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私は三歳からレッスンを受けている。 レッスンのときは裸で、幼い頃はそれが当たり前だと思っていた。 でも十歳になった頃、私は裸じゃ少し恥ずかしいと感じ始めて先生に相談をした。 「そうですか……。あなたもそんな年頃になったのですね」 次のレッスンの日、先生はレオタードというものを私に手渡した。 「まだ裸のほうがよいのですが、あなたの成長に合わせてこの衣装を用意しました」 初めは体に密着するレオタードに縛られているような違和感があったが、レッスンを続けていくうちにそれ
私は、牛の背中にまたがっており、目の前には田園風景が広がっている。 「ねえ、アウラカチューレはまだなの?」 声に振り返ると、一人の少女が私の腰にしがみついている。 「あたし、昨日から何も食べていないのだけど」 そういえば子どもの頃、泣いている私にキャンディーをくれた親切な叔母さんがいたなあと思い出して、上着のポケットを探すとそれらしきものがあった。 「なんか古くてベトベトするけど、甘いからまあいいわ」 アウラカチューレとは何かという疑問はあるが、私も空腹だ。 そこで
地下鉄の電車の床には、「ここは地獄だ。言葉さえ通じない」というスプレーの落書き。 車内はゴミのような匂いがするし、生きているか死んでいるか分からない人が横たわっていてたしかに地獄だ。 しかし、言葉は通じるはずだと私は思って一メートル隣に座っていた男にハローと声をかけると、男にいきなり胸ぐらを掴まれた。 「俺はハローという言葉が世界で一番嫌いなんだ!」 私は声をかけたことを後悔した。 「ハローなんて、友達みたいに近寄ってきては相手を騙すだけの言葉だろ?」 今度あんたに
そいつはリスに似ており、緑色で、何かに反応して光ったりする生物だ。 小学生の妹が手を差し出すと、そいつは首を傾げたり光ったりしたあと、キューンと鳴き声を出した。 「きっと、ひとりで寂しかったんだね」 妹はそう言いながら、緑色のそいつを手のひらに乗せて指で愛撫する。 しかし、そいつはたぶん地球外生物で、見つけた場合はすぐに衛生当局へ通報しなければ、重い罪に問われる。 数十年前から地球人が宇宙に進出したり、宇宙人と交流を始めたせいで、宇宙船に入り込んだ外来生物が地球にや
小惑星に着陸すると、そこには小学校があった。 『木星トロヤ群 第五ラグランジュ小学校へようこそ』という大きな看板。 校舎の一階を全て確認したが、人の気配がない。 じゃあ二階はどうだろうと階段を上ったら、廊下が壁で行き止まりになっていて『ここで宇宙服を脱いで下さい』と書かれたドアがあった。 ドアを開けると真っ白な狭い部屋があり、中に入ると「ドアを閉めて下さい、ドアを閉めて下さい」というアナウンスがしつこく流れるのでドアを閉めた。 「現在、空気充填中、空気充填中。絶対にド
小学校に通い始めた頃、私は帰り道で狸に話し掛けられた記憶があります。 「おい子ども、わたしのランタンを知らないか?」 「ランタンてなに?」 「ほらその、火を灯して夜の闇を照らすものだ」 「しらない」 「はあそうか、でもランタンがないと大変困るのだ」 狸と出会った場所は、都会の住宅地でした。 「今夜、妹の結婚式があるのだが、私はランタンの明かりで妹を綺麗に照らしたいのだ」 「じゃあ、昼間にやれば?」 子どもの頃の私は、案外冷静に狸と会話をしていたように思います。 「狐の嫁
ペーターには住む家がありません。 戦争で村がすべて焼かれてしまったからです。 お父さんとお母さん、そして妹のビアンカも炎に焼かれて死にました。 ペーターは、大きな空き樽の中でいつものように昼寝をしていたから助かったのです。 妹のビアンカも一緒に樽へ入ろうとしたのですが、何となく鬱陶しくて妹を追い出してしまったことを、ペーターはひどく後悔しました。 「ようペーター、お前も生きていたか」 涙をぬぐいながら振り向くと、幼馴染のオスカーと、クリスティーナが立っています。
夏休み明けの朝の教室に、見知らぬ女の子が入ってきた。 「佐久間サクラさんは、サンフランシスコから引越してきたばかりで、いろいろ分からないこともあるから、みんなで助けてあげましょうね」 先生がそう紹介すると、彼女はペコリと深くお辞儀をしたのだが、そのときランドセルがべろんと開いて、筆箱や、何かの白い生物が床に落ちた。 「ててて、何だよサクラ。オイラ、気持ちよく寝てたのに」 彼女は慌ててその生物を拾い上げると、これ喋るぬいぐみなんだよねはははと笑ってランドセルの中に押し込ん
小さい頃、私は猫というのは人間の言葉を喋るものだと思っていた。 「やあキヨハル、去年より背が伸びたな。お土産はちゃんと買ってきたか?」 母方の実家で飼われている猫は、私にそう話し掛けてくる。 「キヨハルはいつもお土産を忘れないから、オレ好きさ」 お土産というのはイカの塩辛のことで、猫の大好物だった。 「猫はイカや塩辛いものはダメだから、いつもは食べさせてもらえないけど、キヨハルのお土産なら仕方なくオーケーになるんだよな」 母方の実家には、祖父と祖母が住んでいるだけ
女子のリコーダーをこっそり舐めることが、男子の間で流行っていた。 「だって、好きな女子が咥えたところを舐めるんだぜ。何だかドキドキするだろ」 じゃあ好きじゃない女子のリコーダーには、ドキドキしないのか。 「まあ、女子のリコーダーってだけで、何だかモヤモヤするけど」 ドキドキとかモヤモヤとか、僕にはよく分からない。 「そっか。俺たちまだ小学生だし、この気持ちが何なのか、俺にもよく分からないよ」 学校の帰り道に、親友のトモハルとそんな話をしながら、僕は、彼が少し遠くへ行っ
かつて、赤ちゃんが爆弾として戦争に利用された時代があった。 それはベイビーボムと呼ばれ、爆撃機から投下されると爆発するのだが、不思議と赤ちゃんが死ぬことはない。 地上に残った赤ちゃんは後で回収されるが、戦火で死んだりして、いつも半分ほどの赤ちゃんは返ってこなかったという。 「この世界大戦において、赤ん坊は最重要の戦力であり、その数によつて戦争の趨勢が決まるです」 当時、街頭演説をした政治家の言葉だ。 「赤ん坊は爆発しても死にませぬ。しかも、我が子が爆弾になつて、国家の
僕は恋に落ちた。 なぜなら彼女の足が地面から離れて、ふわふわと浮かんでいたから。 「あの、話があるんだけど」 僕はそう話しかけるのだけど、彼女はいつもふわふわ漂っているので捕まえるのが大変なのだ。 「ちょっと、足をつかむのはやめてよ!」 「ごめん。でも君はいつもふわふわしてるし、同じクラスにいてもまとに話すことができないから」 僕が手を放すと、彼女は不機嫌な顔でふわふわ浮かびながら溜息をついた。 「わたしは妖精の血を引いているから、いつもふわふわしているしかないの」
『リッキティッキタビー』と看板に書かれているだけの古びた飲食店だ。 店内には誰も居らず、どうしようかと考えたが、私はとりあえず窓際のテーブル席に座ってみた。 メニュー表を開くと、カレーライスやナポリタンなどのメニューが書かれており、一番下に『あたしはここにいます――五百円』という変なメニューが。 「いらっしゃいませ」 突然声が聞こえてびっくりしたが、そこには白髪の若い女性店員が立っていた。 「この店は滅多にお客様が来ないから、お待たせしてすみません」 私は気を取り直し
今日は家庭訪問なので、私はちゃんと服を着て、呼び鈴が鳴るのをじっと待っていた。 「こんにちは。ミミさんの担任の小比類巻と申します」 担任の小比類巻は、玄関ではなく冷蔵庫のドアから現れたのでびっくりしたが、時間通りに来たのでまあいいかと思った。 「ところでミミさんが見当たりませんが、どちらに?」 ミミは空想上の自由な子どもだから、多分私の頭の中にいます。 「ああなるほど、そういうことなのですね。学校では普通にミミさんと接しているので、ご家庭にも居るものだと勝手に……」