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仏の頬杖と指と大事件【ぶつぶつ仏像⑦】

今回、広隆寺のあの大事件についても書いてみた。むふふ。

頬杖をつく仏像って知ってる-?

弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)っていうのがあるんだけどさ。

弥勒菩薩

こんな格好をしている。
①菩薩さまは台座に腰掛け、左足を普通に降ろしている。
②右足の先は左足の腿(もも)に乗せて組み、その折り曲げた右の膝頭の上に右肘をつく。

ところで、ヨーロッパにはこういう足の組み方をする人は多い。
椅子に座ったり、バスや電車の座席でもやっている人をちょくちょく見かける(私、現在スペイン在住)。
混んでいる時などはっきり言って迷惑なんだが、モチロン菩薩さまは粋がってるわけでも、偉そうにしているわけでもない。
机ナシで肘をつくためには自分の足を使うのが丁度よいのだろう。
この座り方は、仏像の一形式に則った形なのだ。

③右手の指が軽ーく右頰に触れる感じで思索に耽っている(こういう状態を「思惟」という)。

正確に言うとがっつり頬杖じゃないけど、なんかそんな風に見えるよね。



さて、半跏思惟像の仏像を知ってる人はまあまあいると思う。
例えば・・・?


例えば、奈良の中宮寺の弥勒菩薩!

じゃん!

画像3

     (ウィキペディアより「国宝 中宮寺 木造菩薩半跏像」)

聖徳太子がお母さんのために作った奈良の寺院・中宮寺にある菩薩さまで、これがお寺のご本尊。
寺伝ではなぜか「如意輪観音像」と呼ばれてるんだが、もともと弥勒菩薩として造立されたものらしい。

いいねぇ。
凜としたたたずまいの中に優しさがあふれてる。
弥勒菩薩さまの指はそっと右頬に触れ、何かを考えている様子。
見方によれば女性っぽい像にも見えてくる。
間違いなく飛鳥時代の最高傑作の一つで、当然ながら国宝なのだ。

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じゃあ、こんな半跏思惟像は知ってる?

画像2

     (ウィキペディアより「国宝 広隆寺 宝髻弥勒像」)

えっと、写真の角度のせいで指を鼻に持っていってるように見えるのは気のせいよ。

この仏さまは、京都最古の寺院である広隆寺の国宝・弥勒菩薩だ。
その表情から通称「泣き弥勒」ともよばれている。
やはり半跏思惟像のセオリーを踏んだポージング。


「えー違うじゃん、これ広隆寺の弥勒菩薩じゃない!」 
というそこのお方。
いやいやいや。この仏像も広隆寺の国宝なんだってば。
実は、広隆寺には国宝の弥勒菩薩が2尊いらっしゃるのだ。

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広隆寺にあるもう1尊こそが、超有名なこちら。じゃじゃーん。

画像6

      (ウィキペディアより「国宝 広隆寺 宝冠弥勒」)

「国宝1号」として知られる広隆寺の弥勒菩薩像。
ただし、国宝1号は「1番スゴイ!」「国宝にする価値とか優先順位が1位!」という意味ではなく、たまたま最初に認定されたからなんだそう。

日本では他の仏像に使用されたことのないアカマツが使われており、朝鮮半島からの影響が強く見られる仏像だ。
どうです、この清らかさと気品!(写真小さくてすみません)そしてあっさり顔!

さて、こちらの弥勒菩薩が頬に添えている指は、実際には頬にくっついてはいない。
元々は像全体は金箔で覆われていたらしい。そして、金ピカもその下に使用されていた仏像の肉付け用の漆に木の粉を混ぜた木屎漆(こくそうるし)も、長い年月のあいだに剥がれていった。
その際、頬にくっついていた指も離れてしまった可能性がある。
それにしても、指の曲げ具合もしなやかで優雅だなぁ。

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さて、ポージングのほかにもここで紹介した3尊の仏像に共通していることといえば、「アルカイックスマイル」だ。
聞いたことある?

「古拙の微笑み」とも訳される、微笑んでいるのといないのとの境界線のようなビミョーな表情。
レオナルド・ダ・ヴィンチ作のモナリザもたたえているっていうアレ。
この表情が像の神秘的な雰囲気をますます高めているね。

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ところで、この広隆寺の弥勒菩薩の指といえば、有名な「指折り事件」について聞いたことはある?

【広隆寺弥勒菩薩「指折り事件」】
事件発生は、1960年8月18日。
広隆寺の霊宝館に安置されていた弥勒菩薩像の薬指が折れてなくなっているのが発覚した。
すぐ大騒ぎになったが、その日の夕方に京都大学の学生が警察に自首。
青年は監視人がいなかったのを幸いに、勝手に台に上がり、弥勒菩薩にさわった時に指に触れて折ってしまったらしい。

*その折れたショッキングな写真は、以下の「星のまち交野」サイトのページにあります。
http://murata35.chicappa.jp/rekisiuo-ku/1706/index.html


なんでそんな事件が起きたのか。
「弥勒菩薩があまりに美しくてつい触れて・・・」
とか何とか言われていたが、ただ調子に乗ってふざけて仏像にいたずらしたら折れた、という本人の弁もあるそうなので、ただのいたずらの可能性も高い。

とはいえ、触ったら国宝の指がもげたなんて・・・もう悪夢である。

折り取った指の破片は、本人が道に捨てたものを警察が拾い集め、のち復元されたのだという。

とにかく、当時は日本の各新聞で報道された大事件だった。

さて、事件当時は誕生もしていなかった私だが、子供の頃からこの事件のことは知っていた。母がその話を私にしたからだ。

実は、母はその犯人の京大生とやらと知り合い(友人ほどではないが)だった!
彼女、事件の報道を知ってとても驚いたらしい。
何かの拍子に母からその話を聞かされた私もびっくりした。
よくわかんないけど、急に指折り犯も弥勒菩薩も身近に感じられた。
こういうのを親近感と言っていいの?

その事件のことがずっと頭から離れなかった私が、人生で最初に広隆寺のその弥勒菩薩を観たときも、2度目もかなり熱心に像の薬指を見たんだが、どうしても修正の跡を見つけることはできなかった・・・。

修復技術、恐るべし。

そういうわけで、広隆寺に限らず、皆さんも弥勒菩薩を拝観する機会があったら、仏像によって少しずつ違う繊細な指についてじっくり見てみて。

覚えておこう。

中宮寺の弥勒菩薩の指は、ほっぺにくっついている。
広隆寺の泣き弥勒の指は、鼻に突っ込もうとしているわけじゃない。
広隆寺の「国宝1号」弥勒菩薩は、ほっぺに指はくっついてない。
さらに、右手の薬指は折られた過去を持つ。

どうだろう、頭に入っただろうか。

こうやって、「指を見る!」っていう目的を持って仏像を観ると、それはそれで楽しい上にちょっと通な拝観者っぽい・・・。

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私「お母さん、その犯人の人って、やっぱそんなことしそうな人やったん? 京大生って、めっちゃ頭いいやん」

母「・・・あの人なら・・・やりかねん」

まじか。

合掌。