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つれづれ雑記 *幸せの青い鳥が来た、の話*


 メーテルリンクの有名な戯曲に「青い鳥」がある。
 チルチルとミチルの兄妹が、幸せをもたらす青い鳥を探して旅をする物語だ。

 2人は、過去の国、未来の国、夜の国、などいろんな国を探してまわるが見つからず、結局、家に戻ってみると兄妹の家に青い鳥がいた、というお話だったように思う。

 実は、我が家(の近く)には「幸せの青い鳥」がやって来る。
 
 大きさは、鳩より少し小さい。
 雄は、頭から背中、翼にかけてきれいな青色をしていて、おなかは鮮やかなオレンジ色している。
 カワセミにも似ているが、カワセミよりもうひとまわり大きくて、背中の青色が深く、そう、艶やかな青銅色とでも言えばいいだろうか。

 そして、よく響くとても佳い声で鳴く。
 鈴を転がしたような、というのはこういう声を言うのだろう。

 その鳥のもうひとつの名前は「イソヒヨドリ」という。
 名前のとおり、元々は海辺に暮らしている鳥らしい。
 
 私とこの鳥との初対面はもう10年以上前のこと。
 家人が仕事の関係で出入りしていた海沿いの工場に佳い声で鳴くきれいな青い鳥がいると聞いて、休みの日に連れていってもらったのだ。
 双眼鏡持参で出かけた私は、工場の軒先で鳴いてる鮮やかな青色の鳥にびっくりし、その鳴き声に感嘆した。
 家に戻って図鑑を調べ、「イソヒヨドリ」という名前だと知った。

 それから何年か過ぎた春のこと、買い物帰りに自宅近くの道を歩いていると、頭の上で聞いたことのある、きれいなさえずりが聞こえた。
 あれ? この声? と思ってきょろきょろとあたりを見回すと、道沿いのワンルームマンションの屋根の上にちらっと青い色が見える。
 えっ、イソヒヨドリ? うそ、何でこんなところに?
 その夜、帰宅した家人に話すと、家人も何回か見かけたことがあるし、鳴き声も聞いたことがあると言う。

 そんなことが何回かあって、先一昨年の初夏、ベランダで洗濯物を干していると、何かゲコゲコ、ゲコゲコという声が聞こえた。
 カエルかなとも思ったが、今までこの辺りでカエルは見かけたことがない。
 不思議に思いながら階下に降りてくると、またゲコゲコと聞こえる。わりと近い。
 聞こえてくる方向を探して、しばらく家の中をうろうろした後、隣家と接しているので目隠しにスダレを垂らしている和室の掃き出し窓から外を覗いた。
 隣家との境にある腰くらいの高さのブロック塀の上に、何かモフモフした毛玉のようなものが乗っている。
 えっ、鳥?
 
 鳩よりもひとまわりくらい小さくて、とにかくモフモフしていて丸い。
 隣家と我が家の軒の隙間から差し込む陽光がちょうどブロック塀の上に当たっているので、そこで日向ぼっこをしているらしいのだが、短い羽を広げ、クチバシで毛繕いしたりする動きがもたもたとして、どうにも頼りない。
 何かの幼鳥だろうか。
 このサイズからして、ひょっとして巣立ちしたばかりとか。
 では、親鳥は近くで見ているのかな。
 もしそうなら、この子にも親にも気づかれて警戒されたらまずい。
 でも、気になる。
 息を殺してスダレの隙間からそうっと覗く。

 幼鳥はブロック塀の上にテンと座って、薄目を開けてじっとしている。
 ときどきユラッと揺れるので、こちらがビクッとなる。おいおい、まさか寝てる? 
 まったくなんて呑気なのだろう。
 頼むから落ちたりしないでくれよ。カラスだって来るかもだし、たまにだけど、近所の猫も通ったりするんだよ。
 気になって、家事が全く手につかない。

 そこへ、鈴が鳴るようなきれいな鳴き声が聞こえた。あれ、この声は。
 すると、例の幼鳥が頭を上げた。首を振って返事をしているみたいだ。
 またそうっと外を覗くと、隣家の軒にあの青い鳥がとまっている。きょろきょろと周りを警戒しながら、また佳い声で鳴く。何かクチバシにくわえていた。どうも虫のようだ。
 ブロック塀の上でモゾモゾしている幼鳥の隣にふいっと下りてきて、口移しで虫をやる。
 そして、また飛び上がり、屋根の上で鳴く。幼鳥に話しかけているようだ。しばらくすると、どこかへ飛んでいってしまった。
 その後、また別の少し小さい鳴き声がしたのでまた覗くと、今度は同じくらいのサイズの茶色い鳥がやはり何かを運んできていた。あれは雌だろう。お母さん、だな。とするとさっきのはお父さんだ。
 
 どうやら、この毛玉みたいな鳥は、イソヒヨドリの巣立ちしたばかりの幼鳥らしい。
 イソヒヨドリの両親は、代わる代わる何度も何度もエサらしき虫を運んできては、とりあえず屋根の上で鳴いて幼鳥を呼び、だんだん、直ぐには下りてきてくれなくなった。
 
 幼鳥は短い羽をパタパタさせてちょんちょんと飛び上がるような仕草をする。
 え、キミ、飛ぶの? 飛んじゃう?
 大丈夫なのかな。
 ハラハラしながらも、スダレの隙間から見ていると、やがてパタパタパタパタと羽ばたいて飛び上がり、ヨタヨタとではあるが親のいる屋根の樋までたどり着いた。
 よっしゃ。
 私も思わずガッツポーズする。
 結局、イソヒヨドリの親子が気になって、その日の午前中は何にも出来なかった。
 
 しばらくして、鳩よりひとまわり以上小さな、でも背中から羽にかけて何となく青い鳥を何度か家の近くで見ることがあり、あのときのあの子かな、などと家族で話していた。

 それからは毎年、春先から夏にかけて、あのよく響くきれいな声を家のすぐ近くで聞くようになった。
 あの日出会ったモフモフの幼鳥は見かけないが、成鳥やちょっと小ぶりな若鳥が、隣家や我が家の屋根の上を我が物顔に歩いているのも、結構な頻度で見るようになった。
 
 実は今年も既に来てくれているようで、朝、窓を開けるといい声でさえずっているのが聞こえてくる。
 どこからかな、と見回してみると、道向こうの家の屋根のてっぺんとか、電柱の上とか、周囲を見渡せるような高いところで誇らしげにさえずっている青い鳥のシルエットが見える。
 縄張りを主張しているのか、パートナーを呼んでいるのか。
  
 先日、元々は海辺にいるイソヒヨドリが街中で子育てをするケースが増えているというニュースをテレビ番組で見た。
 護岸や開発で巣作りに適した磯や崖が減ってきているためらしい。
 
 この近隣は子育てに適しているとイソヒヨドリたちから合格点をもらったようだ。

 たとえ環境が変わっても、生きていくのに適した場所を自分たちで探し出す。
 たくましく頼もしい、幸せの青い鳥、なのだ。

 皆様のところにも、この美しい鳴き声が届きますように。
 


***追記
 最初に聞こえたゲコゲコいう声は親鳥の出す警戒音だったみたいです。
 ここにイソヒヨドリの写真が載せられたらいいのですが、私の拙い技術ではちと難しいです。
 ご興味のある方はぜひ検索してみてください。
 
 
 
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