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私は、牛の背中にまたがっており、目の前には田園風景が広がっている。 「ねえ、アウラカチューレはまだなの?」 声に振り返ると、一人の少女が私の腰にしがみついている。 「あたし、昨日から何も食べていないのだけど」 そういえば子どもの頃、泣いている私にキャンディーをくれた親切な叔母さんがいたなあと思い出して、上着のポケットを探すとそれらしきものがあった。 「なんか古くてベトベトするけど、甘いからまあいいわ」 アウラカチューレとは何かという疑問はあるが、私も空腹だ。 そこで
地下鉄の電車の床には、「ここは地獄だ。言葉さえ通じない」というスプレーの落書き。 車内はゴミのような匂いがするし、生きているか死んでいるか分からない人が横たわっていてたしかに地獄だ。 しかし、言葉は通じるはずだと私は思って一メートル隣に座っていた男にハローと声をかけると、男にいきなり胸ぐらを掴まれた。 「俺はハローという言葉が世界で一番嫌いなんだ!」 私は声をかけたことを後悔した。 「ハローなんて、友達みたいに近寄ってきては相手を騙すだけの言葉だろ?」 今度あんたに
小惑星に着陸すると、そこには小学校があった。 『木星トロヤ群 第五ラグランジュ小学校へようこそ』という大きな看板。 校舎の一階を全て確認したが、人の気配がない。 じゃあ二階はどうだろうと階段を上ったら、廊下が壁で行き止まりになっていて『ここで宇宙服を脱いで下さい』と書かれたドアがあった。 ドアを開けると真っ白な狭い部屋があり、中に入ると「ドアを閉めて下さい、ドアを閉めて下さい」というアナウンスがしつこく流れるのでドアを閉めた。 「現在、空気充填中、空気充填中。絶対にド
少女に名前を聞くと、アリスだと答えた。 不思議の国のアリスのような白いエプロンをしているので、かなり怪しい。 「わたしはただのアリスです。そんなタイトルの物語なんて読んだことがありません」 グリム童話などは? 「グリム知りませんが、グリルチキンなら昨日食べましたけれど」 警察を馬鹿にするような態度や、〈物語〉という単語をあえて使ったりすることから察するに、少女はたぶんファンタジー主義者だ。 署に戻ると、私は先ほど逮捕した少女を、怖い顔をした尋問官に引き渡した。
僕は恋に落ちた。 なぜなら彼女の足が地面から離れて、ふわふわと浮かんでいたから。 「あの、話があるんだけど」 僕はそう話しかけるのだけど、彼女はいつもふわふわ漂っているので捕まえるのが大変なのだ。 「ちょっと、足をつかむのはやめてよ!」 「ごめん。でも君はいつもふわふわしてるし、同じクラスにいてもまとに話すことができないから」 僕が手を放すと、彼女は不機嫌な顔でふわふわ浮かびながら溜息をついた。 「わたしは妖精の血を引いているから、いつもふわふわしているしかないの」
『リッキティッキタビー』と看板に書かれているだけの古びた飲食店だ。 店内には誰も居らず、どうしようかと考えたが、私はとりあえず窓際のテーブル席に座ってみた。 メニュー表を開くと、カレーライスやナポリタンなどのメニューが書かれており、一番下に『あたしはここにいます――五百円』という変なメニューが。 「いらっしゃいませ」 突然声が聞こえてびっくりしたが、そこには白髪の若い女性店員が立っていた。 「この店は滅多にお客様が来ないから、お待たせしてすみません」 私は気を取り直し
がるがるがるーは夏を知りませんが、春に生まれた子どもや秋に死んだ猫のことは知っています。空を飛べる動物が、忘れた頃にやって来て、がるがるがるーにいろんなことを教えてくれるのです。 「この家に来ると、俺はいつも歓迎されてない気がするね」と空を飛べる動物は言いました。 「気のせいよ」とがるがるがるーは言葉を返しながら、ついさっき動物が入ってきた窓を閉めました。「きっと寒さのせいで、楽しいことを思い出せないだけ」 部屋の温度計はマイナス273℃を指しています。この温度になると世
頭に黒い生物を乗せている少女が、すべての原因らしい。 「この子の名前はキュールなの」と少女は言って、黒い生物の小さな頭を撫でた。 「君たちが街の中を歩くとさ、路面に花や草木が生えて通行の邪魔になるし、後で撤去するのも大変なんだよね」 私は、少し怒った顔で腕組みしながら少女にそう言った。 一応、私は警官なので、不審な者に対しては強い態度で臨まなければならないこともある。 「君のやっていることは、往来妨害罪や器物破損罪という立派な犯罪になる可能性があるから、ひとまず交番まで
その駅にたどり着くまでに、すでに三十年が過ぎた。 大都市にあるような大きくて近代的な駅だったが、ホームに係員が一人立っているだけで、他の乗客は見当たらない。 「ペロ行きは、このホームでいいのかな?」 心配になって私が駅の係員にそうたずねると、彼は大きな溜息をついた。 「ペロ行きは三年に一回しか運行していませんし、それは昨日この駅を通過したので、次は三年後になりますが」 ああそうですか、と私は力なく言って駅を出たが、周りにはのどかな農村が広がっているだけだった。 あと
人口は十万人程度で、面積は東京二十三区ぐらいのかなり小さな国だ。 「少女連邦共和国は、外交的には一つの国だけど、内部的には複数の国をまとめたもので、旧ソビエト連邦や、アメリカ合衆国と同じ国家形態なの」 少女連邦共和国のホームページを見ると、親切にそう書いてあった。 「わたしたちの連邦は、普通少女国、ツンデレ少女国、魔法少女国、超能力少女国、そして異世界少女国という五つの国でできていて、政治経済の中心地になっている首都は普通少女国だよ」 この国は、原則的に少女という存在
「無料で、あなたの悪夢を食べます」と書かれた、変なチラシだ。 「わたしの飼っている獏という生き物は、悪夢を食べないと生きていけません。でも、わたしや家族の悪夢は全部食べてしまったので、もう獏の食べるものがありません」 何かの冗談か、新手の悪徳商法だろうと思って、そのチラシはすぐに捨ててしまった。 しかし数日後、私は、ある女の子が、獏と思われる生き物に頭から食べられている夢を見て真夜中に目が覚めた。 とりあえず水が飲みたくなってキッチンの照明を付けると、食卓の上に、数日前
“サンダル”という言葉が思い出せなくなった。 ちゃんとした靴ではなく、ゴミ捨てをするときや、ちょっと玄関の外に出たいときに履いていくのに便利な履き物。 私は、安売りのときに百円で買ったそれを、もう五年以上も使っているが、名前がどうしても出てこない。 「それは、もしかしたら“サダン”のことですか?」 一週間ぐらい前から、私の家に棲みつくようになった、目の尖ったの少女がそう言った。 「あたしも自分のサダンが欲しいのです」 私は、彼女の“サダン”という言い間違えを聞き、よう