【短編】 神様とスパイ
神様は神様と書かれたTシャツを、そしてスパイはスパイと書かれたTシャツを着ていた。その日は二人とも本当のことを堂々と言いたい気分だったので、Tシャツでその気持ちを表現したというわけだ。
「でも、スパイは自分がスパイだとばれないようにするのが仕事なのだから、その行為は職務放棄ではないですか」と神様は言った。
「しかし、神様だって人間が見つけなきゃ存在しないわけだから、それを自分から名乗るのは矛盾してますよね」とスパイは返した。
神様は、人間から見つけられる前から自分は存在していたはずだと思っていたが、話が長くなりそうなので反論はしなかった。
「先ほどの職務放棄という言葉は失言でした。あなたはスパイである前に一人の人間なのですから、その良心や自由の前では職務放棄なんて些細な問題でしかありません」
神様が頭を下げると、スパイも慌てて頭を下げた。
「いえいえ、私のほうこそ神様の存在が人間次第だなんて失礼なことを言ってしまいました。そんなのは人間中心の考えであって、人間はどこまでも人間的な考え方しかできないのですから」
二人は仲直りをしたところで、今日これからどうするかを話し合った。どうせなら普段やらないことをしたいと神様が言うと、スパイは、お互いのTシャツを交換してみたら面白いのではないかと提案した。
そこで、さっそく二人はTシャツを脱いで交換し、相手の名称が書かれたTシャツに袖を通してみた。
「私、スパイに見えますか?」
「うーん、スパイというより、ふざけた人ですね」
そんなやり取りをしていると、二人のところへ“警官”と書かれたTシャツを着た人物が近づいてきた。
「お前をスパイ容疑で逮捕する」と警官Tシャツの人物は言って、スパイTシャツの神様をそのまま連行してしまった。
それから数ヵ月後のある日、神様Tシャツを着たスパイの元に“犬”と書かれたTシャツを着た人物が訪ねてきた。
「今はこんなTシャツを着ていますが、私は神様ですよ」と犬Tシャツの人物は言った。何度もTシャツを交換しているうちにこうなった。だから神様Tシャツを返して欲しいと。
それを聞いた神様Tシャツのスパイは困った顔をしながらこう言った。
「でも、証拠がない以上どうにもなりません。私の元には、あなたみたいに神を名乗る人が度々やってくるのですよ」
すると犬Tシャツは、急に大声で笑ったあと絞り出すように言った。
「私の負けです」と。
(2018/01新作)
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