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現れる幽霊

 人は時に、本当は実在しないものについて、それが恰も実在しているかのように語る。ただし、それが実在しないことを知りつつ語る者もいれば、知らずに語る者もいる。ともあれ、そのようにして語られる空虚な対象は、概して幽霊と称することができる。
 さて、麻雀の世界には「完先」「完全先付け」「先付け」「先付けなし」「後付けなし」「ナシナシ」といった語が存在する。これらは、周知の通り、それぞれが特定の意味を分担しているわけでもなければ、単に共通の意味を有する類義語同士であるわけでもなく、人々の使用に大雑把な類似性が認められるだけであり、それどころか、用例によっては意味が正反対になっていたり、いずれか二つが特に指摘されて、両者は同義だとか、似て非なるものだとか、全く別物だとか言われたりすることもある。しかし、こうした語が、いわゆる麻雀の本則に付することのできる、ある種の規程に関係している、という点は確かだ。
 ここでの規程とは、文単位で表される個々の規定の一式を指すものとするが、この定義は、ある規程が単一の規定から成立することを妨げるものではない。このとき、麻雀の世界には次のような幽霊が認められる。すなわち、いかなる対戦にも採用されたことがないにもかかわらず、既に一定の範囲で採用されているかのように語られ、しかも「完先」等の呼称を有する規程のことである。筆者は、こうした規程を幽霊完先と総称する。
 幽霊完先は差し当たり幽霊であり続け、精々、談議を空転させるに過ぎない。しかし、この幽霊は時に活力を得る。つまり、いかなる対戦にも採用されたことのない規程が、既に一定の範囲で採用されているものとして、しかも「完先」等の呼称を有し、ある対戦に採用される、という可能性が生じる。人は、伝聞した幽霊完先を幽霊と知らずに、既に通用している規程を借用するつもりで、将来の対戦に採用し得る。その結果、当の幽霊完先は出自を隠しながら、というより誤解されながら、遂には幽霊であることをやめるのだ。
 麻雀の世界は、幽霊完先と、元は幽霊完先であったものが彷徨している。確かに、我々には任意の規程を採用して遊戯に興じる自由がある。しかし、己の誤解や臆測に他者を巻き込んでしまうことを回避すべく、伝聞した規程の出自には十分な注意を払いたい。

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