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秘伝のレシピ(古典落語「胴斬り」に寄せて)

 胴斬りという噺がある。あまたある古典落語の中でも、大好きな噺のひとつだ。

 あらすじは、こんな感じ。

ある酔った男が夜道を歩いていたところ、出会った侍に喧嘩をふっかける。怒った侍は男の胴を一文字に斬り、その場を去る。しかし、侍は居合の達人だったのかあまりにも見事な太刀筋であったため、男は上半身が横にずれて天水桶の上に乗っかっただけという状態で命が助かる。胴(上半身)と足(下半身)が分かれてしまい、男は何も出来ず困っていると、偶然にも兄貴分が通り掛かり、事情を話して助けてもらい、無事に帰宅する。

翌日、兄貴分が男の家を尋ねると、胴は飯を食い、足はそこらじゅうを跳ね回るなど、やはり男は生きている。男はもとは大工だが、もはやこんな身体では仕事を続けることができないと嘆き、兄貴分は一肌脱いで、相応しい仕事を見つけてくる。それは胴は動かなくていい銭湯の番台勤めで、足は足だけあれば十分な蒟蒻屋で蒟蒻玉を踏み続けるという仕事であった。こうして男は天職を見つけたとして仕事を喜び、彼を雇う銭湯や蒟蒻屋の主人たちも、その働きぶりに関心し、兄貴分に感謝するほどであった。(サゲの解説は、省略します。演者によって、ヴァージョン違いがあるので。それがまた、楽しい。)

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

 馬鹿馬鹿しいっちゃ馬鹿馬鹿しいんだけど(笑)誰も死なないし不幸にもならない。むしろ、みんな幸せになっちゃってるのがいい。

 あまりに暑いので、私も夢想してみる。

 エアコンのない倉庫で働いている私は、ブラジャーが暑苦しいとずっと思っている。乳房が取り外し式ならいいのに、などと馬鹿馬鹿しいことを考えていたら、ある日、本当に乳房が取り外せるようになってしまった。

 これはありがたい。取り外した乳房には留守番を頼み、まるで鉄腕アトムのようなツルンとした上半身を手に入れた私は、薄手のTシャツやタンクトップ1枚で、出勤するようになった。

 ブラジャーの布の面積などたかが知れているとはいえ、不快な締め付け感がなくなったこともあり、実に快適に働けるようになった。ありがたいことである。

 しかも、さらにありがたいことには、留守番をしている乳房が、家事全般を引き受けてくれるようになったのである。とくに、料理の腕は天下一品。私は、乳房のつくる夕食が楽しみで、寄り道せずにまっすぐ帰宅することが常となった。

 そんなある日のこと、乳房がかしこまった様子で、私にこう言ってきた。家にずっといるのも飽きてきたので、外に働きに出たいと。

 気持ちはわかる。取り外しているとはいえ、元は私の身体である。専業主婦がつとまるわけもなかった。

 元・私の身体とは思えないくらいに、料理の腕は確かなので、知り合いの飲食店に頼んでみた。ちょうど料理人が一人、もうすぐ独立のため抜けるとのことで、よろこんで雇ってもらえることになった。

 外で働きはじめても、乳房は必ず、私の夕食をつくってくれた。しかも、その独立予定の料理人の先輩から教わったという「秘伝のレシピ」まで惜しげもなく駆使してくれた。

 こんな幸せって、あるだろうか。本体冥利(?)に尽きる。

 乳房は「取り外し式」なので、完全に私から分離したのではなく、私の意思で、いつでも合体することができる。だけど私は、乳房を取り外して働いているときの風通しのいい感覚や、乳房が私につくってくれる美味しい料理の数々に甘え、いつしか乳房のことを顧みなくなっていた。たまに、私に寄り添いたそうにしている乳房を感じても、わざと無視していた。

 ある日、仕事から戻ると、乳房の姿がなかった。いつも素晴らしい料理が並べられていたテーブルの上に、一通の手紙が置いてあった。

 秘伝のレシピを教えてくれた料理人の先輩と、小料理屋をはじめるのだと、そこに書いてあった。

 私は、自分の過ちを知り、そしておおいに恥じた。

 今はもう、乳房の幸せを祈るしかない。そして私は、死ぬまでこの、鉄腕アトムの上半身のようなボディで生きるしかないのである。

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 そんな奇跡はなかなかないとは思うのですが、もしも、万が一にでも、落語家さまの目に留まり、この馬鹿馬鹿しい噺を演じてみたいと思っていただけましたら、もう、著作権完全フリーで、いかようにもお使いくださいませ。というかむしろ、どうぞお使いいただきたく、お願い申し上げます。

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