見出し画像

輪舞曲 ~ジロンド⑦~

ある日、お客さまが帰った後の応接間で、お母さまが思いつめたように呟いた。
「この国は、女性が活躍する機会が少なすぎる!周りの男より賢くても、それを隠していかなければ生きていけない。女なんて男の所有物に過ぎないから、どんなに努力しても、すべて男の手柄になってしまう。どんなに理不尽な目にあっても、女だからという理由で無かったことになってしまう。あぁ、わたくしが男だったなら!男も女も関係なく、能力のあるひとが正しくこの国を導いていかなくては!」
 それを聞いて、お母さまはずっと悔しかったんだわ、と気づいてしまった。どんなに頑張っても、女だからというだけで選べるものが少なくなってしまう。男の人が許されることでも、女の人は許されないのでしょう。きっとお母さまは、女だからという理由でいろいろなことを諦めなくてはならなかった。
 あたくしがお店にいた時、女の人たちはおしゃれのことやお茶会のことばかり話していて、誰もこの国を良くしたいなんて言わなかった。それはきらきらして素敵な世界だと思っていたけれど、お母さまはもっと違うことがしたかったのね。きっと、今のままでは何もできないから国を変えたいのね。そして、それはお母さまにとって、家族と過ごすよりも大切なことなのでしょう。
 
 それからも、お母さまは応接間にたくさんのお客さまを招いていたわ。いつのまにか、お客さまたちはお母さまの意見を聞きたがるようになった。お母さまはあまり話さなかったけれど、その言葉に頷く人は沢山いたの。お父さまが集まりに参加することもあったけれど、ほとんどの人の目当ては、お父さまよりお母さまと話すことだった。お母さまはどんどん忙しくなっていって、一日のほとんどの時間を応接間で過ごすときもあったわ。
 お父さまの仕事が認められて、大臣とか呼ばれるようになっても、お父さまよりお母さまに会いたがるひとは多かったの。
 
 ある時、屋敷に来たお客さまとお母さまがお話ししている声が聞こえてきたの。誰かが、ほんの少しドアを開いたまま出て行ってしまったから。
「あなたの御主人は立派なものですね。このあいだ書いた論文は国王さまも大層感銘を受けられたようですよ。そのおかげで大臣に任命されたのですから、本当に素晴らしいことです。」
 お客さまは上機嫌でお祝いを言うと、少し小さな声でおっしゃったわ。
「あの論文を書くのを勧めたのは、夫人、あなただとか。これからも、ご主人を支えてあげてくださいよ。」
我々ジロンド派のためにも、と言ってお客さまは帰られたようだった。お母さまは特に何もおっしゃっていなかったけれど、微笑んでいる横顔が見えたわ。それは、お母さまが時々見せるお顔だった。
・・・うまく言えないけれど、何故だか今でも覚えているの。

 たくさんのお客さまが家に来る日々は続いたわ。お母さまは、瞳がきらきらしていてとても楽しそうだった。ああ、お母さまはやりたいことができているんだわって思ったわ。お父さまは、家にいるのかいないのかわからなくて、お嬢さまは時々応接間にいるお母さまを覗きに来ていた。
 その頃、お母さまは手紙を書いたり、白くて大きな紙に何か書いているところをよく見たわ。なんて書いてあったかですって?あたくしも字が読めたらよかったのだけれど・・・ごめんなさい。
 沢山の手紙を出してくるようにと使用人に頼んだり、書いた紙をお父さまに渡していることもあった。そのころのお父さまたちは、お母さまが書いた紙を渡す時くらいしかお話ししていなかったわ。疲れた顔をしたお父さまを見るたびに、あたくしは心配でたまらなかった。「ゆっくり休んで」と言いたかった。そんなお父さまを、お母さまは「頑張って」と送り出す。お父さまの背中が寂しそうで、可哀想だったわ。
 それに、お嬢さまが近くにいる時でも、お母さまが書きものをしていたわ。ある日、お嬢さまが嬉しそうにお母さまのところへ来て「あのね、今日嬉しいことがあって・・・」と言ったことがあったの。あたくしは続きが聞きたくて耳を澄ませていたのだけれど、お母さまが手を止めることはなかった。お嬢さまの話が終わっていないのに、お母さまは「まあ、素敵ね」と言うだけだったの。お嬢さまが悲しそうな顔をして「お母さま」と呼ぶと、お母さまは顔を上げることなく「今忙しいの。後でね。」と言ったわ。お嬢さまは泣きそうな顔をしながら、黙って部屋を出て行った。ああ、あたくしが動けたなら、お嬢さまを力いっぱい抱きしめて、たくさんの話を聞かせてほしかった!こんなに立派になったのねって、たくさん褒めてあげたかった!あたくしが動きたいときに動くことは出来なくて、大切な二人に何も出来ないことがとても悲しかった。
 一人ぼっちの夜に思い出すのは、最初にいた小さな家のことばかりだった。赤ちゃんの声と、優しい子守歌と、お父さまが幸せそうに笑っていた頃のこと。あの頃は、きっとお母さまがやりたいことなんて何一つ出来なかったのかもしれない。ただ、この大きな家で、疲れ切ったお父さまと一人ぼっちのお嬢さま、そしてきらきらと目を輝かせているお母さま・・・こんなに大きくて立派なお家に住んでいるのに、ちっとも幸せそうじゃなかった。
 前のほうが幸せなんて、あたくしは本当に悪い子だわ。でも、あの頃に戻りたくてたまらないの。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?