自由のたいせつさ
今日は憲法記念日です。1982年に僕は、この本を読みました。
高校生だったけど、いろいろ考えました。冷戦と呼ばれる時代でした。
確か大きな瞳孔の写真が掲載されていたと思います。固い表紙で、ビニールのカバーが付属していました。斬新な装丁だったのを覚えています。
お願いして、母親が「いい本らしいわよ」と流行に合わせて金町の本屋さんで購入しておいてくれました。父親は、憲法に関しては「平和ならいい」と世の中を信じている感じでした。両親の雰囲気を思い出す本のひとつです。実家の古い本はみんな処分されてしまったので、大人になった自分が再度購入しました。
コロナは色々なことを教えてくれました。
甚大な人災を日本に与えた専門家たちは交代していなくなりました。
コロナ有識者会議 自治医科大・永井良三学長が座長就任へ
ワクチンと呼ばれていた遺伝子治療薬型の注射を全世代に強力に推進していた人々も消えていっています。過去のものになりつつあります。
米国で4回目のコロナワクチン接種開始…「打つべきか」との混乱も
米国では3人に1人も遺伝子注射をせずに、4回目が始まろうとして混乱しています。
こうやって誰も責任も総括もせず、終わっていっています。
今回の感染症の騒動で、たくさんのことを学びました。
僕は一番は「自由のたいせつさ」だと思います。
2年間、どっからか現れて、今はいなくなってしまった人々が、国民全体に指示を与えていました。
PCR検査、自粛、遺伝子治療薬の注射 + マスク、3密などの行動制限
です。
これらは、私権制限で自由がうしなわれたものでした。
そして、その議論すらなされませんでした。
国民が「全体主義を推し進める」と宣言された日 / コロナ対策で改憲への道が示された日 / なぜ? どうしますか?
と1年前のブログに書きました。全体主義が本当に恐ろしかったから。
本来はひとつの感冒系ウイルスの感染対策の人々なのに、憲法改正も議論していました。恐ろしいことです。
もっとおそろしかったのは、それを止める政治勢力がなく「大勢翼賛化」してしまったことです。右は専門家主導の全体主義、左は全例PCRと注射、前は国民をヒステリー化させるメディアと全方位的に逃げ場がありませんでした。
戦後、政府批判を繰り返すメディアでさえ加わり、戦前戦中は全部が若者を戦争に駆り出すことを応援していたのと一緒です。
それを救ったのは「デルタ波の急減」つまり、国民の免疫でした。
コロナ感染者激減は、日本人の体質が影響か
にデイリー新潮さんに書いてもらいました。
言い方は適切ではないけれど、日本人自身が地政学的にもっていた体に刻まれた免疫力という歴史が、元寇をおいはらった日本人を応援してくださる「神風」になってくれたのではないかと思っています。
専門家主導の全体主義、全例PCRと注射、国民をヒステリー化させるメディアを追い払った「神風」です。たまたま、私たち自身の免疫によって救われました。
戦時中、「お国のため」といわれていたものは、「一部の国民のため」だったということが今は明白になっています。
コロナの構造とそっくりです。感染対策は国民のためではありませんでした。かかわる人々の栄養になってしまいました。マスクも注射もなにもかも。終わったら、みんないなくなりました。
もし感染対策が正しかったのなら、先導したひとびとは英雄として人々に賞賛されつづけるはずです。用事がすんだら、ひっそりいなくなっていくのはなぜでしょう?
落ち着いた国民は、いろいろな議論をそのごするようになってヒステリーが急速に解除されていきました。
いまではノーマスクの人々が元気に外を歩くようになってきています。
専門家の置き土産の2類のままですが。
終わらせないなら、私たちが終わらせれば、「終わらす」ことができる。子供達を休校と治験中の遺伝子治療薬型RNAワクチンから守ろう。いつまでも教育を破壊し、家族の収入を減らしている人々から離脱しよう。
でおかきしたことを人々が実践していっているところが、たくましいと思っています。子供の遺伝子注射も無事、ある程度避けることができました。
そうしているうちに、実感染が広がってしまいました。そして、感染した人々が「コロナはかかるとこんな感じ」というのを知るようになりました。
観察した事実は強い。
わたしたちは、この2年間いろいろなものを観察しました。
誘導した人々が消えていなくなるのも観察しました。
PCR検査、自粛、遺伝子治療薬の注射 + マスク、3密
新見がなかったことを観察しました。
無料PCR検査場の閉鎖が続いています。
2類のまま、終わっていくってどういうことなんでしょう。
彼らがどれくらい責任もなく、私たちの社会、教育、文化、富にダメージを与えたのかわかるでしょう。こうやって、いなくなるんです。
感染症では、国のインフラは壊れませんでした。注射もやらなくて良い自由が残されていました。マスクもしなくてもよかった。私は布マスク鼻だしで満員電車を通勤していました。注射しなくても診療する自由がありました。
でも、憲法改正されるとそれが失われます。
こちらによい資料があります。
僕も含めてずっと代々、自民党なんだけどなぁ・・・
クリニックには温厚な鯨岡兵輔先生の色紙を飾ってあるんだけどなぁ・・・多様性があって、もっと国民のことを真面目に考えていたように思う。
多極化してきたから、国民のことをもっと考えてくれてもいいともおもう。
僕はみんなの平和や豊かさを守りたいと思う。なにより、議論ができる自由がたいせつ。自由をまもってくれる憲法でないといけない。
世界の中でも、日本を特徴づける憲法だと思う。敗戦国だから知る、臥薪嘗胆(がしんしょうたん)というものがあります。
連ドラで「暗闇でしか見えぬものがある。暗闇でしか聴こえぬ歌がある」と言っていたのは正しいと思う。敗戦した国の暗闇でしか見えない真実があって、それが憲法に結晶化したと僕はおもっています。個人の感想です。
観察されたことから学んだことを未来に生かすことで、人々は暮らしてきました。コロナは高額な良い予習、学習になったと思います。
失われてからでは遅いです。
映画1984みたいになってしまってから自由を叫んでも、取り戻すことは不可能でしょう。自由に発言もできない、SNSもネットも使えない、話も密告されているかもしれないなんて思いながらしかできない世の中になります。
たいせつな自分の子供たちを紙切れ一枚で戦場にとられても文句言えない世界になんて悪夢です。
たいせつなのは、自由のたいせつさ、です。
右にも左にも後ろにも、自由が失われた2年間を思い出しましょう。
いつだって犠牲になるのは民なので、私たち民は自分を守る、自分の家族が安全でいられる、自分達が豊かになる方法を選んでいきましょう。
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