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ありがとう、墾田永年私財法。さよなら、デオキシリボ核酸。

この自分でもわからないナゾのハナシにしばしお付き合いください。
なお、あまり期待しないでください。

先日、出版社に勤務する友人から「中学生のとき、どうやって日本史の勉強した?」と問われた。

自分はラジオドラマが好きだったため、歴史を題材にしたものを聴いたり、ほかには歴史に関連するマンガを読んだりするうちに歴史好きになった。
つまり、そういうソフトな教材めいたものに触れているうちに、なんとなく歴史の流れを知るようになった。

と、思っていたんよね。

まぁ、間違いではないけどね。

でも、よく考えたら日本史系のマンガやラジオドラマを楽しんでいたのは中学時代半ばから後半のこと。その頃すでに日本史に対する興味はそこそこあったということに気づいた。勉強はともかく、「好き」という点でいうと、本当の日本史好きの原因はもっと前からはじまっていたんじゃなかろうか。
それに、ドラマなどで「歴史の流れを知って好きになった」ってホンマかな。

流れが好きだったというより、何かピンポイントにぐっと惹き付けられたものがあったんじゃなかったっけ。

沈思黙考。

あ。

考えて、思い当たったのが「墾田永年私財法」である。

この記事を読んでいる人の中には、「墾田永年私財法」の詳しい意味はわからなくても、かつて学校で習った時にそのコトバの妙なリズム感にやられた人も結構いるのではないだろうか。

国が奈良の大仏づくりに必要な莫大な資金を税金で得ようという思惑などのために、
開墾した土地は開墾者が永久に私有できる(国はそこから徴税)とした墾田永年私財法。

この奈良時代に日本で制定された法令についてはここでは深くは述べないよ。
日本史のわけわかんないけどなんか言ってみたくなる単語の代表例、それがこの「墾田永年私財法」であり、わけもなく口に出してしまうのが一定数の人の「あるある」なのだ。
そして、そんな人びとのうちの一人が自分だった。

「こんでんえーねんしざいほう(墾田永年私財法)」。
こんなリズム感のコトバを知ったら、口走ってしまうに決まってるじゃないか。

そうだ、この妙なリズム感のあるコトバにやられたのが、歴史を好きになるきっかけのひとつだったことには間違いない。

実は、「やられた」という単語は他にもある。

「じょうぐうしょうとくほうおうていせつ(上宮聖徳法王帝説)」
「らでんしたんごげんのびわ(螺鈿紫檀五弦琵琶)」
「てんじゅこくしゅうちょう(天寿国繍帳)」

こんな具合に。
ああ、なんて魅力的なコトバたちだろう。
ノリがいい、しかも日常生活でまず使わないであろう単語たち。
日々の生活の中で使える機会があったら使いたいわ。(だから今、歴史ライターやってる)

なぜか頭の中に残るのは奈良時代に関連するコトバが多い。
長く漢字でつづられる名詞ばかりだ。
中学時代の自分は、覚えたコトバの意味なんかより、まるで九九でも唱えるかのように、ただただ一気につらつらと口にするのが気持ちよかっただけなんだ。

どこか言葉遊びのような、呪文のような。
言ったらスッキリする。
さらにちょっと賢くなったような気分もついてくる。
はっきり言って
「なんか難しげな用語を口にしてしったかぶりをしてみたい」
そんなケーハクな気持ちもあったかも。

でも、その体験が日本史に対するワクワク気分の扉を開いたわけだから、
何がきっかけに歴史オタクになるかわからんもんである。

だから、最初の問いかけをしてきた友人に、
「どうやら自分は墾田永年私財法、みたいなノリのいい言葉にハマっちゃったことから好きになって、日本史好きが始まったかもしれない」
と伝えた。

「それは、わかる!」

友人もその点を理解してくれた。
そいつもたいがいの日本史バカなので、通じるものがあるのだ。
友よ。

こうして、質問に対する回答を自分の中に見つけることができ、心の中の疑問も解決したので、一件落着、みたいな気分になった。

そんなときふと脳内に浮かび上がってきたのは、ある懐かしの言葉であった。

麗しのデオキシリボ核酸

降臨(いや、正確に言うと中学時代以来の再臨)してきたのは、日本史ではなくて中学校の理科の授業に登場したある用語だった。

「デオキシリボ核酸」

中学時代の自分は、密かにこの言葉がカッコいいと思っていた。
だって、「デオキシリボ」なんてなんかわけわからないけど外国語っぽくてよくない? 「でおきしりぼ」だよ? 
日本史にも日常にもない不思議なテイストである。

さらに「核酸」。
「核酸」ってコトバは、冷ややかな理系っぽい魅力に満ち満ちている。
素人を寄せ付けない専門用語感(いや、中学校で習うんですけどね)。
なんかちょっと酸っぱそうだし。

そう。
中学時代の自分は、理科のそういう用語もお気に入りだった。
だって理科の授業には日本史同様に日常生活では使わない言葉がわんさか登場したからね。憧れてたんだろうか。

そんなこと考え始めたら、ほかにも好きだった理科用語が蘇ってくるではないか。


「にさんかまんがん(二酸化マンガン)」
「かさんかすいそすい(過酸化水素水)」
こういうやつ。

「二酸化マンガン」には「二酸化炭素」みたいな日常で聞く単語にはないアウトローな、ちょっと孤独な雰囲気があると思う。
次元大介っぽいっていうか。
あ、それは「ガンマン」と混同してるのかな。
まぁとにかく、普段聞かない用語ってカッコいいとおもうし(←中学生的発想)。

「過酸化水素水」に至っては、もう訳分からなくね? 
「じゅげむじゅげむ(寿限無寿限無)」とか陰陽師がキメるひとこと「きゅうきゅうにょりつりょう(急急如律令)」的な呪文感。

そしてこんな訳のわかんない「過酸化水素水」と「二酸化マンガン」を、混ぜるとフツーに「水」と「酸素」が生成されるっていうのがまたすごい。
アウトローなガンマンと陰陽師の間(どちらが男女かわかりませんが)からクラスの人気者の健康優良児が2人誕生したみたいな。

まぁ、そういうわけで中学時代には理科の授業でも、用語の語感を執拗に喜ぶ中学生の自分がいた。そんな人、ほかにもいるよね? ね?

だが、あんなに理科用語が好きだったのに、一体自分はどこで挫折したのか今は完全なる文系だ。

さよなら、デオキシリボ核酸よ(もうとっくにさよならしてたが一応言っとく)。
あんたは二酸化マンガンや過酸化水素水らとともに、またどこかの中学生を楽しませてやるがいい。

今の自分は、もうしばらく墾田永年私財法やその仲間とともに遊ぶことを決めている。

ここで書いたような経緯を経て明石 白が歴史好きになった、というのはまんざらウソではないのですけどね。

若い頃の刷り込みって結構パワフルなんだね。
自分はなぜこんな記事を書いたのだろう。