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拷問に耐えた男の恥ずかしい手紙物語

『赤い顔』

雅之は銃口をこめかみに押し付けられていた。
雅之はイスに縛られ、顔は腫れあがり、頭からは血を流していた。

「いい加減パスワードを言え。もう飽きてきた」
ネクは今にも銃を撃ちそうな雰囲気だった。
ネクは組織の中でも頭はキレるが、感情もすぐキレるタイプだ。

しかし、雅之は言わなかった。
彼はそのパスワードが組織の手に渡ると世界中がパニックになることを知っていた。
彼はただ巻き込まれただけだったが、正義感は人一倍ある男だ。
自分の研究が悪事に使われることだけは絶対に阻止しなければいけない。

しかし、組織の容赦ない拷問は続いた。
雅之は耐え続ける。
彼は死ぬ覚悟をしていた。
自分の命よりもパスワードが組織に渡る方が重い。
身体中ボロボロになりながらも、意志のある目をネクにずっと向けていた。それがネクのイライラを倍増させた。
ネクは銃を撃った。

雅之の頬をかすめ、雅之の家族写真が置いてある棚に当たった。
「早くパスワードを言え!」
雅之は全く動じなかった。

ネクは部下にこの部屋を探せと命令した。
雅之は少し焦った。
いままで全く動じなかった雅之が、目をきょろきょろさせた。
ネクはそれを見逃さなかった。

そして、組織の部下の一人が引き出しに手をかけたその時、雅之は思わず叫んだ。
「そこはやめろー!!!!」彼の声は悲痛だった。

ネクはその反応に驚いた。
ネクは部下に合図を出して止めさせた。
その引き出しにネクが向かった。
雅之は慌てて言った。
「わかった。パスワードを教える。だからそこはやめろ!!」
彼の目は潤んでいた。

数時間前。
雅之は手紙を書いている。
棚に置いてある家族写真を見ながら…。
「この手紙を見ているということは、私はもうこの世にはいないだろう…」
雅之は完璧な男だ。
この時点で自分が死ぬことを見越して手紙を書いていた。
この手紙が引き出しに入っている。
雅之としては、自分が死んだ後に読んで欲しい手紙なのだ。
先程言ったが、雅之は完璧な男だ。
「この手紙を見ているということは、私はもうこの世にはいないだろう…」と書いておいて、まだいる。
この恥ずかしさやたるや。
そこである。
この際、内容はどうでもいい。
このカッコつけた文章の入りをしておいて、まだこの世にいる。

ネクは再び引き出しに手をかけた。「やめろー!!!!!!!!!」
なんという雅之の動揺さだろうか。
ネクも混乱している。
どういう事だ?この引き出しに何かあるのか?
ネクは再度引き出しに手をかけた。

「パスワードは889245だー!!!!」

ネクはさらに混乱した。
言いやがった。拷問では何されても微動だにしなかったのに。
いとも簡単にパスワードを言いやがった。

待て。罠かもしれない。パスワードは嘘じゃないか?
本当のパスワードはこの引き出しの中に…。

「お願いやめてー!何でもするから。なんで?パスワード言ったじゃん!!」
雅之は泣きそうだった。

「なぜ突然言う気になった?本当にパスワードは本物か?その889245のパスワードを入れたらデータが全部消えるとかそういうことじゃないだろうな?俺は騙されないぞ。本物のパスワードはこの引き出しの…」
「だからこそやめろ、殺すぞ!!!!」
雅之の凄みはネクを後ろに後退させた。
そのネクの姿に組織の部下たちも戸惑った。

「あ、すいません。あの違うんです。そういうんじゃなくて…」
雅之は我に戻って言い訳した。
ネクも我に戻って、強引に引き出しを開けた。

「あーーーーーー」
雅之のひ弱な叫びが部屋中に反響した。

ネクは手紙を持って開いた。
そして読んだ。
「この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないだろう…」
ネクは雅之を見た。
雅之の顔は真っ赤だった。
それは血の赤でもなく、腫れた赤でもなく、心の奥から湧き上がる恥ずかしさの赤だった。

「なんかごめんな…」
ネクは小さく言った。
そしてそっと手紙を引き出しに戻した。

なんとなく、今日のところはこの辺で…的な雰囲気をネクは出して、組織はぞろぞろと部屋を出ていった。


APOCシアターにて来年2024年1月21日14時30分~、2月3日17時30分~にひとり芝居をやります。
僕は脚本・演出で、浦上力士君が演じます。
40~50分くらいのオムニバス一人芝居です。
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