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受験体験記(高三)


高三は受験一本だったので高2までで書いたほど大きな人格の変化とかはありませんでした。
高2までの学力の蓄えと、理科の伸びでずっとそれなりにいい成績を残していました。(理三志望としては多少物足りなくはありますが。)

このnoteでは前半で勉強のやり方の変化を、後半で模試の成績の推移を中心に書いていきたいと思っています。


勉強時間を中心に振り返る


僕の性格としてはありえないことに、受験勉強を真剣にやるようになってから(高2の六月あたり)スタプラをずっとつけていました。以下高三の勉強時間の月ごとの推移です。


本当に抜けなく記録していたので、実際の勉強時間はこれだと思ってもらっていいです。


理三を受けた人は、みんなフルスロットルで勉強しているものと思われるかもしれませんが、僕はそうではありませんでした。
高2の秋頃、部活が終わったあたりがピークで、この頃は学校での内職含め1日10時間程度することもあったと思います。
しかし前のnoteで書いたように精神的にやや不調だったこともあって、無気力になり、勉強時間も不安定でした。できる時は内職でバリバリするけど、できない時は本当に学校に来るだけ来てすぐ帰る、東進に行くだけ行ってすぐ帰る、みたいなことを繰り返していました。これは割と高三の最後まで続いていました。
そんな中でもなんとか保っていた勉強時間も、夏休みを機にガクンと下がります。この辺りでモチベーションの限界が来ていたんだと思います。
この頃は本当に何をしていたか覚えていません。図書館に行って物理の過去問を解くこともあれば、行くだけいって何もせず帰ることもあり、なんとなくダラダラ日々を過ごしていたと思います。志望校もあんまりしっかりとは決まっておらず、危機感もないままひたすら東進の大学の物理という講座やトップレベル化学という講座を受けてみたりしていました。
夏休みが明けて9月になってもほとんど勉強時間は変わらず、10月にはさらに減りました。勉強時間は減っているのに成績は悪くないラインを彷徨っていたため、なぜかここで志望校を理三に固めます。
よりレベルの高い志望校を設定したら勉強を頑張ろうとするものですが、そんなモチベーションも僕にはありませんでした。11月には勉強時間がまさかの104時間に留まります。
中学受験の追い込みなどを経験していないからでしょうか、アクセルのかけ方がわかっていませんでした。


とはいえ、そこまでの積み重ねは他の受験生よりは大きかったので、勉強の効率という面で言うとかなり良かったとは思います。
これに関連して、多少脇道に逸れますが、勉強は質か量か、と言う議論について書いてみたいと思います。
はっきり言うと勉強は質です。写経みたいな勉強を繰り返したところで成績は上がりません。
時間の限られている受験勉強において、一つの教材、一つの問題からより多くのことを吸収して、他の問題に広く応用を効かせられるようになることが一番重要です。
極論セット演習を繰り返してそこから知識を吸収していくことができればそれが一番効率的に試験での点に直結します。しかしほとんどの人はそんなことができるはずがありません。
より精度の高い、試験に直結する勉強をするためには、まずはたくさんの問題に触れて、その教科の、その単元の、その問題の何が重要か、本質と言えるのかを掴む必要があります。ここに量の概念が出てきます。
この量の段階においても、同じ問題をただ繰り返すだけではなく、そこからえられるものが何かを考えて吸収する必要があります。ここから考えても勉強は質と言えると思います。


このままの流れで12月も初旬まではダラダラしていましたが、中盤になると"奴"が忍び寄ってくる気配を感じ始めます。そうです、共通テストです。
高2時点では720点だったのですが、当然ながら(?)対策もせず、1日開催がしんどすぎて模試も回避し続けていました。一回だけ受けた模試では85%ほど、理三を受けるにはちょっと物足りない。ここでようやく重い腰を上げます。
倫政の黄色本を何周かして知識を再確認、共通テスト問題集や過去問をりようして各教科の傾向を掴みます。
東進の先生から、理三千葉医に出すならまず9割出してからだ、と言われ、ようやく危機感を感じ始めました。 
どんどん迫ってくるタイムリミット、でもなかなか上がらない点数、呑気な僕でも流石に焦ります。共通テスト直前の半月くらいはそれなりに時間をとって勉強していました。

色々と模試の過去問も終わる目処が見え、なんとか対策が間に合いそうと思っていた時、ふと思い出しました。
国語と倫政の過去問10年分ほとんど手をつけていない。
これら二科目は僕にとってネックであったために、万全を期そうと先に模試の過去問をやりまくっていたことで、1番大事な本試の過去問を消費するのを忘れていました。
これに気づいたのが本試験の2日前あたり。さすがにめちゃめちゃ焦りました。結局前日に倫政の過去問6年分くらいを図書館で一気に解いて復習するという荒業をとりました。国語は3年分くらいを解いただけでそれ以外はほとんど解きませんでした。
このようにして迎えた本試験、結果はまた後で載せますが、ある程度無事に終わらせることが出来ました。いい流れで2次試験の最終対策に移ります。


余談ですが、僕は共テパックをいくつか買ってやってみようとしたのですが、集中力がなさすぎて最後までやりきれなかったり、図書館で途中までやって帰ってから残りをやろうとしても面倒くさくなってやらなかったりして、結局ひとつもやり終わりませんでした。なのでパックが何点、みたいな計算は1回もしておらず、共通テストの自己採点で初めて全教科の点数を並べた気がします。怠惰って恐ろしい。


共通テスト後は、2、3日はゆっくりしましたがそこからは本当にセット演習中心でしっかり対策をします。

この1月が人生でいちばん勉強した1ヶ月でした。(それでも210時間はちょっと少ない気もします。)


2月もセット演習中心で進めますが、セット演習の特性として1時間程度のスキマ時間であまりできることがないので、内容は濃かったですが勉強時間自体はそこまででした。この期間は特に質の高い勉強と言えるようなものをしていたと思います。

このようにして2月途中まで過ごしていましたが、またしてもここで気づきました。理数ばっかりやっていたせいで英語と国語のセット演習をほとんどしていない。
自分の計画性のなさには本当に辟易させられます。全部の予定がちょっとずつ後ろ倒しにしてしまう癖をどうにかする方法が今でも知りたいです。


幸い2週間はあります。英語はできる限りの本試や模試を集めて時間を計って解き、国語は直近の過去問の現代文をといて林修先生の解説を聞くという方法を取りました。
最終的に英語は15セット、国語は10年分くらいは解いたと思います。


なんとかできることは一通り終えました。穴が全くないかと言われるとそうではないけれど、他の人だってそんなもんだ、ベストをつくして受かろう、そう思って東京大学の本試験に臨みます。


受けた模試など


ここまででもう3000字も行ってしまっています。こんな駄文をここまで読んでくれてる人がいるのか不安ですが、見てくれている人もいると信じて続けます。


高三の模試成績です。はっきりいって一般的に見ればかなりいいほうだと思います。


まずは6月の東大京大本レ、この頃はまだ京医志望です。

この頃はまだ未熟です。京大受験者内の順位や偏差値は高く出ていますが、東大レベルになると苦手意識のある化学や数学の不安定さが目立ちます。
しかし何はともあれ京医はA、かなわないと思っていた理IIIもCで、それなりに自信に繋がる結果でした。


続いて8月本レです。これは東大しか受けませんでした。この辺りから理III受けようかなとは思っていたんだと思います。

A出ました。さすがに震えました。
物理も未完成で化学はまだまだですが、バランス型でいい点のとり方をしています。理IIIワンチャンありと思いましたこの時は。

続いて順番は前後しますが京大プレです。確か6月の終わりか7月の初め辺りに受けたと思います。結果がこちら。

今見てもえぐいです。学校申し込みだったのですが、この模試で担任にも結構実力を認められた感があります。
このあたりで京大の問題に関しては英数はかなり無双できるかなという感覚はありました。


次は夏の東大オープンです。何となくで受けたこの回ですが、過去に比べてもなかなかの難化回だったようで、結果は悲惨です

理系科目がしょっぱすぎる。言うことはないです。東大の難しさを思い知った模試でした。


続いて夏の京大実戦。さきにいいますがこれが一番えぐいです。人生でトップレベルに上手くいった模試です。

英数が爆発しました。高二までの積み重ねがここまでの形で帰ってくるとはまさか思っていませんでした。
この模試の返却待ちの時にピロピロとかyとかカイロスあたりと初めてスペースした気がします。楽しかったなぁ。

お次は夏の東大実戦です。

これもまさかまさかのA。全教科偏差値65超えの綺麗なバランス型の得点です。
夏模試は以上です。そろそろ成績自慢大会も飽きてきましたね。書く側としてもそんなに楽しくは無いです。一旦休憩を挟みます。



所属していた身として休憩がてら鉄緑のことを書こうと思います。やたらと地方勢から恨みを買いがちな鉄緑会ですが、通ってみて思うのは、恨みを買うほど凄まじい塾かといわれるとそうでも無いということです。かよっている生徒の多くはそもそもの地頭がかなり優れている人達ですし、そうした人達が集まってお互いに切磋琢磨しあっているだけであって、それなりに教材も充実してはいるとはいえ、それ以外で教える内容などはほか大手の塾と大きく差はないと思います。
そうした環境に身をおける都会の環境はずるい、という批判もあると思います。これはもっともだと思います。田舎で周りに競争相手が居ない中勉強するのと、周りに引っ張られて勉強するのとではわけが違います。実際僕は後者の影響でそれなりにいい成績を撮るようになったと思っています。
理III以外に関しては、鉄緑会に通っていたおかげで行けたけど、なかったらどうなるか分からなかった、みたいな人はいるにはいると思います。でもこと理IIIに関しては、実際に見てみると分かりますが、まぁなくても受かっただろうな、と感じられるくらい異次元の地頭と努力量を誇った人達ばかりだと思います。
そうした人達を周りにおいて勉強できるという点ではやっぱり鉄緑は"ずるい"塾なのかもしれません。



さて、模試自慢大会に戻ろうと思います。
秋の初めは10月東大本レです。

ギリですがこれもAです。これも全体を通してバランスがいいですね。化学がちょっとずつ伸びてきました。


続いて秋の東大実戦です。

やや苦手科目の数学と化学で大きく落として判定はC。このころにはもうモチベーションもかなり消えていたので、めちゃめちゃ落ち込むという程でもなかったです。


秋模試第2弾、東大オープン

得意科目の物理をやらかしましたがバランス型でAが出ました。これは嬉しかった。

第3弾、東大プレ。
数物化がムズすぎて萎えました。採点ミスがあったので訂正後の成績を貼ります。

まぁまぁですね。むずくなると途端に下がるとわかりました。ちょうど同じ日に京大実戦が開催されていたので、友達と合流してマックで夜ご飯を食べました。自己採点で物理で15点分くらい雪崩で落としたとわかったあとのハンバーガーは気持ち悪い味がしました。


秋模試も終わり、迎えるは1月の共テです。
開示の写真を取り忘れたままどこにやったか分からないので、自己採点を載せます。(東大の開示で自己採と合致していることは確認しました)

英語の難化のあおりをもろに受けました。
同日では196取っていただけに悔いが残ります。
倫政は難しめだったので、過去問では85くらい取れていたのが少し下がりました。国語はいつも通り。2日目はわりかしうまくいったと思います。
合計としても目標の90%を余裕を持って上回り、東大換算でも100/110を越えました。


共テの一週間後には、出願の最後の判断基準となる最終本レです。高得点勝負となることは知っていたので、やらかした今回はまずいかなと思っていましたが、結果はこちら

簡単な数学で粘りをみせ、なんとかBを死守。
もうわざわざ出願校を変える意味はありません。
鼻息荒く東京大学理科三類への出願書類を投函します。



いざ本試験


迎えた本試験の朝、親にも自分自身にも自信満々な姿を演じようとしていましたが、やっぱり緊張するものは緊張します。朝の鯖定食もろくに喉を通りません。
それでも都会の朝は綺麗です。暗く冷たいビルの並びが、朝日に照らされていきいきとし始める様子は、田舎で感じられるそれとは全く異なる生命力を感じます。
うごめく東京の町を歩き、東大にたどり着きました。
東京大学理科三類試験会場と書かれた看板を見かけると、ついにここまで来たのかというある種の感動を覚えます。
親の激励を受け、門をくぐります。厳かな構内の雰囲気に圧倒されつつも、試験会場の教室に足を踏み入れます。
周りは全員ライバル。でも負ける気はしません。A判定なんて何回もとってきた。ぼくなりのやりかたで、僕なりの努力で、ようやっと試験までたどり着いた。あとは全力を尽くすだけ。
緊張と自信との入り交じった状況の中、試験が始まります。
初めは国語、現代文の文章が少し癖が強く、固執すると時間がかかると思ったので途中まで読んで漢字だけ答えて一旦古典に移ります。
ところが古典も途中からよく分からなくなってくるタイプの文章、苦手なタイプです。変にこだわって時間を浪費することが一番良くないと何度も何度も演習で心がけてきたので、一切固執することなくそのまま漢文へ。
漢文はそれなりにスラスラと理解できた印象。
その流れのまま古文をわかる情報から類推してある程度の答案を仕上げ、現代文へと戻ります。
じっくり読めば内容の把握自体はさほど難しくはありませんでしたが、設問の聞き方が過去問とはちょっと違います。違和感を覚えながらも魂の答案を書きあげ、一通り見直しをして、古文の現代語訳の変な表現を直して国語は終わりです。
手応えとしては悪くない。40は下回らないと思いました。

昼休みを挟んで次は最大の関門、数学です。
数学こそ試験中のことを書き残したいと思っていたのですが、防衛機制が働いたのかそれとも驚くほど集中していたのか、ほとんど覚えていません。大問1の計算を死ぬ気で合わせないと絶対に落ちると思ったので、めちゃめちゃ丁寧に計算した覚えだけはあります。
試験後の手応えはまぁまぁ。いつもの模試の感じなら70〜80はあってもおかしくないかな、でもやらかしてたらもうちょい下がるかもな、という感じ。2日目が良ければ何とかなるかもしれないと思い、ホテルに戻ります。
軽く化学の知識を確認して、高校の同級生とXのスペースでそれぞれの体感を話したりして平常心を取り戻します。
ドーパミンのせいか、なかなか眠れませんでしたが、なんとか1時前には眠りにつきました。


2日目を迎えます。
一日目ほどの緊張はなく、朝の定食も幾分かするすると喉を通ります。昨日の今日で覚悟はガンギマリです。ここ一番でベストを尽くす、それだけを考えていました。
2日目は理科から始まります。表紙を見て各科目のページ数を確認します。物理も化学も相変わらず量がえぐそうです。いつも通り時間との勝負だな、などと思っていたら試験開始。物理は力学は去年とは違いかなりとっつきやすそうな印象、電磁気は説明が長くてなんか面倒くさそう、波はドップラー効果の導出的な話かな?と目星をつけ、いつも通り力学から手をつけます。
スラスラ解けるかと思いきや、緊張からか重力の項を入れ忘れたりとグダグダ、おまけに見た目の印象以上に計算は重く、思うように進みません焦りを感じますが、最後の数問を残して次に進みます。
電磁気はマジで全然わからん。コンデンサーの極板間引力の問題でしたが、なんだかとっつきづらい。初めの数問以外手が動かなかったので、これは捨て問だと切り捨てて波にうつります。
波は思っているよりすらすらとけました。あんまりスラスラ解けすぎると逆に計算ミスが怖くなってきますが、それを懸念してゆっくり計算していると東大理科では時間が足りません。割り切って計算ゴリゴリで最後の値まで出しました。
あとは力学で途中解けそうだけど時間がかかりそうな問題を処理して、電磁気もちらっと見てもう1回諦めて、物理は終了、次は化学です。

化学は苦手科目だけあって、最低限の点数を取ろうと思っていました。具体的には35〜45当たり。構造決定が上手く行けば45もありうるかな、と思いながら全体を眺めていると、なんと構造決定がありません。ラッキーなのかな、と思いながら第1問に取りかかります。
第1問は実験説明系が出ました。これは僕が大の苦手の系統です。わかるところを出来るだけ埋め、次へ進みます。
こっから記憶が消えています。無機っぽい問題で全然わからんなーと思ったり、全体的に傾向ちょっと変わったなーと思ったりした記憶はありますが、いずれもぼんやりしています。ドーパミンのせいか東大のせいか化学のせいかは分かりません。

昼休みです。一日目は雨でしたが、2日目は晴れていたので、お昼ご飯を食べる場所を探しつつ構内を散歩します。
散歩していると高校の同級生に会いました。傾向割と変わってるよな、英語はどうなるんやろ、みたいな話をして時間を潰し、またそれぞれの受験会場へと戻ります。


英語は難易度の大きな変化はないと踏んでいました。そもそもここ数年で大幅に処理量が増え、標準と言われるような難易度でもなかなかの難しさになっていたからです。
得意科目なんだから最後くらいいい点取りたいなと思いつつ試験開始。まずは英文和訳の4bから。これはいつも通りか?と思いながら10分程度で切り上げ、鬼門の4Aへ。
4Aは、東大名物の鬼畜まちがいさがしなのですが、これが全然分からない。それっぽいのをとりあえず選んで次へ。
ここからは日頃の対策を通じて、経過時間や問題の見た目の難易度で解く順番を変えるようにしていました。
確か今回の本試験ではまず和文英訳の2bを先ずやって、自由英作の2Aを考えつつ要約の1Aに進んだ気がします。
今年の英語は要約がいちばん難しかったと思います。全く趣旨が読めなかった。こんな答案だと減点されるんだろうな、などと考えながらそれっぽい答えを書いて次へ移ります。
純ジャパにとって、リスニングの下読みは生命線です。これをしっかりできるか否かで人生が変わります。
僕は緊張で下読みをちょっとミスりました。3の下読みがほぼできてないみたいな状況だった気がします。
今年のリスニングは、内容の聞き取りこそできても、紛らわしい回答がいくつかあって選び切るのが難しかったような印象を受けました。
帰国子女ならまだしも純ジャパの僕にはそんなの無理です。24,26くらいを目標にしていましたが、20か22くらいになってしまった気がします。
この辺でなんとなく今年の英語はムズい、的なことを思い始めます。
練習通り2Aの自由英作を書きますが、いつも通りここに時間をかけすぎました。いつもより残り時間が少ない。
穴埋めの1bに移りますが、いつものように全文を読む暇もありません。前後を読んで合いそうなものを選んで、並び替えは捨てて最後の5へ。
5にうつった時、残り時間は10分を切っていたと思います。できるだけ最後まで足掻こうと、鬼の速読で文章を読み切り、記号はそれっぽいのを全て埋めました。しかし震える手では記述もままなりません。ほとんど何を書いているのか分からないレベルの答案を書き上げ、最後の設問を書こうとしていると終了のチャイムがなりました。

僕の人生をかけたひとつのチャレンジが終わるチャイムです。
落ちたと受かったを半分ずつくらい抱えたまま帰路に着きます。


ホテルで父と合流し、かねてから行きたいと伝えてあった、高級寿司を一応の受験終了お祝いとして食べに出かけました。
初めこそ気丈に振舞っていましたが、考えたくなくても試験のことが次から次へと頭の中に流れてきます。
ちょっとずつ不安になっていく僕の気配をおそらく父も感じとっていたと思います。

それでも寿司は美味しい。いいお寿司は口に入れると一瞬で解けると誰かが言っていたのは本当なんだな、と感じました。

その晩の眠りはいつにも増して深かったです。
肩の荷が降りるとはこういうことなんだな、と全身で感じました。

残すは面接です。正直言ってこれはあまり合否に関係ないので、それほど緊張することなく、朝定食をガツガツ食べて向かいました。待ち時間が長い可能性があると聞いていたので、ちょっと勉強しようと思ってドイツ語の単語帳を持っていきました。周りは読書していたりぼーっとしていたり各々の過ごし方をしていました。

面接には意外と早く呼ばれました。受け答えの内容はあまり覚えていませんが、俗に言う圧迫面接的な雰囲気は全くなく、終始丁寧で穏やかでした。
覚えているのは、"高校での欠席日数がすごい多いことについて、差し支えなければその理由を教えて頂けますか?"と、こっちが恐れ多くなるくらい丁寧に聞かれたことと、東大の主要な研究を聞かれて、全く答えられず、もうちょっと調べて望めば良かったな、と思ったことくらいです。


面接が終わったあと、そのまま医学部棟から出るように言われました。医学部棟を出たあとの見た空は、吸い込まれるくらいに青かったです。

東大本試験の全日程を終了し、帰途に着きます。
受験が終わったという開放感で胸がいっぱいでした。

しかし本当の悪夢はここからです。
新幹線に乗って東京から帰る時に、疲れて眠りかけた頭の中で、ふとしたはずみであの数学の問題これで合ってるんかな、と考え始めました。
こういう時、考え始めると止まりません。頭の中で必死に検算します。検算の結果、やっぱり完答だとわかりました。安心してそのまま眠りにつきます。

その眠りの中で夢を見ました。数学の問題を解く夢です。問題があって、それに従ってグラフを書くと、あんな形が出てきて…、とここではっと目が覚めました。数学の問題用紙を見返します。やっぱりです。夢で出てきたのは僕が解いた入試問題です。
しかも夢の中で書いたそのグラフは僕が解いたときに書いたグラフと違います。
夢の中で、計算ミスに気づいてしまいました。
それも問題の根幹に関わる大きなミス、ほとんど20点吹き飛ぶようなミスです。
さすがに堪えました。隣の父をあまり心配させないように抑えましたが、涙があふれる寸前でした。
なんとか平常心を保って家に帰ります。
久々にしっかりゲームでもして気を紛らわすか、と思ってゲームをしてみても、試験のことが頭から離れません。
どうしようもなくなってその日は眠りにつきます。


次の日の朝です。状況は何も改善していません。むしろ悪くなっています。数学だけでなくほかの教科のことも気になりだしました。
衝動を抑えられればよかったのですが、しかしどうしようもなくなり、理科の問題用紙を開いてしまいました。ひとつ、ふたつ、みっつ、と間違いを見つけます。態度にこそ出しませんが、半狂乱状態です。
何も考えまいと思って布団にくるまっても、試験のことが全く頭から離れません。まだまだ新しいミスを見つけさせようとするみたいに押し寄せてきます。
このミスが何点で、このミスが何点で、と考えて合計点を足し合わせてみたりもしました。これだと絶対に落ちてる。そのまま布団の中で号泣しました。気分転換にゲームをしようとしても涙が溢れてきます。
東進に行って友達と会おうと言う予定を立てていたのですが、そうして悲痛に暮れているうちに乗る予定の電車を逃してしまいました。
親が送ってくれると言うので、親の運転する車に乗ります。
その車の中でも、僕の頭の中は試験のことで一杯です。どう考えても落ちた。そう思った時、自然と親への申し訳なさが込み上げてきました。
そこで親に一切を打ち明けました。どうしようもないミスをしたこと、受かる見込みが低いこと、もうこれ以上頑張る気力が出ないこと。

親は静かに聞き入れてくれました。
僕が頑張った結果だから仕方ない、とりあえず満足のいくまで休んで、そのうえで今後どうするか一緒に考えよう、と僕に言いました。


そこからの数日間はとにかく楽しいことだけをしようとしました。映画を見に行ったり、スポッチャに行ったり、美味しいケーキを食べに行ったり。
試験のこともほとんど考えなくなりました。

そうすると自然と考え方も前向きになってきます。もしかすると周りのみんなもあまり解けてないんじゃないか。低いと思っていた点数でももしかしたら受かるんじゃないか。


こうしてなんとか悪夢から立ち直ることができました。受かる可能性がもしかすると五分五分なんじゃないか、とまで思い始めます。

ようやくいつもの僕を取り戻しました。
ここからはゲームをしたりランニングをしたり好きに時間を使うようになりました。


そうして合格発表を迎えます。
9時くらいに起き、緊張のあまりいてもたってもいられなくなってランニングに出かけます。
30分ほど走って家に戻り、ゲームや携帯で時間を潰していると、11時になりました。
ここからの1時間は本当に長かったです。
ゲームをしながらでも3分に1回くらい時刻を確認していました。
家族も僕の緊張を察してかピリピリした空気が流れていたような感じがします。
時間は刻一刻と迫り、ついに12時になりました。
iPadで受験番号とパスワードを入力し、合否発表を開きます。
結果は、不合格。

落ちる可能性の方が高いと分かってはいたはずなのに、悔しさなのか悲しさなのか、抑えようとしても泣けてきます。

最後の最後に決めきることができなかった自分の不甲斐なさ、自分を応援してくれた友達や先生、そして様々な面で僕を支えてくれていた親への申し訳なさなど、色んな感情が込み上げてきます。

あれだけの模試結果を積み重ねていても落ちるのか、あれだけ自分と向き合って試行錯誤していても最後は裏切られるのか。


3年間の僕の受験生活は、なんとも苦く後味の悪い形で終わりを迎えました。

本番の開示はこちらです。

想像通り数学が低い。化学も英語も目標よりは10点くらい低いです。本番の緊張感が故なのか、ちゃんととけば取れるはずの問題も落としてしまっていました。本番の怖いところです。


東大受験について書こうと思ったら、思いのほか長く重い内容になってしまいました。ここまで読んでくれる人はそういないとは思いますが、一応受験体験記のメインの部分はここまでなので、ここで切ろうと思います。
千葉大医学部後期や奈良医大の話はまた気が向いたら書きます。では。

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