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つれづれ雑記*時空を超えてきた手紙、の話*

 先月、我が家の購読紙の専売所から電話がかかってきた。
 若い女性の声が私のフルネームを確かめる。
「それであの、覚えておられるでしょうか、我が社の創立115周年記念企画で、お手紙をお預かりして10年後にお届けするという『時空レター』というキャンペーンが2013年にありまして…」
 
 そうだった。10年前、新聞で企画広告を見て応募した。(どうして115年という、中途半端な数字なんだろうとそのときちょっと不思議に思ったのは内緒)

 忘れていたわけではない。何かあるたび折に触れ、思い出してはいたし、今年の年明けを迎えたときにも「あー、今年だなぁ」なんてしみじみ考えていたのだ。
 だが、ここしばらくはいろいろ身の回りでバタバタとしたことがあって、つい失念していた。(なんてこと)

「あの、大切なものですので、ご本人に手渡しさせていただきたいのですが、この後はご在宅ですか」
 え、そうなんだ。朝刊とかと一緒にポストに配達されるのかと思っていた。
「あ、はい、おりますが」
「ではもう少ししたらお持ちしますね」

 20分ほどして、インターホンが鳴った。玄関の扉を開けると小柄な女性が汗を拭き拭き立っていて、ニコニコしながら茶封筒を渡してくれた。本当に手渡しだ。
 女性の後ろを見ると自転車が停まっていた。わわ、この暑いのに(この頃はまだ昼間は暑かった)、と恐縮する。
 
 わざわざどうもありがとうございます。
 いえいえー。これからもよろしくお願い致します。
 こちらこそ。本当にどうもありがとうございました。

 茶封筒を開封してみると、1枚の用紙を3つ折りにして端を糊付けした、郵便書簡の体の手紙が出てきた。差出人は私。宛先も私。
  
 10年前の「時空レター」募集要項には、「ご家族へ時を超えて感謝の気持ちを伝えませんか」とか「パートナーに思いを伝えて」などと書かれていたが、私は自分に宛てて書く、ということしか思いつかなかった。

 10年前(正確には11年前)、私はちょっとした病気をして、出産以外で初めて入院、手術をした。
 その後も、通院治療や検査診察は続き、完全に寛解?というのかな、病院と縁が切れるのは10年後と言われた。もちろんその間に再発ということも全くないわけではない。

 そんなとき、この企画を知った。
 10年、という言葉が心に響いた。
 10年後の自分に、今の自分から何か声をかけてやりたい、と思ったのだ。
 10年後、どうなってるかはわからないけども。
 もし、無事でいたならそれを寿ぎ、ちょっと誉めてやりたい。
 もし、もっと大変なことになっていたなら、励ましてやりたい。
 そして万が一、手紙が読めないような状況ならば、それはそれで仕方がない。

 そんなことを思い、それなりにいろいろ考えて書いた。
 ……はずなのだけど、正直なところ、内容は全く覚えていない。(あはは)
 
 この10年、いろんなことがあった。
 私自身もまた、別の病気で2回も入院することになったし、家族や親族のいろいろ、それぞれの勤務先でのゴタゴタ、それにもちろん慶事もさまざまに、まあ、とにかくあれこれとてんこ盛りだった。

 この手紙を書いたときは、今のこの状況が一番大変でバタバタで、これ以上悪くなったり落ち込んだりすることはないだろうと勝手に思っていたのだけれど、そうだ、考えてみれば、そんな保証はどこにもないのだ。
 何か悪いことがあった、それだからといって、次にはそれを埋め合わせできるような良いことがおこるわけではないし、もしかしたらもっととんでもないことがあるかも、しれない。
 逆にとてつもなく良いことがあったからといって、次は必ずそれに見合うような悪いことが起きるとは限らない。
 この世で起きる好悪を平らにならせばだいたい同じになる、なんて、それはそれで確率論に依り過ぎだろう。

 確率は、あくまで確率に過ぎない。
 どんなに確率が低くても起きるときは起きる。どんなに高くても起きないときは起きない。ましてや、こちらの都合など関係ない。
 
 人生は(お、いきなり大上段に構えたぞ)とかく、悪いことも、もちろん良いことも、理不尽で不公平で不条理なのだ。そして、それに関してだけは見事なほどに公平。
 それを覚えておくだけでも、これから先もジタバタせずに生きられるかもしれない。

 手元の手紙を眺めながら、そんなことを思った。
 さっきも書いたとおり内容はまるで記憶にないが、予想するに、自分へのエールか褒め言葉、そして、それらに隠した小さな泣き言か。
 
 そのときの私に言ってやりたい。
 
 10年は結構長かったよ。予想外にいろんなことがあったし。今の状況よりもっととんでもないことも起きるし、それからもちろん、佳いこともいくつか。
 そして、それはこれから先もきっとそう。
 くよくよしても仕方がない。
 のんびりいこうや。

 ともかくも、今、元気でいる。
 感謝しよう。何に? 
 何かに。
 いろんなことに。

 ところで、実はこの手紙、まだ開封していない。
 専売所のお姉さんが持って来てくれたときは横に家族がいたので、後でひとりのときに開けようと思ったまま、タイミングを逃してしまったのだ。
 どうしようか。
 読むのが少しもったいないような気もして。

 何ならこのまま、また後10年、御守り代わりに開けずに置いておくのも悪くないかな、なぁんて。

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