくくったのでした。
No ! We can't !!
まだまだ「日本人と発音コンプレックス」を考えてみる
ところで、「逃げる勉強法」を提案するための材料として「発音の苦手な人」を例に挙げて話を進めたのには当然、理由があります。
言うまでもなく、日本人には発音に苦手意識のある人がとても多いからです。
試しにAmazonで「発音」と検索してみれば事態の深刻さは一目瞭然。
『英語耳』『最強英語発音読本』『英語の発音が正しくなる本』『日本人のための英語発音完全教本』『日本人のための一発で通じる英語発音』『最強の英語発音ジム』『英語舌のつくり方』『英語は5つの口で発音できる』etc...
ぐ、具合が悪くなってきたので続きはwebで!(※ここもwebです)
ご覧の通り、これほど多種多様な発音教本が日々増産され続けている事実こそ、多くの日本人に巣食う発音コンプレックスの存在を端的に証明しているといえます。
「日本人は発音が悪い」は本当か
ただ、苦手意識というのはあくまでも「意識」であり、たいていは主観に基づく心象の産物。自分では苦手意識のある事でも周囲からは得意だと思われていたり、妙に評価されていたりすることって、けっこうあるものです。
つまり、苦手意識があるからといって実際に苦手とは限らないということ。
日本人はとかく国を挙げて自分たちの発音の悪さを嘆き、恥じていますが、はたして私たち日本人の発音は、本当にそんなに悪いのでしょうか?
さあ、この永遠の問いに専門家の端くれであるわたくしが満を持して回答します!
いいですか?
はっきり言って!
悪いです!
悪いんかい!(絶望)
でも悪くないんです!
悪くないんかい!(希望)
ていうか見方によります!
なんだそりゃ!(混乱)
続きはWebで!
だからここもWebなんだよ!!!(憤怒)
「良い/悪い発音」の基準
というわけで、茶番に懲りず読み進めてくださっている菩薩のようなみなさん改めましてこんにちはぴらのです。みんな優しいなあ。出世するよ(超てきとう)。
さて、発音の良し悪しのような客観的に判断しやすそうな項目が「見方による」とは、いったいどういうことなのか。
答えはかんたん。「良し悪し」の評価基準をどこに置くかによって、悪いか悪くないかも変わってくるよね、ということ。
つまり、「そもそも良い発音ってなに?」って話です。
「良い発音? そんなの、正しい発音に決まってるじゃん!」「ネイティヴみたいに綺麗に発音できるかどうかが全てでしょ?」
いま、そんな風に思ったあなた! なんていいカモ……素直な心の持ち主なのでしょう!おかげでとっても話が進めやすいです。ありがとうございます(にこにこ
確かに、「良い発音=ネイティヴに近い発音」という基準を採用してしまうと、日本人には発音の悪い人が多いと言わざるを得ないと思います(しょんぼり)。
でも、どうして日本人はそんなに発音が苦手なのでしょうか?
その最大の理由は、実は日本人の母語である日本語の構造自体にあるんです。
日本人が発音弱者になりやすい理由その1:音の少なさ
一般に、外国語を学んでいて「発音が難しい」「うまくできない」と感じるとき、その原因は大きく2つにわけられます。
まずひとつは、発音しようとしている単語やフレーズに、自分の母語には存在しない音、ちょっと難しい言い方をすると異質な「音素」が含まれている場合。
「音素」というのはひらたくいえば「音の種類」のことなのですが、これが言語によってすごく多かったり、逆に少なかったりして、意外なほど差があるんですね。
たとえばフランス語には約36、ドイツ語には約39、英語に至っては約45もの音素が含まれていると考えられています。
では日本語はどのくらいかというと、なんと約23。実に英語のたった半分です。
ということは、ごく単純に考えると、日本人が英語を学ぶ場合、それまでの人生を通して約23種類の音しか識別してこなかった耳と口で、その倍の種類の音を聴き取ったり、発音したりしなければならないわけです。
えーと、
これはずばり、
あれですね。
無理に決まっとるやないかボケ!!!!!
……はっ!
いかん、怒りのあまり得意のエセ関西弁を炸裂させてしまった。
この前も吹田出身の友人に「ぴらのさん、なんでガラ悪いこと言うときだけ関西弁になるんですか」って叱られたばっかりなのに。ち、違うんです、これはですね、わたくしという東京人の心に深く根をおろす非常に純粋なレイシズムのせいです☆
日本人が発音弱者になりやすい理由その2:音の組み合わせ
えーと、いま関西方面の読者を確実に減らした気がするけど先を急ごう!ちなみに京都の読者は減ってないはずだ!なぜなら京都の人はガラの悪い関西弁=大阪弁だと思ってるからだ!あと神戸の人も(あっまた無駄に敵を増やした)。
さて、外国語の発音が難しい、うまくできないと感じる時のもうひとつの原因。
それは、発音しようとしている単語やフレーズが、自分の母語には存在しない「音の組み合わせ」に基づいて構成されている場合です。
つい先ほど、日本語はもともと「音素(音の種類)」が少ないという話をしましたが、実は「音の組み合わせ」に関しても、日本語は他の様々な言語に比べるとずっと限られたパターンしか持っていません。
なにしろ基本的には「子音(あいうえお以外の音)+母音(あいうえお)」のみ。ほとんどの単語がこのパターンで作られているといっても過言ではないでしょう。
どーですかこのシンプルさ。無駄のなさ。こんまりも真っ青です。
あ、こんまりといえば最近アメリカの公式サイトで片付けグッズを大量に売り出し始めて「いやいやおまえ今までモノ捨てろゆうてたんちゃうんかい!!」って全米から死ぬほど突っ込まれてるらしいですね(どうでもいい)。
余談はさておき、こんまりが移住したアメリカ(←さておいてない)でも話されている英語をはじめ他の多くの言語では、日本語よりもずっと自由に子音と母音を組み合わせたり、子音に子音を重ねたりできちゃうんです。
ですから、限られた音の単純な組み合わせに慣れている日本人の耳と口では太刀打ちできない、複雑な組み合わせの音が、外国語にはたくさんあるのです。
つまり、「○」という音も「△」という音も日本語に存在するし、「○△」という音の組み合わせなら日本語でも可能だけれど、「△○」とか「〇〇」「△△」という組み合わせは日本語には存在しないので、そういう組み合わせの音を持つ単語は日本人には発音するのがとても難しく感じられてしまう、というわけですね。
元々の音の種類が少ないうえに、音の組み合わせも少ない言語を母語にもつ日本人。
これはもはやあれですね。
本来なら外国語なんて学んじゃいけない生きものですね。
恨むなら日本語母語話者に生まれたことを恨むがいい!!(どんがらがっしゃーん
なんならいまからでも日本語を捨てるがいい!
むしろ国籍も捨ててアメリカへ移住するがいい!!
そうだわ!ときめかないものなんてみんな捨てておしまい!!!
こんまり万歳!!!!!!!!!
弱者であることを降りるには?
というわけで(どういうわけだ?)、言語学者には決してみられたくない乱暴なまとめではありましたが、これでみなさんにもおわかりいただけたと思います。
そう、私がどんなにこんまり嫌いか……いや違う(違わないけど)、日本語を母語とする人がいかに大きな音のハンディキャップを抱えているのかということが!
だがしかし、勝負はこれからです。
私はなにもみなさんをがっかりさせるために約3000字(相変わらずなげえな)も費やしたわけではありません。むしろ逆です。
ちょっと思い出してみてください。最初の方で私は「良い発音=ネイティヴに近い発音」という基準を採用してしまうと、日本人には発音の悪い人が多いと言わざるを得ないと書きました。
それなら、採用しなければいいんです。
みすみす日本人に不利な基準はいったん脇に置いて、日本語の特徴が強みになるような基準に積極的に目を向ければいい。
ゲームのルールが自分に不利なら、有利なルールを足してしまえ!
あっ!
オレいまちょっとかっこいいこと言った?ねえ言ったよね?(←そうでもない)
日本語の特徴が強みになる基準とは
さて、かっこいいことを言った(←そうでもないってば)のはいいけれど、元の音の種類もその組み合わせも少ない日本語の母語話者にとって有利になるような基準なんて本当にありうるのでしょうか?
それがあるのよ奥さん!(誰?)
その鍵となるのは日本語の「平板さ」です。
以前にもちょろっと書いたことがありますが、日本語(とりわけ標準語)は西欧の言葉と比べても近隣のアジア諸語と比べても全体にアクセントがうすく、平板であるという特徴をもっています。そこに目を向けてみるのです。
「え? それってむしろ不利な点では?」「平板だから余計にカタカナ的な発音になりやすいんじゃないの?」「ネイティヴっぽさと正反対だよね?」
はいはいそーです確かにその通り。「良い発音=ネイティヴに近い発音」を採用している限りは、日本語の平板さは弱点です。だからこそ、その基準を降りて、この弱点が強みに変わるような基準を採用すればいい。
「聴き取りやすさ」という基準を!
そうです!アクセントに乏しく平板な日本人的発音は、美しくも綺麗でもかっこよくもない代わりに、意外なほど聴き取りやすいんです!
あっ!
たいへん!
結局今回もまたふつうのこと言った!いまさらなこと言ったぞ!やめてーものを投げないでー!液晶が割れちゃうじゃないですか!あなたの!
「ネイティヴの発音から遠い=通じない」なんてことはない
さて、自分で書いておいてなんですが、「平板さ≒聴き取りやすさ」という視点は当たり前のようで意外に見過ごされがちだと、私は常々感じてきました。
なにしろこの国ではみんないかにネイティヴに近い発音を出すかばかりに夢中で、日本人っぽい平板な発音は諸悪の根源、唾棄して廃絶すべきケガレみたいな扱いを受けているからです。
ちなみに、私の主張はいわゆる「とにかくブロークンでもジャパングリッシュでもなんでもいいから思い切って大きな声で喋れば通じる!」という昔ながらの開き直り論とも違います(語学には開き直りも大切ですけどね)。
また、私自身が日本語ネイティヴだから同じ日本人の発音が聴き取りやすい、というだけの話でもありません。現実に、たとえば日本人的「平板な発音」の英語は、日本人以外の耳にも意外なほど聴き取りやすく、わかりやすいのです。
なぜなら、「平板に話す」ということは、ひとつひとつの単語に必要なアクセントを正しくかけるのが苦手な代わりに、余計なアクセントもかからないからです。
これに対して、元々音の種類や組み合わせが豊富でアクセントも強い言語を母語に持っている人たちは、外国語を話す時もどうしても母語のアクセントに引きずられて発音してしまう。つまり訛ってしまう。
そして、たとえば「アクセントがうすくて全体的に平板な英語」と「本来の英語と異なるアクセントが言葉の端々にかかっていて凹凸の激しい英語」を比較すると、前者の方がわかりやすいケースが非常に多いのです!
……「ていうかおまえの話がいちばんわかりづいらいよ」って思いましたね? わかってます。わかりづらいことがわかってます。音の話を文字媒体だけでするなんて自分でもほんとにどうかと思う。この動画全盛の時代になにやってんだ。
はっ!? Youtubeでやればいいのか? ぴらの大学的な? ここへきてまさかのゆーちゅーばーでびゅー!? よーし、ちょっとシミュレーションしてみよう!
無名のおっさん・ぴらのデビュー!→誰もみない→ぴらのがんばって宣伝→誰もみない→友達が温情で宣伝→誰もみない→友達が温情で連続再生→20回再生達成☆→ぴらの自宅で膝を抱えて再生連打→ふと死んだペロに会いたくなる→100回休み
……ちょっとシミュレーションしただけで脳内に地獄みたいなすごろくが鮮やかに浮かび上がってきたのでもうちょっとだけ文字媒体でお付き合いください!
I have a pen で考えるいろんな訛りかた:日本語編
てなわけで、うっかりyoutubeの闇に呑まれて心を病まないためにも、日本語的な平板さがいかに多くの人の耳に優しいかを証明するために、以下に日本語、フランス語、イタリア語それぞれの訛りを比較、検討してみようと思います。
文字情報だけでな!!!(既にやや逆ギレ気味)
例文として扱う文章は日本人なら誰でも親しみのある「I have a pen.」。
……これ、綴り合ってますか? けっこう本気で不安。英語書くの10年ぶりくらいだから(実話)。
さて、まずはこれを英語の発音がとても苦手な日本人が、日本語的な平板発音で言うと、だいたい以下の通りになります。
「I have a pen / アイ ハブ ア ペン」
haveのVの音は日本語に存在せず難しいので、Bの音で代用しています。ペンのPも英国人のように破裂させることができず、Nの音も日本語の「ン」と同じ、ぱかっと口を開いた音になってしまっています。いわゆるカタカナ発音ですね。
フランス語編
次に、この同じフレーズを、わたくしのよく知っているクロワッサン野郎……違った(違わないけど)、京都人のソウルメイトでお馴染みフランス人が言うとどうなるでしょうか。たっぷりのフランス語訛りを添えてどうぞ召し上がれ♡
「I have a pen /アイャヴァペンヌ」
はい。自分の目を疑った人は挙手。え、いませんか? じゃあぴらのが受けを狙って大げさに書いたと思った人は挙手。怒らないから正直に挙手。お、けっこういますね。君たち失礼じゃないか!!(激怒)
ひょっとして関西人をいじり過ぎた報いかな……大いに反省をしないで先へ進もう。反省の色がみえないのは反省していないからなので反省しません(時事)。
さて、同じ文章をフランス語訛りで読むとどうしてこんなにも珍奇な音が発生してしまうのでしょうか。それは奴らの高慢ちきな根性のせいでは(あんまり)なく、フランス語がもともと持っている特性に理由があります。
第一に、フランス語にはHの音がありません。日本語でいう「ハ行」は基本的に発音できない。でもVの音はフランス語にもあるので、haveと言おうとするとHが抜け落ちて「have /アヴ」になってしまう。
そしてさらに恐ろしいことには、フランス語には「Liason /リエゾン」という、前の音と後ろの音をつなげて読もうとする習性があります。ほら、「Bon appétit/ボナペティ」みたいなアレね!
発音の苦手なフランス人の多くはこれを外国語にも適用してしまうため、「I /アイ」と「have /アヴ」がつながって「アイャヴ」に。さらに同じ要領でhaveの後ろにある a ともつながった結果「I have a /アイャヴァ」という塊が生まれます。
penに含まれる「N」の音も舌をかなりきつめに上顎にぺったりくっつけて「ヌ」と引っ張るくせがあるので、最終的には「I have a pen /アイャヴァペンヌ」という呪文が誕生するんですね。
しかもこれを鼻母音(鼻声みたいなもん)まで効かせてもごもご発音するからどこからどこまでがひとかたまりなのか全然わからない。
いかがでしょう。英仏という国境を隔てた因縁の宿敵同士のマリアージュ(←たいへん恥ずかしい言葉なので敢えて使う)をご堪能いただけましたでしょうか?
イタリア語編
最後にご紹介するイタリア人の訛りかたは、文字で表記するにはいちばん厳しいものがあります。イタリア語の醍醐味であるダイナミックで歌うような喋りかた(地域にもよるけど)を「ー」や「ッ」だけで再現するのは至難の技なのでして……
「I have a pen /アイァーッヴァペーンナ」
こ、こんな感じかな?
まず、イタリア語にも「ハ行」の発音は存在しないので、フランス語と同じくhaveの「H」だけが抜け落ちて「have /アヴ」となります。
次に、先ほどフランス語のリエゾンの話をしましたが、イタリア語でも母音と母音は自然とつながってしまいます。さらにそこへイタリア語の魅力でもある跳ね馬のようなアクセントを込めると「I have a /アイャーッヴァ」と暴れ出す。
最後に、「pen /ペン」はイタリア語で「penna(ペーンナ)」というそっくりな単語なので、どうしても母語の影響を受けてしまい「ペーンナ」に近い音で発音してしまいがちになるんですね。
てなわけで、「I have a pen /アイァーッヴァペーンナ」という陽気で歌うようなたいへん愛くるしいイタリア語訛りが完成するわけです(露骨な長靴贔屓)。
ちなみに、みんな大好き「ペンネ」はこの「ペンナ」の複数形です。ついでに「パスタ」 は「小麦粉を水や卵でこねて作った生地の総称」なので、イタリアで食事の際に「今日はパスタの気分かも☆」とか言っても実はほとんど意味をなしません。
だってあそこんちほとんどパスタしかねーから(※ピザもあります)。
良い子はちゃんと「スパゲッティ」とか「ペンネ」とか種類を言おうね!「スパゲッティ」が古くてダサい言い方だと思っている人がいちばんダサいからね!!
「凸凹訛り」は聴き取りづらく、「平板訛り」は聴き取りやすい
というわけでここまで、無理を承知で各国語の訛りを文字で検証してみました。
「I have a pen / アイ ハブ ア ペン」(日本)
「I have a pen /アイャヴァペンヌ」(フランス)
「I have a pen /アイァーッヴァペーンナ」(イタリア)
いかがでしょうか。こうして並べてみると、英語からの逸脱の度合いがいちばんおとなしいのが日本語訛りであることがわかりますよね。
……まあなんでもええけえ、ここはうなずいてやってつかあさいや(カープ弁)。
もちろん「I have a pen」というのはあくまでも各国語の訛りかたをわかりやすく説明するための例文に過ぎません。ですが、多くのフランス人やイタリア人は実際に、上に例示したような要領で英語に限らず何語でも凹凸に訛りまくっています。
私など、英語は大の苦手であるにもかかわらず、仏語訛りや伊語訛りの英語に慣れ過ぎているせいで、フランス人の英語を前にフリーズしている英語通訳さんに何度、助け舟を出したことか。なんというニッチな助っ人。1円にもならん。
でもねえ、そりゃ「トゥモゴ(Tomorrow)」とか「ウォグズ(words)「アヴユエヴェーグ〜?(Have you ever〜?)」とか言われたらプロも涙目になるわ。
一方、英語に限らず、カタカナっぽい音で話したからといって意思の疎通に支障をきたしている場面は意外なほどみかけません。やはり「平板訛り」は強烈な「凹凸訛り」と比べると、美しくはなくても聴き取りやすいといえるのだと思います。
ですから、この「聴き取りやすさ」という基準に即して見直せば、日本人の発音は不特定多数の話者の耳に優しく、たとえば様々な出自の人々が集まって英語で疎通する場面が増えている現代において、意外な武器にすらなりうるのです!
君は居酒屋でピルを飲むか
「そこまでして日本風の発音を擁護する必要ある?」「平板はむしろ聴き取りやすいとか言ったって、カタカナ過ぎたら通じない単語とかぜったいあるでしょ?」
ああ、なんということでございましょう。
此度は8000字もの長きにわたりわたくしの訴えに耳を傾けてくださった皆々さま、知におかれてはメーティスの、美におかれてはアプロディーテーの祝福を御身に授かりしやんごとなきお方の麗しき唇が斯様に寂しき物言いをなさいますのか。
などと一部の演劇好きにしか受けないオリュンポス・ジョークはさておいて、と。
いきなりですがそんなあなたにひとつ、小話をして差し上げましょう。昔、私がフランス語学校に通っていたときのことです。
とかくフランス人の仏語教師は発音至上主義的な人が多いものですが、当時の担任の先生も御多分に洩れず。その日は生徒達に「R」と「L」の音を正確に区別して発音できるようになることがいかに大切か、熱心に説いていました。
「例えば、誰かにからかわれたりしてやめて欲しいとき、「aRRêtez(やめて)!」という代わりに「aLLaitez(授乳して)!」って言っちゃったらどうなる? 相手は「は?授乳?」と思うだけで、やめてくれません。ね、困るでしょ!」
それを聞いて、まだ純真な学生だった私(異論は禁止)は思いました。
そ ん な 奴 お ら ん や ろ (チッチキチー)
それはもう、死んだ魚のような、いや死んだ魚もいたたまれなくて思わず飛び起きるくらい冷ややかな目で先生を眺めたことを覚えています。
なぜって、コミュニケーションには通常、必ず特定の文脈があるからです。AさんとBさんがいたとして、2人のやりとりは、2人の置かれている状況や互いの関係性といった前提条件に照らして、破綻のない範囲で行われるのが普通です。
いくら「R」であるべき部分が「L」に聞こえたからといって、自分のからかっていた相手がとつぜん「授乳して!」って言い出した!意味不明!と受け取る人がいたとしたら、その人はメンタルが完全にアレな物件なので走って逃げてください。
また、夏休みに短期留学した時には、こんなこともありました。朝、先生が教室に入ってくるなり、挨拶もそこそこにクスクス笑いながらこう切り出したのです。
「校門で会った生徒が「おはようございます!今日はVin(ヴァン/ワイン)がありますね!」って言うの。(ここがブルゴーニュだからって、朝からお酒?)と思ったんだけど、もしかして「Vent(ヴォン/風)」て言いたかったのかな(笑)?」
それを聞いて、まだ無垢な学生だった私(異論と買い占めは禁止)は思いました。
お ま え さ て は 嫌 な 奴 だ な
ワインの話をされたと思った? は? 学校で? 朝から? こんなにビュービュー風の吹き荒れる日に? やっぱりアレかしら? おフランスの方って脳の血管の隅々まで赤ワインが流れていらっしゃるのかしらほほほほほほほほほほげほっげほっゲフッ。
ハァハァ……思い出したらまた腹が立ってきた。
だってね、考えてみてください。韓国の人と居酒屋さんに行ったとしますよね。その人が「私はとりあえずピルにします!」って言ったとします(韓国人にはパ行とバ行の区別や「長音(ー)」の苦手な人が多いので、こういう発音になりがち)。
あなたはそれを聞いて「え?経口避妊薬を飲むの?」って思いますか?
思いませんよね? 思うならあなたとは友達になれないと思います。ごめんね☆
「居酒屋≒飲酒する場」という合意があり、「とりあえずビール」という慣用表現に聞き覚えがあれば、ほとんど本能的に「ビール」だと理解できるはず。人間はみな絶えずそうした「脳内補正」をしながらコミュニケーションしているのです。
だからね、単語単位の発音の良し悪しなんてそんなに気にする必要ないの!それよりも適切な文脈と正確な文法に即して話すことの方が百倍大切なのです。逆に発音だけよくても文法が破綻していると本格的に意味わかんないから気をつけてね!
恥の彼方を目指して
いっかーん!気づいたらもうすぐ1万字だ!しかも今回はまだ終われない!ついに1万字越えの大台だああああああ(ぜつぼう)。
でも!もう少しですから!お願いですからもうちょっとだけ読むがいい!
さて、ここから感動のフィナーレへと歩みを進めるにあたり、なぜ私が今回、ここまで熱を込めて日本人的発音を擁護したかについて、改めて説明しておきます。
それは、冒頭にも書きましたし、以前から繰り返し主張してもいますが、日本人の発音コンプレックスはいくらなんでも目に余ると前々から思っているからです。
いえ、もちろん発音が得意な人は大いにそこを伸ばせばいいし、発音練習が好きなら張り切って取り組めばいいし、発音指導が得意な先生はぜひ苦手な人の力になってあげてほしいと思います。そのひとつひとつは、どれも素晴らしいことです。
でも、発音というのはあくまでも、数ある外国語運用能力の中のごく一部にしか過ぎません。発音こそカタカナでも、抜群に高い語学力を持つ先生や先輩、後輩を何人も見てきたからこそ、たかが発音に執着し過ぎないでほしいと心から思うのです。
まして本稿で説明したように、日本語は元々「音の種類」も少なく、「音の組み合わせ」も自由にならない言語。そのため日本語で育った人達がそれだけで(音の面に関しては)大きなハンディキャップを負っているのは否定できません。
ただ私個人は、短歌を嗜んでいることもあり(東直子という不世出の師匠のもとで学んでいます)日本語は日本語としてうつくしく愛すべき言語だと思っています。
たとえば、「音の種類の少なさ」および「組み合わせの少なさ」により大量の「同音異義語」が生まれたからこそ、和歌における雅趣の象徴ともいうべき「掛詞(かけことば)」という技巧が編み出されたわけですから!
せっかくそんな素敵な言語に恵まれたのだから、不利な特性も科学的に理解した上でのびのびと外国語学習を楽しんでほしい。れっきとした日本語らしさである平板さを「強み」とまで思うのは難しくても、せめて「恥」とは思わないでほしい。
恥の意識に苛まれている間は、外国語学習の真の楽しさは、きっとわかりません。
そして「意識」という点では、いつも散々こてんぱんに書いているのになんですが、奴らを見習わざるを得ない部分もあると思っています。
そう、宿敵「クロワッサン野郎」ことフランス人どもを!!
なにしろ奴らはあの呪文みたいなフランス語訛りにまったくコンプレックスを感じていない。そのことはフランス版Amazonで検索してみても明らかです。発音矯正の本なんてほとんど刊行されてやしない。あんなに訛りちらしてやがるのに!!!
ていうか敵はフランス語訛りが最高にチャーミングだと思ってるから!
むしろドヤ顔で訛ってくるから!!
こないだもね、京都のうどん屋さんで英語で話しかけてきた女性に「あれ、フランスの方ですか?」と尋ねたら「あ、やっぱりわかります? すぐバレちゃうんですよね。生まれも育ちもパリだからわかりやすいらしくて〜(ドヤ)」って返されて
別 に 褒 め て ね え よ !!!!!!!
って思いました。全力で思いました(げんなり)。
けど、日本人もあのくらい……は嫌だけど、あの半分くらい……も多いけど、あの4分の1くらいの図々しさは持っていいんじゃないでしょうか。「凹凸訛り」よりも聴き取りやすくて他者に優しい「平板訛り」の話者として!
フランス人はエロ吉がお好き!?
さあ、1万1千字を超えていよいよ終わりが近づいてまいりました。
最後に、あらゆる文脈と論理の力を借りてなお理解に困難を極めた、究極の「凹凸訛り」の臨床例をご紹介いたしましょう。
それはまだ私が大学院生だったころのこと。当時、ホストファミリーとしてよくフランス人の留学生を受け入れていた知人の女性から電話がありました。
知人「あのぅ、ぴらのくん、変なこと聞くけど……エロ吉って知ってる?」
……はい?
エロ吉?
えーとそれは、ピョン吉の仲間ですか? エロいピョン吉? どエロガエル的な?
知人「なんかね、私もよくわからないんだけど、こないだ来たばっかりの留学生が、「日本でエロ吉を買うのを楽しみにしてきました!たくさん売ってるところ知ってますか?」って言うのね」
世話好きでこそあるものの仏語も英語も得意ではない知人と、来日間も無く日本語のままならない留学生とのやりとりは、お互いどうにもらちがあかなかった様子。
知人「私が困ってたら「とにかく探してみます!」って出かけて行っちゃった」
ふーむフランスでは売っていないものなのかエロ吉……。確かに日本のエロ文化はゲームにせよアニメにせよ海外のマニアにも知れ渡っていると聞いたことはあるけれど、しかしそんなに堂々とホストマザーに話すとは……。
知人「ぜったい日本でしか手に入らないディープなエロ吉を買って帰りたいって」
日本でしか?ディープなエロ??
知人「フランスで手に入れようとするとけっこう高額らしいの」
ちょ……それなんか違法のモンやろ。その特徴はそれ完全に違法やがなー。
知人「なんか専門店? みたいなのがあるらしくて。エロ吉の」
ほな違法ちがうかぁ。専門店て、それ合法の証拠やもんねぇ(©︎ミルクボーイ)。
知人「日本中でエロ吉を買い集めて、鞄や携帯につけたりしたいんですって」
日本中のエロいものを鞄や携帯に……!!ダメだもうトリッキー過ぎてついていけない。これだから日本語勉強してるフランス人のオタクは嫌なんだ(げんなり)。
知人とふたりで電話越しに首をひねることしばし。結局結論は出ず、電話を切ってからうっかり「エロ吉」で画像検索したらどえらいものがたくさんヒットしたりして、すっかり気持ち悪くなったのでその日は諦めたのでした。
で、数日後。
「これでした……」という知人からのメールに添付されていた画像には、髭面に真っ赤なリボンという前衛的なデザインの白い猫が。
......「H」が発音できないうえに思いきりローマ字読みするから「Hello(エロ)」
……「ティ」という音も無いに等しいから「tty(チ)」になって「Kitty(キチ)」
……ふたつ合わせて「Hello Kitty(エロキチ)」
……。
……。
やっぱりピョン吉の仲間じゃねえか!!!!!(※たぶん違います)
平野暁人
追伸:ブラウザを閉じる前に「スキ」をタップしてくれた方全員に、いまならもれなくぴらのが肉声で録音した「アィャヴァペンヌ」のオリジナル音声ファイルを差し上げます!
嘘です♡
訪問ありがとうございます!久しぶりのラジオで調子が狂ったのか、最初に未完成版をupしてしまい、後から完成版と差し替えました。最初のバージョンに「スキ」してくださった方々、本当にすみません。エピローグ以外違わないけど、よかったら最後だけでもまた聴いてね^^(2021.08.29)