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輪舞曲 ~ジロンド②~

 叔父は大変立派な人で、一族の中でも一番大きな屋敷を持っていました。事業も幅広く手掛けていて、政治家としても有名です。子供も何人かいまして、とても優秀だと聞いています。一族の集まりでも圧倒的されるような雰囲気を持っていて、いつも挨拶するのに緊張したものです。私は気が弱く頼りない感じがするためか、叔父はいつも私を見ると鼻で笑うだけで言葉をかけてくれることはありませんでした。そんな叔父に呼び出されたものですから、私は大変驚きました。応接室で待っている間も、冷や汗が止まりませんでした。
「よく来てくれたな。」
 叔父は杖をつきながら、部屋に現れました。しばらく会わない間に、でっぷりと太っていた身体は少し痩せてしまっているようでした。以前は向かうところ敵なしという感じだったのに、こんなに年をとったのかと驚きました。
 さらに、挨拶が済むと叔父は驚くようなことを言いました。
「屋敷をひとつ、おまえに譲ろうと思う。」
 どうやら、相続するためのいろいろな手続きのために私を呼び出したようでした。私は驚きのあまり、叔父へまくし立てるように聞きました。今思うと、よくあの人へ話せたものだと思いますよ。
「叔父さん、私は叔父さんの子供でもないのに、どうして屋敷をくれるなどとおっしゃるのですか。それに、文官の給料では屋敷なんてとても維持できませんよ。」
 叔父はばつの悪そうな顔をしましたが、おまえの両親が出来の悪い息子のことを心配していたから、などと言って押し付けるように書類を渡されました。
 そのまま追い出されるように叔父の家を出ましたが、書類を確認しても何もおかしいことは見当たりません。念のため法律に詳しい知り合いにも見てもらいましたが、何も私が損をするようなことは書いていないと言われました。それどころか、叔父の気の変わらないうちに相続して、屋敷を売ればよいと勧めてくれました。父にも相談しましたが、父はこんな良い話を持ってきてくれた叔父にもっと感謝すべきだと言いました。5年前に病気で亡くなった母が最期まで私のことを心配していたようで、これは母からの贈り物なのではないかと涙を浮かべる始末でした。
 結局、どこにもおかしいところは見られなかったので、私は疑問に持ちつつも叔父の屋敷を相続することにしました。

 相続のための手続きが済んだあと、私は譲り受けた屋敷を見るため、ひとりで出かけました。屋敷は郊外にありましたが、特に不便な場所にあるという訳ではなく、売りに出せばそれなりに買い手がつきそうでした。
 屋敷はそこそこの広さがあり、古くて中も少し荒れてはいましたが、人が住めないという訳ではありません。少し手を加えれば、それなりの値段で売れるだろうと思いました。譲り受けていて申し訳ない気もしましたが、私は屋敷を売りに出すつもりでした。叔父から渡された書類には、屋敷を手放すなとは書いていなかったからです。
 私は屋敷を見回って、残っている家具などの確認をしました。処分する物や残す物の目星をつけ、ひとつひとつの部屋を確認していきました。
 ほとんどの部屋に物はなかったのですが、1階にある北側の部屋だけが物置になっているようでした。
 部屋に入った瞬間から、誰かに見られているような妙な気配を感じました。叔父が自分の子供ではなく、わざわざ私に押し付けてきたのは、この部屋のせいかもしれないと思いました。他の部屋は綺麗に片付けられていたのに、この部屋だけは物が乱雑に置かれていて埃まみれでした。この日は部屋の掃除を諦めて、次の休み掃除することにしました。
 次の休みの日、私は雑巾や箒を持って屋敷を訪れました。早速、北側の部屋のドアを開け放して、手前のものから順に廊下へ出していきました。年代物の机や大きな花瓶、ぼろぼろになった本まで、いろいろなものがありました。正直、値打ちのありそうな物は見当たらなかったので、叔父たちが持って帰ったのだろうと思っていました。
 部屋にあるものは、個人の日記や昔の記録なども沢山ありました。作業に飽きていた私はきりの良いところで帰ろうと思い、何気なく傍にあった棚にを片付けようと手を伸ばしました。
 ーーー驚きました。棚の奥に隠されるように人形がいて、じっとこちらを見ていたのですから。

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