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【台詞集】小説『明鏡の惑い』第九章「左手の小指」より

おおユウくん、お稽古は順調かい?

   ロング・ロング・アゴーかい。

 長い長い顎ー!

人は年を重ねれば重ねるほど、生きてきた過去は長く分厚くなる。

   いやあ感慨無量ですなあ。悠太郎くんがこの明鏡閣でピアノのお稽古ですか。

 秀子さん、ユウくんはこの分でいけば、今に女の子にもてますね

ユウちゃんは今に作曲をするよ。あたしがあげる紙にオタマジャクシを書くよ。ダ・ダ・ダ・ダーンてなもんだ

   結局のところ作曲をする

 この田舎でも男の子がこういうことを習うとは。

聖書が農作業に尊厳を与えるんですって。でもお祖父ちゃんやお祖母ちゃんは、そういうのを変わっているって言うの。それにお父さんは……いいえ、やめましょう、今そんなことを話すのは。

   悠太郎、無理をすることはないわ。うちでも私以外にはなかなか懐かない犬だもの。バネットって私がつけたの。ライオンみたいだから

 ウッフフ、ボケ防止にはちょうどいいよ。はまきく・はまきく・はまきく・はまきく……

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   おい隼平、おまえどうして野球部をやめたんだ?
   体力の限界っす! 体力の限界っす!

 あなたなんかよりよっぽど強い大人の男に、私はいつも殴られ慣れているんだから。その代わり殴られっぱなしでは済まさないわよ

憶えてろ、このクソアマ! いつかてめえをぶっ殺す!

   これはアルベルティ・バスというの。

 役に立たない、捨てられた石……。そうか、弱いものでも支えることができるんだ、別の世界を

私の主人は彫刻家だったけど、よく言っていたわ。芸術家にとっては、禍いも恵みも区別がないんだって。いいことも悪いことも全部ひっくるめて受け取って、この世界への贈り物として形にするんだって。そういう人は、普通の人が思いも及ばないような重荷を背負いながら、普通の人が思いも及ばないような時間をかけて成熟するものなんだって。

   ユウくん、九歳のお誕生日おめでとう!

 キューサイの青汁! まずい、もう一杯!

なんだか不思議ですね。左手の小指はいちばん力がなくて弱い指なのに、そんなに重たい役目を負わされるなんて。

(作品はこちら)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/703314535/113741973