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十二月はアルバイト先のおとぎ話で。(短編)
「十二月なのに『小春日和』だなんて、季節外れで変なかんじするよね」
テレビの歌番組で司会者からインタビューを受けているアイドルの女の子たちに、そんな感想を漏らした。画面の中には、煌びやかな衣装を身に纏った人気アイドルグループ「小春日和」、通称コハビヨのメンバーが新曲の聴きどころについて話している。
チェーン店の牛丼屋に設置されたテレビを眺めながら、お客さんがいないことをいいことに、従業員の私は、ぼんやりと言った。
「いや、変なことではないですよ」と同じく手の空いたバイト仲間の亀梨君が、私の言葉を拾って応えた。
「どうして?」
「『小春日和』っていうのは、秋から冬にかけての言葉なんですよ。確か、11月から12月の初め頃の穏やかな天気を表した言葉だったかな。おそらく、このアイドルのグループ名は、厳しい寒さの中にある『癒し』とか『光』みたいな意味が込められているんじゃないですかね。ほら、アイドルって、誰かの支えになったりする仕事じゃないですか?」
へえ~、と私は感嘆の声を漏らしてしまった。
「さすがは有名大学に通う学生さんだね。物知りだ」
「たまたまですよ。僕も同じように勘違いしてましたから。彼女たちのことを知って、調べて勉強になりました」
同じバイト仲間の亀梨君は、私が今まで会ったことがないタイプの男の子だった。仕事は丁寧で正確だ。性格も協調性があって、職場の人たちみんなに好かれている。加えて、高学歴であるのに、その境遇を鼻にかけることもない。何より25歳を過ぎてもずるずるとフリーターを続けている私にも、フラットに接してくれている。
大学を卒業して、明確な目標や目的意識がなかった私は、就職活動もせず、何となく生きている、といったかんじで今日に至る。
「正直、焦るわ」と言うと、亀梨君がテレビから私に視線を移して、不思議そうな顔をした。
同世代や年下の子の活躍を目にすると、心が穏やかではなくなってしまう。嫉妬の感情と自分の不甲斐なさに、地に足が着いていないような心持ちになって、どうにも落ち着かなくなるからだ。
「亀梨君もあの子たちも、無限の可能性があるというか、キラキラしてて、羨ましいというか。‥私には、何もないからさ」
こんなこと亀梨君に言っても仕方がない。分かっていても、弱音を吐いてしまう。しかし、誰かに自分の心の内を聞いてもらいたいという気持ちもあって、つい亀梨君に甘えてしまった。亀梨君なら何を言っても、茶化したり、バカにしたりしないという打算もあった。
「僕やあの子たちに、無限の可能性があるかどうかはわかりませんが、増田さんに何もないとは、僕は思いませんけど」
テレビの中では曲のイントロが掛かり出している。店内には私たちの会話が静かな店内に、くっきりと浮かび上がっていた。
「増田さん、この間、財布を置き忘れていったお客さんを、お店を飛び出して追いかけていったじゃないですか?」
「ああ、そんなこともあったね」
「増田さんのすごいところですよ。困ってる人がいたら、飛び出していける」
思いもよらず褒められたことに、面を食らってしまい「そんなの当たり前のことでしょ」と可愛くないかんじで返答してしまう。日常生活で褒められることなんて、中々ないんだもん、むず痒い。
「当たり前のことを当たり前と思わないことは大事ですよ。人は生活しているだけで、すごいと、僕は思います」
「何それ」
「それに小さな親切っていいじゃないですか。人生で大きく考えたら積み重ねると、大きな徳になってるかも」
「それでも私は、今すぐでっかい徳を積みたいよ。リターンが大きいような。そうだな‥例えば拾った財布の持ち主がお金持ちのイケメンだった、とかさ」
「増田さん。お金持ちのイケメンはチェーンの牛丼屋で食事はしないと思いますよ」
「そんなのわかってるよ」
亀梨君は今まで出会ってきたどんな男の子とも、雰囲気が違っていて、本当に不思議だ。田舎から上京してきたから、東京の人間とは感覚が違うのかもしれない。
東京に住んでいると、『人は記号』だと感じてしまうことがある。肩書きと人脈でガチガチに武装した人たちが、記号のように存在していて、生活している。その人たちから人間味というものを感じない。
しかし、亀梨君の存在や言葉には、説得力があった。記号のやり取りの嘘臭さがないというか。本当に頭が良い人ってこういう人なのかな?と思う。
「小学生の頃、アンナちゃんに言われたことがあるんですよ」
亀梨君はテレビに視線を向けながら、唐突に言った。
私の視線から疑問を察した亀梨君は「アンナちゃんは、一つ年上の幼馴染のお姉さんです」と答えてくれた。
「当時の僕は引っ込み思案で、周りの同級生にからかわれていました。苗字のことで『のろまの亀』と弄られていたんです」
驚いた。亀梨君は、その独特の空気感から、そういった凡庸な人間関係のいざこざとは無縁の人生を歩んできたようなそんな感じがしていたからだ。
「でも、アンナちゃんは言ってくれたんです」とひと呼吸おいてから、誇らしげにアンナさんの言葉をなぞるように言った。
「『お前はのろまの亀じゃない』って。それに『小さな進歩を積み重ねることができる奴は、いつか大きなことを成し遂げる』とも教えてくれました」
「ずいぶん大人びた発言だね?本当に一歳上?」
「それが、後々知ったんですけど、当時流行ってた漫画のキャラクターが言ってた台詞の受け売りだったらしいですよ」
亀梨君は心から愉快そうに笑いながら言った。亀梨君のこんな表情を引き出せるのは、そのアンナさんしかいないのかもしれないな、と思った。
「それにこうも言ってました。『おとぎ話でも、亀がうさぎに勝ったろ?』って」
「うーん。何だか言いくるめられているような」と思わず唸ってしまう。亀梨君の掴みどころのないかんじは、アンナさんの影響があるのかも。
「面白いですよね。でも僕は、その言葉に救われました。『僕は僕でいい』って、存在してていいんだって、気持ちが楽になったんですよね」
それはわかる。人と人のつながりが希薄になっていると感じる世の中で、そういう言葉を言ってくれる人は、貴重だ。特に人間関係が閉鎖的に成りうる『田舎』で生きてきた亀梨君にとって、アンナさんの言葉は蜘蛛の糸が降りてきた心持ちだったろう。
「だから僕はアンナちゃんに追いつきたくて、追い越したくて。それで気づいたら、ここに」と言った亀梨君は、今私たちの居る牛丼屋を見渡した。亀が東京の牛丼屋に、と私は思った。
「でも、アンナちゃんには中々追いつけませんね。うさぎみたいに、一足飛びで僕を通り過ぎていきます」
亀梨君はそう言うと、テレビの中で歌いながら踊っているアイドルたちを指さした。そして「あっ、今ちょっとだけ映りました」と反応した。
どういうこと?
私は狐につままれたような気持ちになる。この話、動物がよく出てくるな、とぼんやり思いながら訝しがっていると、再び私の疑問を察した亀梨君が応えてくれる。
「あの端っこにいるのが、杏奈ちゃんですよ」とテレビの中のアイドルグループがフォーメーションを組んで踊るのを指差しながら言ってきた。
えっ?どういうこと?
私が混迷を深めているのもお構いなしに亀梨君はテレビに視線を注いでいる。その表情は真面目というか、淡々としているというか、とにかくいつもの亀梨君で、どうにも冗談を言ってるように感じない。
「杏奈ちゃんはテレビに出演する選抜メンバーに選ばれていないんですけど、今日は選抜メンバーの一人が別の仕事があって、急遽出演することになったんです」と亀梨君は説明してくれる。
私は勤務時間中にも関わらず、携帯端末を取り出して、「"小春日和" "あんな"」で検索をかけた。
「『村山杏奈』‥村山杏奈!?『アンナ』って、亀梨君の幼馴染のお姉さんって、コハビヨのメンバーなの!?」
興奮している私を余所に、亀梨君は「あれ、言ってませんでしたっけ?」ととぼけた顔をしている。
なんだこれ?
人気アイドルグループのメンバーと幼馴染の人間がこんなに近くにいるなんて。どんな偶然だ!?
すごい!と私は興奮しながら、テレビに時々映る杏奈さんを見ていると、ある違和感を覚えて、急に冷静になった。
「亀梨君。杏奈さん、センターの女の子をめちゃくちゃ睨んでない?」
グループ全体が華やかなアイドルスマイルを振りまく中、杏奈さんだけは険しい表情をしていて、視線は常に、カメラではなくセンターの女の子に向けていた。それはもう違和感を覚えるほどに。
「杏奈ちゃんは負けず嫌いですから」と亀梨君は呆れたように笑っていたけど、どこか嬉しそうな様子だった。
私は亀梨君と杏奈さんを見比べて、これじゃあ、どっちが亀でうさぎかわからないな、と思いながら、テレビから流れる音楽に乗って身体を揺らした。
to be continued‥
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