伏見稲荷_夜_写真

伏見稲荷の夜を探して

京都はすっかり観光客に埋め尽くされるようになった。沢山ある観光スポットの中でも、トップクラスの人気を誇るのが伏見稲荷大社である。ところで、伏見稲荷に泊まれるのご存知だろうか?

夜の隠微な伏見稲荷を忘れられず

学生時代にはよく伏見の稲荷山に遊びにいった。何をするわけでもなく、稲荷山の麓にある牛丼屋で牛丼を買って先輩や仲間たちと食べながら登ったものである。
ある時、肝試しのノリで夜の伏見稲荷を参拝した。
ぼんやりとした光に照らし出されるおどろおどろしい数々の鳥居、闇に沈没している社務所、妙に現実的な自動販売機の青白い光。坂道を上る自分の息づかいばかりが聞こえ、仲間も妙に寡黙になったものだった。誰かが冗談を言って、誰かが乾いた笑い声を立てて、ちょっと続いた会話はすぐ途切れる。やがて終点に近い場所に来たとき、わずかな明りの中で異様な数の狐の像に取り囲まれている自分たちを発見し、大声を上げて参道を駆け下りた・・・。

そんな思い出のある伏見稲荷大社。あの夜の狐のことを思い出した私は、スペイン人の友人家族を連れて行く春の日本の旅で、伏見稲荷に宿泊することを思いついたのだ。

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という、タイトルみたいなことを期待したならちょっと違う。全然違う。予約段階から薄々感じてはいた。宿泊料が安すぎるのだ。一人2500円~3000円くらいの素泊まりが基本の宿である。その「参集殿」と呼ばれる宿舎は伏見稲荷の境内にある。正面の鳥居の右手にあるコンクリートの建物だ。

宿泊する我々は総勢9名。襖で続く2部屋を借りた。襖をばあああんと開け放つと大部屋でになって、なんとなくワクワクする。布団を敷かないときには畳だけ。ちゃぶ台みたいなのが一つあって、他は何もない。不潔というほどではないけれど、全てが古びていて、古くて、古い。昭和の香りがする。しかし、文句は言うまい。あの伏見稲荷に安く泊まれ、夜の神社を満喫するのだ。ちなみに、我々以外の宿泊者はゼロだった。

まさかの夜間外出禁止

大変な問題が発覚した。夜、10時以降外出が禁止だという。えええー! 夜の伏見稲荷参拝はどうなる。夜中の狐に会うためにこの宿舎に泊まりに来たんですけど。
宿泊所は素泊まりで食事もないから、同行のスペイン人家族を楽しませようと、夕食を四条あたりの賑やかなレストランで忍者ショー見ながらディナーする予定だった。10時までに戻れだなんてそんな殺生な。でも夜10以降は宿舎の入り口を施錠するきまりらしく、我々はどうしても10時までに宿舎に戻らねばならなかった。

というわけで、我々は食事とショーを楽しんだあと、その余韻に浸る間もなく超特急で参集殿に戻り、10時の門限になんとか間に合った。戻ったはいいが、がらんとした広い畳の部屋にはテレビも何もない。殺風景な部屋ですることもない我々だったが、連日の観光行脚で疲れていた9名は、そのうち爆睡してしまった。

夜がダメなら・・・

私が諦めよくさっさと眠ったのには理由があった。
夜がだめなら朝さ。暗いうちから起きて「超早朝参拝」すれば良いのだ。朝5時半(これでも私にとっては超早朝です)の入り口は施錠されたまま。おそらく昨夜の10時に施錠して担当者は宿舎にいない。見つかったら怒られるのを覚悟で、私ともう1人はこっそりドアを開けて外へ出た。

まだ夜の気配が残る早朝の伏見稲荷は、暗闇の中でやっぱり素敵だった。2人だけで参道を進む。もうじき朝日が昇ってくるという安心感のためか、あの学生時代のときのような怖さはなく、肌寒くひと気のない早朝の参道は、それでも少し親しげで、私たちが全てを独占しているような感覚になった。早起きが苦手の私がこの時間に伏見稲荷に参拝できたのは、宿舎に泊まったおかげだな。そんなことを考えながら歩いていると、やがて、空が白み始め、参拝する人たちがぽつり、ぽつりと現われてきた。

夜の伏見稲荷をぜひ楽しもうと思うなら

以上の経験から私が言えることは、夜の伏見稲荷をゆっくり満喫したいなら、ぜひ普通のホテルに宿泊するべきだ。間違っても「参集殿」に泊まらない方がいい。でも、私はこの宿舎が妙に好き。昭和な感じや、融通の利かないところ、何も無い部屋だけど、すっきり安いところ。そして何と言っても「伏見稲荷に泊まったよ」なんてしらっと言えるところかな。