見出し画像

十一月はデビュー前のレッスン室で。前編(短編)

 「センターは‥‥清井桜子」
 プロデューサーから12月にリリースされる新曲のフォーメーションが発表された瞬間、会議室にざわめきが起こった。メンバーやスタッフさんの視線が一斉に向けられ、自分に突き刺さる。
 えっ?私?と困惑していると、隣に座っているメンバーに小突かれて、急いで立ち上がる。返事をしなければならなかったが、息がかすれる音しか出なかった。変な声だと思われたかもしれない。
 「ということで、今回はこのメンバーで新曲リリースになります。センターは新メンバーの清井に務めてもらいます。みんなでいい作品にしましょう」とプロデューサーが言うと、「はい」とそこかしらから、声が上がった。
 これは、現実か? 状況に思考が追いつかず、足に力が入らず、ふわふわとしていた。
 それが、二週間前のことだった。


 時刻は5:30を回ったところです。イヤホンから流れるラジオ番組のDJが軽快に番組を進行している。私は事務所のビルを訪れていた。
 マネージャーさんにお願いして、早朝からレッスン室を開けてもらった。新曲の自主練習をするためだ。
 先日、はじめて行われた「フリ入れ」で私はショックを受けた。先輩方と一曲を通して踊ってみると、なんとまあ、自分の無様なことか。先輩もスタッフの方も「最初だから仕方ないよ」と慰めてくれたが、そういうわけにはいかない。自分の不甲斐なさを突きつけられたことで、プレッシャーが現実味を帯びてくる。
 その中でも、私が一番恐れているのは”バッシング”だった。
 『センターの子、歌もダンスも下手で見てられない』
 『○○がセンターの方がよかった』
 『ゴリ押し』
 自分が芸能人になる前に、何気なくSNSで目にした他意が、自分に向けられると思うと、気が気じゃなかった。
 せめて、恥ずかしくない程度にはできるようになっていなければならない。だから、こうして、コソコソと練習するために、早朝から事務所に訪れているのだ。
 お早うございます、と挨拶しながらレッスン室の扉を開くと、部屋の中から大音量の音楽が聴こえてくる。こんな早朝に誰かいる?部屋に足を踏み入れると、熱気が鼻腔をくすぐった。女の子の汗の匂いがする。ぼんやりと思った矢先、全身を映す姿見越しに、踊っている女の子と目が合ってしまった。愛想笑いをして頭を下げる。あれ?誰もいないんじゃないの?しかも、よりによって彼女と二人きりなんて、とても気まずい。
 彼女は村山杏奈。私と同じく今回のオーディションで、コハビヨの新メンバーとなった、所謂、私の同期だ。新メンバー組の中で最年長の彼女は、すでに面倒見の良さから”お姉さんキャラ”として、ポジションを確立している。しかし、そんな彼女は、どういうわけか、私にはとても余所余所しい。今も入室してきたのが私だと気付くと、彼女の口が舌打ちするように動いたのがわかった。
 それよりも、村山さんが今、踊っているのは、今度リリースされる新曲の振りだ。村山さんは選抜メンバーに選ばれていないはずなのに、なぜか、踊れている。しかも、私よりも上手だった。思わず見入っていると、村山さんは動きを止め、傍らに置いた飲み物を手に取り、休憩に入った。私はそのタイミングでついつい話しかけた。
 「村山さんすごいですね!どうしてこんなに新曲が踊れるんですか?」
 「‥‥別に」
 静寂が空間に広がる。言葉少なに会話を終わらせようとする村山さんに焦る。話を繋げなければ。
 「あの、えっと、私ね、まだ新曲の振り付けが入ってなくて」
 「‥‥で?」
 「だから、もしよかったら、教えてもらえたら、嬉しいな、って」
 仏頂面で私に相対する村山さんに、ついつい顔色を伺うように話しかけてしまう。何とか言ってほしい。私はこれ以上言葉が出てこない。部屋の中に、しーん、という音が響く。気まずい、と思った。
 すると「‥‥帰る」と、村山さんが静かに言い放った。
 あれ、私、間違えた?困惑している間に村山さんは素早く帰り支度をはじめる。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
 荷物を持って立ち上がり、私の横を通り過ぎていく村山さんの背中に思わず「ごめんなさい!」と声をかける。村山さんは私の声に引っ張られるように動きを止めると、ゆっくりと私に向き直った。その表情が怒りに満ちていて、私は慄いてしまう。
 「あんたさ!」と鬼の形相でずんずん私に近づいてくる。ひぃっ、と思わず声が漏れる。
 「なんで謝ったの?」
 「あの、えっと‥」
 「だから!どうして私に今、謝ったのかって聞いてんの?!」
 感情を顕にして話す村山さんに、私は気圧されて言葉に詰まってしまう。村山さん、めっちゃ怒ってる。
 「いや、えっと、その、私、何か気に障ることを言っちゃったのかなって、それで、思わず‥」
 考えるより先に言い訳が出てくる。怖くてどうにかこうにか弁解しているうちに、不意に村山さんの視線とバチッとぶつかる。ひええっ!
 「私は、あんたのそのかんじがムカつくんだよ!『私なんか‥』『恐れ多いです』ってツラして、前に出てくる奴!周りに引き立てられて、お膳立てしてもらって、『私にはもったいないです』って謙虚なフリして、おいしいところ全部持ってくんだよ!お前みたいな奴は!それで終いには、『私は人に恵まれました』とか『下積み時代があったから、今の私があります』みたいな、わかったようなこと言って、偉そうに、成功したことを語りだすんだよ!」
 早口でまくしたてる村山さんに、圧倒されてしまう。
 「私が、あんたに振り付けを教える?私があんたに?なんでそんなことしなきゃなんないんだよ!”選ばれなかったメンバー”が”センター様”に?馬鹿にすんなよ、お前!」
 あまりの剣幕に、恐怖で膝が震えだす。これほど人から他意を向けられたのは、はじめてだった。
 しかし、恐怖と同時に、自分の中から別の感情が沸き上がってきていた。何もそこまで言わなくてもいいじゃん。沸々と憤りが体中に広がっていく。あなたに何がわかるの?
 「私だって、一所懸命やってるもん!」と思わず口走ってしまった。
 「ワケわかんないよ!この間まで、普通の高校生だったのに、いきなり『センターやれ』って言われて、歌もダンスもやったことないのに、そんあのできるわけないじゃん!
 それで、みんなに『大丈夫?』『がんばってね』って言われて、『大丈夫です、がんばります』って平気な顔を作って、無理して気を遣っている、私のみじめな気持ち、村山さんにはわかんないよ!」
 私は泣きべそをかきながら、自分でも頭の中がぐちゃぐちゃで言葉もまとまらなくて、情けないってわかっているけど、止められない。しかし、そんな私にも村山さんは容赦なく、辛辣だった。
 「”平気な顔”なんてしてないから!いつも『私困ってます~』って顔して、いかにも男心をくすぐりそうな表情で、スタッフにもファンにも媚売ってるだろうが!」
 「それは失礼です!元からこういう顔なんです!」
 村山さんの人を喰った態度に、私は子供の口喧嘩みたいに言い返す。途中からは「バーカ」「バカと言った方がバカなんです」というレベルの低い言い合いになっていた。
 お互い言葉を尽くすと、にらみ合うだけの時間がおとずれる。村山さんは、ふんっ鼻を鳴らすと、ドアに向かって歩き出しレッスン室から出て行った。
 何なの?あの人。


後編へ続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?