井上の葬式なんて来たくなかった物語
「不本意な葬式」
ここは賑やかな居酒屋。土田、内野、鮎川、中元の4人は酒を飲んでいる。久しぶりに会った23歳同級生。
しかし、雰囲気は暗い。
井上の葬式帰りだった。
土田「井上、何で死んじまったのかな…」
内野「そうだな。23だもんな。やりたい事もあったろうに…」
鮎川「ねえ、土田も内野も落ち込むの止めにしない?私達が落ち込んでたら、死んじゃった井上だって浮かばれないでしょ?中元もそう思うでしょ?」
中元「え?あ、うん」
土田「そうだな。鮎川の言う通りだな。よし、ここは酒のつまみに、井上の思い出話でもしようぜ」
内野「そうだな。今日の色々な事は忘れて、そうするか」
鮎川「それがいいわ。今日の思いは一旦忘れましょ」
土田「中元もいいな?」
中元「あー、うん」
4人は井上との思い出話を始めた。
土田「井上といったらなんかなー。あ、俺さ、中学時代、学級長だったの憶えてる?」
鮎川「あー、確かそうだった。土田、学級長だったわ」
土田「井上がある時、給食費払えねーって学級長の俺に泣きついてきてさー、聞いたら給食費でゲームソフト買っちゃったって。しょうがないから俺が立て替えたよ」
鮎川「そんな事あったの?」
土田「そうなんだよ。あいつお金にルーズなんだよね。しかも俺の金、全然返さねーしさ」
内野「え?井上ってそんな奴だったんだ」
土田「結局は返してもらったけどな。内野は何かある?」
内野「そうだなー。あいつさー、髪型が変だったよな」
土田「あー、そうか?」
内野「俺、人の髪型を見ちゃう癖があって」
鮎川「確か内野はあの頃から美容師目指してたもんね」
土田「あ、内野。この前、試験受けるって言ってたな?あれどうなった?」
内野「…。あれ、来年受けるんだ」
土田「おーそうか、頑張れよ」
内野「まあ、それはいいんだけど。井上の髪型が絶妙に変なんだよね。前髪がさ、目にかかるかかからないかくらいで、横がさ、こっちの耳にはかかってるんだけど、こっちの耳にはかかってなくて、髪の色も所々茶色でさ、メッシュとはまた違くて、なんか脱色剤の液が飛んじゃいましたみたいな、点々と茶色くてさ、先生も注意しようか迷ってたよね」
鮎川「そんな髪型してたっけ?」
内野「パッと見はわからないけど、よーく見れば見るほど変なんだよ」
鮎川「そうなんだ」
土田「井上もそんなとこ見られてるとは思わなかっただろうな。鮎川は?」
鮎川「そうねー。まあ、彼氏には選ばないタイプね」
内野「そういえば鮎川は、中学時代から男いたもんな」
土田「そう、そう。どんな彼氏だったっけ?高校生で、ヤンキーの番長だっけ?」
鮎川「違うわよ。暴走族の総長よ」
土田「似たようなもんじゃねーか」
鮎川「全然違うわよ。格好良さが違うでしょ」
内野「で、歯がないんだっけ?」
鮎川「歯あるわよ。何で私が歯がないヤンキーの番長と付き合わなきゃいけないのよ。歯がある暴走族の総長と付き合ってました!」
土田「まあ、鮎川は当時からませてたからな。ていうか、今彼氏いるの?」
鮎川「え?…。いるわよ」
土田「どんな人?」
鮎川「…。今、私の話はいいでしょ。井上の話でしょ?」
土田「あ、そうだったな。で?井上は彼氏には選ばないタイプ?」
鮎川「そうね」
………。
土田「で?」
鮎川「何?」
土田「続きは?」
鮎川「以上よ」
土田「え?終わり?」
鮎川「そうよ」
土田「それ、思い出でもなんでもねーじゃねーか。もっと何かないの?」
鮎川「え?じゃあ考えるから、ちょっと待ってって。最悪、作るから」
土田「作るなよ。あったことにして」
鮎川「わかった」
土田「じゃあ、その間、中元」
中元「え?」
土田「井上の思い出話」
中元「…いやー」
土田「え?お前も?何かあるだろ?」
中元「いやー、そのー」
内野「何だ、お前。さっきから全然会話にも入ってこないし」
中元「その、入れないというか」
土田「何?中元、どういうこと?」
中元「じゃあ、はっきり言うけど、俺、井上って全く知らないんだよね」
全員「え?」
土田「中元、何言ってるの?」
中元「いや、だから、死んじゃった井上?って言う人?会ったこともないんだよ」
土田「ウソでしょ?」
中元「ほんとだよ。お前らとは高校で知り合ってんだよ」
内野「え?中学からいただろ?」
中元「いないって。高校からすげー仲良くなったんだって」
鮎川「え?中学の時、ベルマーク係でしょ?」
中元「だから違うって!俺はベルマーク集めたことはない。まあ、高校からすげー仲良くなったし、ほら、お前ら3人は同じ中学だし、だから俺も中学から一緒だと勘違いしてると思うよ」
土田「じゃあ、ほんとに井上知らないの?」
中元「うん」
土田「…え?ちょっと待って。じゃあ、何で今日来たの?」
内野「ほんとだよ。何で来たんだよ」
中元「なんか、土田がさ、そのー、すげー切羽詰まった感じで電話してきたからさー。井上なんて知らないって言えなかったんだって」
土田「でもさ、中元、葬式で泣いてたろ?」
中元「周り見たらすげー泣いてるからさ。あそこで平然としてるのおかしいだろ?だから無理矢理泣いたよ」
土田「無理矢理?」
中元「アルプスの少女ハイジのクララが立つところを必死に思い出してたよ」
土田「それ、悲しみの涙じゃねーじゃねーか。よかったねの涙じゃねーか。人が死んでるのに、その涙おかしいだろ」
中元「しょーがねーだろ!!!じゃあ、言わしてもらうけどな。死んじゃったのはすげー可哀そうだと思うよ。でも、俺にとってはそれ以上でも、それ以下でもねーんだよ!だって全くもって知らない人だから。お前にな、初めましてが死体っていう俺の気持、わかんねーだろ!!!!!」
土田「わかんねーよ!何言ってんだ、お前。ちょっと鮎川も中元に言ってやれよ」
鮎川「そもそもさ、井上って何で死んじゃったの?」
内野「そうだ。俺も理由聞いてなかった。何で?」
土田「え?酒飲んで、車で帰ってる途中に電柱に激突して」
鮎川「…飲酒運転なんだ。自業自得じゃん」
土田「…まあ、そうだけど」
鮎川「私、…井上と別にそんなに仲良くなかったんだ」
土田「なんだ、急に」
鮎川「だから思い出話も別にないし。…あ、そう、飲酒運転なんだ。…なんか段々腹立ってきたんですけど」
土田「鮎川、どうした?」
鮎川「何で自業自得で死んだ奴の葬式なんか来なきゃいけないの?言わしてもらいますけど、私、今日誕生日なんですけど!」
土田「え?」
鮎川「彼氏との2回目のデートを蹴って、こっちに来たんですけど!赤いフリフリの勝負パンツから、黒い地味なスーツに着替えて来たんですけど!何であんな井上のために、私の誕生日が台無しにならなきゃいけないの!!!」
土田「お前、何言ってんだ」
鮎川「だってそうでしょうが!葬式の時、棺桶に花入れたけど、私が彼氏から花をもらう予定だったのよ」
内野「俺も腹立ってきたんだけど」
土田「何で内野も?ちょっと待って。落ち着こう」
内野「飲酒運転だと?言わしてもらうけど、実は今日、美容師の国家試験だったんだけど!!」
土田「そうだったの?」
内野「正直、葬式の最中もずっと美容師の事を考えた。あの住職にはどんなエクステが似合うとか」
土田「お前、そんなこと考えてたのか」
内野「それくらいいいだろ!この日のために勉強してきたんだ。それを蹴って、今日、葬式に出席したんだ。住職をツインテールにしたってバチ当たらねーだろ!!!!」
土田「そういう問題じゃねーだろ!なんだ、お前ら全員。鮎川は誕生日だとか、内野は美容師の国家試験だとか、中元は井上を知らないとか、そんなん関係ねーだろ!お前ら、最低だな。いいか、井上は死んじゃったんだぞ。もう戻ってこねーんだぞ!」
内野「…ちょっと待って。ずっと気になってたんだけど、土田もさ、そんなに泣くほど井上と仲良かったか?」
土田「全然よくねーよ!」
内野「え?じゃあ、なんで?」
土田「3か月くらい前、たまたま井上に会って、10万貸したんだ。もう戻ってこねーんだぞ!!!!」
ここは賑やか居酒屋。
そんな居酒屋が静まり返った瞬間だった。
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