スタッフが復帰した日
今日は、久しぶりにスタッフが復帰した日です。来月には出産後のスタッフもそろう。
僕は大丈夫だと思っていたけれど、
お子さんがいるスタッフには念のためお休みしてもらっていました。
少ないスタッフでがんばった。患者さんのインフラを守り、雇用をまもり、仕事を守り、僕自身のモチベーションを守った。
“日本は、日本のコロナを考えればいい” と僕はブログでずっと主張してきました。
感染終了と、政治的に自粛を政府が要求することは乖離しています。大病院に勤める仲間たちからとどく話やクリニックにいらっしゃる患者さんの様子と、国民を恐怖に陥れるメディアの乖離に最初は???だったけれども、今はナットクしている。
僕はそれでいいとおもう。
量的緩和を続けなければ世界の経済がクラッシュしてしまうから、理由になっているコロナ流行は続いていることにしないといけない。第2波といって国民に恐怖を与え続けなくてはいけない事情を察する必要がある。僕はそれをアナウンスする側には行かないけど。
そして、僕らは普通の生活をして経済を回さないといけない。
赤いレインボーブリッジがインスタ映えするからお台場に集合するという都民の感覚はするどい。本能でよく理解している。素晴らしいことだ。
国家予算が100兆円なのに、10兆円も使い道を自由にして投入される。国家予算の意味って何?というレベルで、さらにお札が印刷される。子供銀行のようだ。
ドルも日本円も価値が下がるけれども、恐慌がこなければそれでいい。いつかどこかで、そのうち知らないうちに貨幣を回収していけばいいだけだ。借金したら返さなくっちゃいけない、と思うのは僕ら庶民の感覚でいつだってブルジョワは返さなくていい方法を編み出すものだ。
避けたいのは、信用収縮によるパニックだけ。それを防ぐんだったらいくらだってなんだって印刷すればいい。
今のお札の刷り方と使い方なら蒸発するからインフレにはならない。そうしているうちに、世界の再編がすすんでいくんだろう。貨幣が虚構の信用に成り立っているからこそできるマジックだ。まだその虚構は健在で健康的だ。
今日、僕はセブンイレブンの冷やし中華を460円で買った。お札の価値が減っても、僕はまた460円で冷やし中華を買えるだろう。僕は、冷やし中華を買えればそれでいい。
日本の僕らは平和に暮らしていければいいと思っている。
豆まきのときにお父さんが鬼になって、わかっていながらキャーキャーにげまわる子供のようなものだ。子供が怖がらないとお父さんも立つ瀬がないし、子供もお父さんがいるから暮らせることを知っている。
だまって、怖がるフリを続けてあげるというのも国民の務めだとおもう。
本当は、もう日本にはコロナはどこにもいないと思う。いてもちょっとしかいない。僕らの遠くのどこかにしかいない。流行りのカゼはそういうもんだ。
だから、看護師さんが復活したことがとてもうれしい。安全になったクリニックで、また一緒に働けることをうれしく思う。
NHKでは、『第2波すっごい怖いですねー』というしかめっ面のメインキャスターさんの舌の根が乾かぬうちに、スポーツ担当キャスターさんは颯爽と現れて『コンニチワー』と放送を楽しそうにやるだろう。
練習試合で楽しそうな選手が3密になっているベンチの映像や、巨人開幕戦のニュースや野球居酒屋で盛り上がる人々の映像が流れるだろう。
なんてすばらしいんだろう。『クラスターが起きて第2波の入り口』というコロナの恐怖を惹起するアナウンスと『スポーツ選手の活躍』をさわやかに伝えるアナウンスの2重奏。数日内に実現され、数年間毎日くりかえされていく未来だ。
素晴らしい。やっぱり枝豆が必要だ。
恐怖をあおる側と元気に経済を回す国民が、これからの日本だ。論理的に矛盾しているどころか、知っていて黙っている両立こそが正解。それでいい。
万が一具合の悪い人が増えてきたら対応すればいいけれど、可能性は低いと思う。
上手にくらしていこう。
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