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つれづれ雑記*駅前の喫茶店、の話* 【心に残るあのエピソードをあなたに】

 私がフォローさせていただいている方々の中に「北欧の街角で」さんと言われる方がおられます。

 街角さんはスウェーデン在住の、それはそれは素敵な記事をお書きになる方で、載せておられるお写真もプロ級。文章もちょっとおしゃれでお高い雑誌に連載されているエッセイのように流麗で。毎回、とても楽しみに読ませていただいています。

 この方から先日、バトンなるものをいただきました。

 チェーンナーさんとおっしゃる方のこちらの企画だそうです。

 他の方々の記事を読むと、どれもこれも素敵な記事ばかり。こんなところに私の拙い記事が、とも思ったのですが、こんな機会もそうそうないだろう、せっかくだし、と厚かましくも参加させていただくことにしました。

 ささやかなエピソードですが、御笑読ください。

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 今からn十年前に市街の大学に電車で1時間ほどかけて通っていた頃、最寄り駅前にごく小さな喫茶店があった。
 
 その駅は今でこそ近代的な鉄筋コンクリートの駅舎に建て直されているが、当時はまさに、THE昭和な田舎のJR(当時は国鉄)の駅で、木造平屋の駅舎が建つプラットホームから直ぐに改札口に出られた。
 店はその改札口から道を隔てて斜め前に建っている古いビルの1階にあった。
 
 日に焼けて色褪せた木のドアを押し開けるとドアベルがカランカランと鳴る。
 5人くらい座れるカウンターと2人掛けと4人掛けのテーブル席が2つか3つずつくらい。席と席の間に、目隠しだろうか、観葉植物の鉢が並んでいた。洗練された雰囲気、というより、少々ゴチャッとした感じ。でも、雑然とした感じはない。
 朝はスポーツ新聞を読みながらモーニングセットを食べる駅職員やタクシードライバーで結構混んでいた。
 コーヒーの出前?もしていたみたいで、ときどきお店のお姉さんが、金属のお盆にコーヒーカップと砂糖とミルクを載せて駅舎へ運んでいるのを何度か見かけたことがあった。

 私が行くのはモーニングタイムの混雑がひと段落した頃か、学校帰りの夕方が多かった。
 時代柄、店内は禁煙ではなく、男性客のほとんどがタバコを吸っていたのであまり混んでいるときには行くのがちょっと憚られた。

 店のマスターはその当時、50歳少し前くらいだったろうか。無口で、常連客とも話をしているのをほとんど見たことがない。
 小柄で髪には少し白髪があった。黒縁の眼鏡をかけていて、いつも白いスタンドカラーのシャツに黒いデニム地のエプロンをしていた。

 私はそれまで喫茶店と名がつく店に入ったことがほとんどなかったので、他とは比べることは出来なかったが、これぞ、喫茶店のマスターだと密かに思っていた。
  
 私はひとりで行くとだいたいカウンターに座った。テーブルをひとりで占領するのも気が引けたし、そこからだと店の奥が見えて面白かったからだ。
 
 その店のコーヒーは、ドリップでなくサイフォン式だった。
 1人分か2人分入るくらいの、小ぶりのサイフォンがカウンターの向こう側にずらりと並んでいた。それぞれのサイフォンの下に小さなガスバーナーがある。
 まるで理科の実験室のように見えた。
 注文が入ると、サイフォンの下の部分、フラスコに水を入れてバーナーにかける。
 その間にサイフォンの上の部分、ロートの下の口部分にネルを張ったフィルターをセットする。このフィルターがとてもよく出来ていて、バネの力を使ってうまくロートの口部分に固定出来るようになっている。
 フィルターをセットして人数分のコーヒーの粉を入れたロートを湯が沸いているフラスコの上に差し込むとまもなく、フラスコの中の沸騰したお湯が魔法のようにロートの中に上がってきてコーヒーの粉がフワーっと膨れ、たちまちコーヒーのいい香りが漂ってくる。  
 タイミングを見て、竹ベラでロート内のコーヒーをざっとかき混ぜる。やがて全部の湯がロートに上がってきたら少し時間をおいてバーナーの火を消す。
 しばらくロートの中でボコボコしていたコーヒーは、温度が下がってくると再びフラスコの中へ降りてくる。
(こんな説明ではよくわからん、と言われる方は申し訳ないですが検索してみてください)
 コーヒーが落ち切ったところでロートを外し、フラスコの中のコーヒーをカップに注ぐ。カップからほんわりした白い湯気とコーヒーの何ともいい香りが立ち昇った。
 
 このサイフォンの中でコーヒーが出来ていく様がとても面白くて何度見ても飽きなかった。マスターの動きが流れるように手際が良くて、それを眺めているのも好きだった。それはコーヒーを作るときだけでなく、使い終わったサイフォンを分解して手早く、でも丁寧に洗って拭いて、再びスタンバイされる行程もまた同じだった。
 
 マスターにすれば(じろじろ見られて)非常に迷惑だったろうな、と今にして申し訳なく思う。
 
 店には、今日のコーヒー、というのがあって、マンデリンとかキリマンジャロとかモカとかその日のサービス銘柄が決められていて、それは通常価格より少し安かった。
 私は、当時もそして今でも全然コーヒーに詳しくないが、ここでコーヒーの銘柄の名前はいくつか覚えた。

 大学を卒業し、この駅を使わなくなってから店には行くことがなくなった。時折、ふとしたときに思い出すことはあってもそのうちにすっかり忘れてしまっていた。

 5年ほど前、朝刊を見ていて思わず声が出た。
 地方面に『地元で人気の喫茶店』を紹介するシリーズ記事があり、そこで件の喫茶店が写真付きで紹介されていたのだ。
 店を背景にしてこちらにぎこちない笑顔を向けている白髪頭の小柄な男性は、ちょっとお歳を召されたかな、という感じではあるけど間違いなくあのマスターだった。
 うわっ。この店、まだあったんだ、しかもマスター、現役。びっくりだ。

 私は知らなかったが、記事によると開店は前の東京オリンピックの年だったという。
 ということは、私が通っていた頃にもうすでに開店して20年くらい経っていたことになる。
 それから更にn十年。
 2度目の東京オリンピック開催が決まっていたことを受けてあともう少し、オリンピックが終わるまでは店を続けようかなと思っていると書いてあった。

 オリンピックは思わぬ事で1年延期にはなったが、無事に昨年開催された。
 あの店、あのマスターは今はどうしているのだろう。
 あの記事を読んでから1度行ってみようかとも思ったが、結局行けずじまいだ。

 行かずに覚えておくだけのほうがいいかな、と今は思っている。

 今ではもう絶滅危惧種となりつつある、昭和の小さな喫茶店のお話。

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 さて、私の拙い記事はここまで。次のバトンランナーはこちらのまいまいままさんです。

 まいまいままさんは、ご家族のことや日常のちょっとした楽しいお話を毎朝投稿しておられます。ほっこりした記事に癒されます。最近は新しく家族に加わったポワポワちゃんとコッコちゃんの話題が熱いです。

 まいまいさん、よろしくお願い致します。


チェーンナーさん、素敵な企画に参加させていただきまして、ありがとうございました。



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#思い出はそのままのほうが好き