見出し画像

*猫を保護するということ

 はじまりは8月中旬、一本の電話だった。

「お隣の家に子猫が5匹いるんだけど、どうしよう!?」

 電話の主は母。
 話を聞くと、お隣――仮にZ家としよう――の庭にノラの母猫が子ども5匹を連れて来たのだという。ウチが猫を飼っていることは知っているため、助けを求めに来たらしい。

 私はその時、友人2人との5泊6日の沖縄旅行最終日だった。
レンタカーを運転していて、トイレ休憩を兼ねて路上駐車したところにちょうど掛かってきたのである。

 先住猫が5月で1歳になり、ご縁があれば2匹目を迎えたいと思っていたので、これは喜ばしい知らせだった。先住も保護した猫なので次の子も保護猫がいいと思い、譲渡会にも1度出向いたほどだ(その時はご縁がなかった)。

 母が電話越しに「どの子がいいかなぁ」と言いながら取り上げた子はオス。
 先住と同じくメスのほうがいい母だけど、さすがに一度手にした子を戻すのははばかられる。これから病院に連れていくねと言って通話を終えた。

そのとき送られてきた写真

 私は大興奮だった。帰宅したら家族が増えている。旅行の最終日なんてセンチメンタルになりがちだが、もうワクワクでたまらない。
 関東住まいなので飛行機と電車を乗り継ぎ、5時間以上かけて最寄り駅に着いた。早く会いたくてこの時間がもどかしかった。

 駅から自宅までは距離があるので車で迎えに来てもらった。「ただいま」と大きなスーツケースと共に乗り込んで早々に、母のテンションが低いことを察知する。何故だろう?
 走り出して少し経つと、子猫のことなんだけどね、と無理に明るい声で話し出した。

「1匹を病院に連れて行って、子猫用のご飯やら哺乳瓶やらを買って、小1時間で戻ってきたの。それで、他の子はどうしてるかなってZ家に聞きに行ったらね」

もう捨ててきたって言われたのよ」


*  *  *


 あまり人様のことをあーだーこーだ書きたくはないが、Z家のご主人は気難しいというか、変なこだわりがあるというか、近所にいるとめんどくさい人である。

「室外機の風がウチにきて暑い。どうにかしてくれ」
 と言われたことがあった。

 風がくるといってもZ家の玄関先だったり、家と家の間だったり、普通なら気にならない場所。そういう場所を選んで室外機の設置もされているはずだが、そういうことを指摘する人である。ちなみにこの問題は衝立を置いて対処したが、雨風で倒れて以来撤去した。今は何も対策していないが、あれから特に文句は言われていない。

 "チョット厄介で面倒な人"というレッテルで、ここら一帯には知られている。ご近所付き合いのある親世代は、もうちょっと違う認識かもしれないが。ちなみに奥様はもう少し常識のある人。

 だからまあ、Z家は猫が住み着くのが嫌という考えなのは分かる。庭でおトイレされるのなんて耐えられないだろう(それはどのお宅でもそうだろうけど)。それでなくとも、この辺はノラ猫が多いし。

 だからって。

 捨てるか? 普通。

 母から聞いた言葉が予想外すぎて、人生で初めて愕然としたかもしれない。しかも、通りを2つ(両側通行も含)も挟んだ野原に捨てたという。

 この一帯は区画整理中なので車がバンバン通る道ではないが、それ故、草地は手入れされずに超自然派。大人の膝上ほどまで生い茂っている野原である。虫の御殿だし、それを狙って鳥もくる。

 ノラの子猫が生き延びられるのは、母猫の存在が大きい。天敵から守ったり、おっぱいをあげたり。だけど今回のように離れた場所に子猫を放してしまうと、母猫は見つけられず、子猫は衰弱し天敵にやられて命を落としてしまう。

 人間にとってはたった通り2つでも、母猫の移動範囲外に移されてしまえば会うことはできない。

 どうやらZ家もすぐに捨てに行ったわけではないらしかった。

 保健所や保護団体3箇所に連絡し、預ける意思はあったようだ。ところが断られた。だけではなく保健所には次のように言われたそうだ。

・保健所では保護しない
・飼えないなら放すしかない
・段ボールに入れたままだと虐待になるので、出して放してくれ

 又聞きではあるにしろ、保健所がこんなことを言うなんてと失望した。しかし今になって思うと、それだけノラ猫が多くて手が回らないのかもしれないし、それに従ったに過ぎない。

 ウチが帰るまで待てず、相談もせずに放すなんてと思うが、そういうことをするのがZ家である。

 猫好きの方はここまでで怒りを覚えるだろうが、どうか最後まで読んでほしい。


*  *  *


 結局私が帰宅したのは日付が変わってから。せっかく楽しい旅行から帰ってきて、子猫に会って、お土産を出してゆっくりしようとしていたのに。全くそれどころではなくなってしまった。

 そして我が親もZ家に話を聞き、そうですか残念ですと悲しんでいただけではない。

 放した場所をZ家からしつこく聞き出し(面倒くさがって中々教えてくれなかったそうだ)、その場所へ一緒に行き草むらに入って捜索した。運のいいことに3匹を見つけたそうだが、箱に入れている最中に1匹だけ逃げ出してしまった。

 日も暮れてきたことで捜索が困難になり、後ろ髪引かれつつも打ち切り。ちなみにZ家のご主人はいつの間にかその場から消えていたらしい(何も言わず家に帰ったそうだ)。


 ここまでで話を整理すると

・引き取ろうと連れて行った子 1匹
・草むらで見つけて保護した子 2匹

・草むらで見つけて逃げた子  1匹
・行方が分からない子     1匹
――――――――――――――――――――
             計 5匹

 残り2匹が保護できなかった。しかし話は終わらない。ここまでが捜索1日目。


 この記事で最初に書いたこの部分を覚えているだろうか? 

先住も保護した猫なので次の子も保護猫がいいと思い、譲渡会にも1度出向いたほどだ(その時はご縁がなかった)。

 そう。餅は餅屋、猫の保護は保護猫団体に聞いてみよう、ということである。

 この時の譲渡会で連絡先を交換した、Yさんに連絡をとった。事情を説明すると、急な連絡にも関わらず子猫の捜索を快く引き受けてくださった。猫の保護はボランティアで、本業はタクシー運転手。この日は夜勤があるとのことで、夜勤明けの朝6時頃伺うので探しましょう、と仰ってくれた。

 実は譲渡会の時点で、私たちはYさんにあまりいい印象を持っていなかった。

 気になる子猫がいたので引き取り希望を出しつつ連絡先を交換したのだが、Yさんは名刺を持っておらず、適当に破いたその辺の紙の裏に連絡先を書いたのである。えっこういう活動をしているのに名刺持ってないって…どういうこと? というのが私たちの印象だった。

 名刺だけで判断するものアレだけれど、こういう勘って当たるじゃないですか? だからこそ、連絡をうけてすぐ行動してくれたYさんの株、激上がり。

 明朝の捜索のため、両親は早めに就寝した。

 病院の先生によると、まだ生後2~3週間ほどの子猫たち。数時間おきに3匹のミルクのお世話、排泄のお手伝いで母の顔には疲れが滲んでいた。


*  *  *


 深夜1時頃。
 私はお風呂に入って悶々と考えていた。

 見つかっていない2匹は今、どうしているのだろうか? 夏とはいえこの時は台風の後。雨で気温も下がっている中、天敵もいる草むらで、もう半日もご飯も食べずにいる。

 …生きているんだろうか。

 これが人間の赤ちゃんでは、ただただ泣いて衰弱するばかりだろう。でも子猫だから大丈夫かもしれない。でもご飯を食べてないから動けなくなって、そこを天敵に、……。

 大丈夫、いやダメかもしれない、の延々ループ。

 それと同時にZ家への怒りが沸々と湧いてくる。

 保護した3匹は本当に小さい。でも暖かかった。心臓はトクトク鳴っていて、ちゃんと生きている。こんなに可愛い命を捨てるなんて。

 自分でも驚くほど怒り心頭だった。


 「あれから子猫どうなった~?」って聞かれたら 
 「えっ子猫…? 捨てたくせに気になるんですか???」と返そうとか

 「小さいお孫さんまでいるのに、まさか命を捨てる方針のご家庭とは思いませんでしたぁ。がっかりですぅ」と言ってやろうとか

 そんなことばかり浮かんで憤慨していた。
 でもそんなことしても、子猫が見つかるわけでもない。

 しまいには、もし私が1日早く旅行を短くしていたらこんなことにはならなかったんじゃないかと考えて、物凄く悔しくて涙が止まらなかった。これを書いている今も、この時の子猫たちを思うと泣けてくる。

 そうだ、これから探しに行こうか。

 夜明けを待たずに行こうかと思ったが、深夜に人通りのない場所で1人で捜索することは危険だ。探すにはまず自分が安全でなければならない、と思いとどまった。でも一度は探しに行く気満々だった。

 私がベッドに入ったのは深夜2時を過ぎていたが、必ず明朝探しに行こうと決意した。


*  *  *


 朝、母が部屋の扉を開ける音で目が覚めた。

 時間は6時ちょっと前。夜勤が終わったのでこれから向かいます、とYさんから連絡が来たそうだ。私は飛び起きた。

 旅行から帰った翌日、しかも早朝とあって、私も探しに行くとは思わなかったらしい。これからYさんが来るから探してくるね、と言うために部屋を訪れたそうだ。

 服を着替えて準備していると、6時半前だっただろうか、Yさんが車でやって来た。外も明るくなってきた。

 捜索はYさん、父、私の3人。私は保護用の段ボール箱を持ち自転車で草むらへと向かう。到着するとすぐに「ニャー!ニャー!」という子猫の鳴き声が聞こえてきた!

「いますね!」
「あ、あそこだ!」
「いた!!」

 昨日2匹を保護した場所からそう遠くないところで、1匹を見つけることができた。手と足で草むらをかき分け拾い上げる。すぐさま段ボール箱に入れ、私は家へと戻った。ああ良かった、あの夜を耐えられたんだ、心細かったよねと涙が溢れてきた。

 家で待機していた母も喜んだ。ただ気がかりだったのは、体温が低く冷たかったこと。雨が降ったあとの屋外に食事もとらず1晩いたのだ、このまま持ち直せるだろうか? 不安もあったけれど、とにかく見つけられたのは本当に良かった。早朝ではなく時間が経ってからの発見だったらダメだったかもしれない。

 ホッとしたのも束の間、では最後の1匹はどこにいるのだろうか。

 兄弟たちの鳴き声をスマホで録音し、草むらで何度も流したけれど反応はない。1度でも鳴いてくれたら探せるのに。

 もしかして、もう…。

 ボーボーの草木を少し刈ってもみたけれど、見つからない。あと1匹なのに。キミの兄弟たちも待ってるよ。お願い、どうか生きていて、ここにいるよって教えて。

 時間が経つと、散歩で通りがかる人もいた。

おば様「なにか探しているの?」
私「子猫を探してるんです」
おば様「あらぁ~。たまにね、猫の声聞こえるわよね。この辺多いものね」
Yさん「結構(ノラ猫)いるんですか?」
おば様「そうそう、あっちとかね…」

 一緒に探してくれたわけではないが(ご年配の方だった)、大変ね、と声をかけてくれるだけでとても救われる気持ちになった。

 と同時に、探せども探せども、この広大な草地のどこを探せというのかと途方にくれていった。


 そして捜索開始から1時間半経った、8時頃。
 Yさんは言った。


「諦めましょう」


*  *  *


「悔しいのは分かります。でも、Sさんたち(我々)は一生懸命がんばったと思います。普通ならここまで探してくれません。こんな場所に放されてそのまま衰弱するだけだった子猫を、3匹も見つけられた。それで良しとしましょう。」

 私たちの気持ちも分かった上で、こう続けた。


「人間の赤ちゃんが亡くなるのは本当に痛ましいことですが、今回は子猫です。猫は一度に何匹も産まれますけど、ノラであれば、正直その中の1匹が生き延びられるかどうかってところなんですよ。
 だから逆に、まだよく分かっていない子猫のまま亡くなったほうがいいのかもしれません。それがヒトと猫で異なる捉え方です。
 5匹が全員健康だったとも限りませんし、元々衰弱していた1匹の可能性もあります」

 弱っていて、探す前にもう亡くなっていたかもしれない。そうかもしれないと思いつつも、実際に遺体を見たわけではない。正直、諦めきれなかった。


 しかし

「まだ見ぬ1匹を探し続けるより、見つかった4匹にきちんと目を向けて、これからどうするかを考えていきましょう」

 そう言われてハッとした。

 そうだ。これから4匹もお世話するんだ。まずはみんな元気になってもらわなきゃいけない。そしてその後、どこで暮らしていくのかも決めなくちゃいけない。やるべきことはたくさんある。

 Yさんが今までしてきた保護活動でも、きっと全員は救えなかっただろう。病気で手の施しようがなく、看取りだけになった猫もいたと聞く。だけど助けを必要とする猫はたくさんいるから、悲しんでばかりもいられない。

 生きている子を優先するというのは、そうやって割り切らないと心がもたないからかもしれない。

 こうして捜索2日目は打ち切りとなった。Yさんはまた来ますね、と言って去っていった。

 頭で理解はしても納得はできず、数日間草むら周辺を探してみた。猫の鳴き声を流して耳を澄ましてみたけれど、鳴き声は聞こえず。最後の子は見つからなかった。

 …かに思えた。


*  *  *


 その後、SNSや知人を通して里親を募った。何人も声をかけてくれて嬉しかったが、Yさんには注意すべきことを教わっていた。


・虐待目的ではないか?
・生涯大事に育ててくれるか?
・猫の飼育経験はあるか?

 など、20ほどの質問事項をまとめ、一人ひとり慎重に検討した。これが結構大変だった。先住猫のTwitterをやっていたので募集するのは簡単だったが、結局SNS繋がりの人には譲渡することはなかった。

 詳細を書くとややこしいので省くが、知らない人との譲渡は危険が伴うため、Yさんに仲介してもらうことになっていた。そこと私との連携がうまくいかなかった感じである。こればかりは仕方がなかった。

 両親は子猫のお世話係(食事、排せつの手伝い、通院)、私は里親探しの連絡係と先住猫のケア係、と非常にバタバタしていた。私は動画コンテストへの応募も控えていたのだが、全く手につかなかった。動画コンテストについてはコチラの記事


 Yさんは何度かいらっしゃって、子猫たちの母親も捕獲することができた。また、捜索の時に話していたおば様の助言に従い、別の場所でも子猫を2匹保護したという。あの子たちの母親も捕獲したくて、と言っていた。

 結局のところ、親猫を捕まえて避妊・去勢手術をしなければノラ猫が減ることはない。どんどん生まれて、その子どもが更に子どもを産んで、と負のループが続くだけである。

 保護猫団体といってもそれぞれに管轄みたいなものがあって、この辺はYさんの管轄外どころか、お住まいから1時間程かかるところ。それでも猫のために何度も来てくれて、本当に頭が上がらない。

 譲渡会なのに名刺を持っていないのも、そこに気が回らないからというか。猫のことだけを考えている人なんだな、と思うのである。

子猫を探して保護し、育て、里親を見つける。

 SNSで里親募集の投稿をみたり、保護団体の寄付を募ってるのを見るけれど、実際にやってみて本当に大変だった。5匹もいれば病院代も馬鹿にならない。

「Sさんたちは、もう立派なボランティアですね!(笑)」

 とYさんは言ってくれたけれど、これを何年もやっているなんて脱帽です。これからも何か協力できることがあればいいな、と思う次第である。


*  *  *


 さて。
 最後の1匹について含みを持たせて引っ張ったわけだが、続きを書こう。

 此度の問題を起こしてくれたZ家だが、さすがに奥様は(少し)気にしていたようである。捜索から数日経った日にインターホンを鳴らし、母と話していた。
 あれから捜索して子猫を見つけ、保護していることは何となく伏せていた。Z家からすれば「ウチが放したのにS家が余計なことした」と思う可能性もあったからである。

 そしてこの会話で仰天の事実を知らされた。なんと草むらに放しに行く前に、すでに1匹いなくなっていたというのだ!

 エーーー! それを早く言ってくれよォ!!!

 もうあきれ返ってしまった。

 しかしお陰で、最後の1匹は生きているかもしれないという説が急に浮上してきた。運が良ければ生き延びているかもしれないな、と思いを馳せる。

母「そういえば、母猫がお向かいさんの方に行ってるのみたけど。もしかすると最後の子は、お母さんと合流して一緒にいたのかもね…」

 その可能性もあったが、母猫が捕獲されて既に3日が経っている。一度諦めてしまったこともあり大捜索しようという気にはならなかった(連日の色んな疲れも溜まっていて気力がなかった)。


 すると、まるでこの会話を聞いていたかのように、この日の深夜に

「ミャ~! ミャ~!」

 と猫の鳴き声が外で響き渡ったのである。

 時間は夜中0時を過ぎた頃だったろうか。母は寝るために寝室へ入った後だった。この夜はたまたま涼しく、窓を開けていたので外の音がよく聞こえたのだ。

「なんか声、したね」

 3人で外に出て声のする方へ向かったけれど、どうやら聞こえてくるのはご近所さんの敷地内。あまり親睦のないお宅であるし、勝手に入るわけにもいかない。スマホで照らしてみても見当たらないため、明日また探してみようということになった。

 翌日の午前中、捜索のため外に出るとやはり子猫の鳴き声がした。大きな声で、明らかにお母さんを読んでいるような悲痛な声だった。最後の子なのだろうか。もし違ったとしても、とにかく保護しなければ。

 昨夜目をつけていたお宅に伺い、許可を得て庭を拝見したがいない。聞けば数日前から子猫の声がしていたという。

 あっちのお宅じゃあないかなぁ? と言われて向かった先にもいなかった。この辺なのは確かなのに。どこにいるんだろうと思っていると、2軒目のお宅と塀を挟んだ別のお宅の庭から声が聞こえてきた!!

 急いでその家のご主人に声をかけ(自宅近くで畑をやっていた)、庭に入らせてもらう。家と家を仕切る塀の前にある物置から声が聞こえる。ご主人がその辺りをゴソゴソすると、小さい白黒の猫が飛び出してきた!

 逃げるように走り出したが、数分の格闘の末に捕まえることができた。父の手を思いっきり噛んだようで悲鳴をあげていたが、決して放さずにキャリーケースへ突っ込んだ。

 その家のご主人へのお礼もそこそこに、急いで家へ戻る。

 本当に良かった。生きていてくれた。もうダメだと諦めていたけれど、まさかこんなに近くにいるとは思わなかった。涙が滲んだが、とにかく素早くケアして命を繋がねば。


*  *  *


 最後の女の子、ということで "ラスひめ" と仮名をつけたその子は、かなり汚れていて匂いもひどかった。物置小屋の裏だとか、日も差さないじめじめした場所にいたのだから当然だろう。最初は怯えていたが体を拭いてミルクを与えると、ゆっくり飲み始めた。

 ここからは想像になってしまうのだが。

 段ボール箱から逃げ出した彼女は、恐らく母猫と暮らした場所に自力で戻ったのだろう。そして母猫が見つけ、2匹で過ごす。しかしその母猫が捕獲されてしまったため、そのあとの4日間は1匹で生き延びたのではないだろうか。

 お腹を満たしてコクリコクリと寝始めたラス姫を見て、ようやく肩の荷が下りた。


 これで全員を救うことができたのだ。


みんなでくっついていました
1匹ぼっちでよく頑張ったね(ラス姫:左上の白黒)


*  *  *


 最初の保護から1月半。

 保護した子猫と母猫は、特に大きな病気もなく元気に生きている。何匹かは風邪の症状が見受けれられたが、しっかりご飯を食べ、処方された目薬を使うとすぐに治った。


 最初に保護したオスの子は、友人Rの母親の職場繋がりのご夫婦へ。

 両親・弟さんの5人暮らしに加え先住猫ちゃんもいる。2匹が仲良く遊べるのを心待ちにしているそうだ。片方が子猫だと、中々これが難しい。


 次に保護した2匹のうち、メスがウチの子に。
 始めのうちはビビリな先住猫が警戒しまくっていたが、少しずつ慣れてきたように思う。

 オスは、知り合いの職場の後輩ちゃんへ。
 婚約者と暮らしていて「わあ~小さいですね!一生大切にします!!」と言ってくれた。執筆している2日前に譲渡が終わったところだ。引き渡しまでひと月ほどあり、ウチの子とたくさん遊んでくれた。


 夜の草むらで過ごしたオスの子は、母親猫と一緒にYさんの元にいる。

 母猫の避妊手術も無事終わり、譲渡会に行くそうだ。条件は厳しくなりますけど親子で引き取ってくれるところを探します、とYさん。どうか暖かい家庭に迎えられますように。


 そして4日間を1匹で生き抜いた、ラス姫。

 ウチの先住猫を保護してくれた方が、引き取り手を探してくれた。こちらも先住猫がおり、遊びたくてラス姫が追いかけ回しているらしい。動画で元気な様子を送ってくれた。

左が2日前に譲渡した子
右がうちで暮らす子

*  *  *


 今回初めて猫を保護して痛感したのは、命を扱うのはとても大変だということ。そしてその扱い方も人によって違うこと。

 ウチのように「とにかく保護しよう」と思う人もいれば、Z家のように「飼えないからとにかく逃がす」人もいる。また、ラス姫の声を聞いていた人たちは年配者が多く、捕まえるほどの気力も体力もなかったのだろう。

 猫が交通事故で命を落とすことはやりきれないけれど、ノラ猫をゼロにするのはとても厳しいのだと現実を突きつけられた。捕まえても捕まえても本当にキリがない。

 …とまあ、重たい話になってしまいましたが! 猫は可愛いです!!

 この可愛さはずっと守っていきたいと、愛猫の寝相を見ながら思います。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。願わくば、1匹でも多くの命が救われますように。

あかさん🐈

先住猫inスーツケース

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?