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一生忘れない空を見た話

半分は星空、半分は青空。
夜と昼が同時に存在する世界がある。

一人になりたくて飛行機に飛び乗り、降り立った島。
さびれた港で遊ぶ子どもたちは、カニ獲りに夢中だった。
ぼんやり散歩しながらふと振り向くと、見たことのない光景が広がっていた。

180度の空、右が朝。左が夜。
その真ん中にわたしがいる。一瞬目を疑った。

何度みても、何度確認しても
星も太陽もただ輝きを放つばかりで
その境目で呆然と見上げている人間が一人。
それがわたしだった。

自分が誰で何を望んでいるのかわからなくなっていた時期で。
憧れてようやく掴んだコピーライターの仕事も、打ち込むほど自信を失い、心療内科で座った瞬間に号泣するほどにすり切らして。

それがいまは遠く離れた島で
見たことのない、不思議な空を眺めている。

みるみるうちに星空が青空をのみこんでいく。
やわらかな青空に、夜の濃度がぐんぐん増していく。

刻一刻と移ろう時間がその目で見えた。
一瞬のまばたきが惜しい。
なにもかも、逃したくない。
ああ、わたし、いま生きているんだ。

空はあっという間に群青色の幕におおわれて、気がつくと砂金のような星空の下にいた。

なんてすごいものをみてしまったんだろう。
さぁっと海風が頬をなでる。
気持ちがいい。
目から涙がぽろぽろこぼれた。

なにかをどうにかしたくて来たわけじゃない。
ただ目の前の飛行機に乗っただけ。
そうしてここに運ばれてきただけだ。
その不思議な道のりと目の前の瞬く星たちが、わたしの体の中をゆっくりときれいな水で満たすのがわかった。

明日はまた都会へ戻るだろう。
きっと大丈夫。
根拠はなかった。でもなぜかそう思えた。
それでいい。それでいいや。

民宿の夕ご飯の時間だった。
宿に向かってゆるゆるとわたしは歩き出した。

それから5年後、わたしはフリーのコピーライターになり、デザインを生業とするパートナーと小さな会社を興した。今でも忙しい日々にふとビルの合間の空を見ると、あの空が一瞬で心に広がる瞬間がある。

半分は星空、半分は青空。

その境目に立ち、わたしは静かに笑っている。

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