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おじいちゃんの眼鏡殺人事件物語

『愛するがゆえの眼鏡』

センターにはおじいちゃんの遺影がある。
眼鏡をかけた白髪のおじいちゃんが笑顔でいる。
なんとも優しそうだ。
周りにいる人達のすすり泣く音が、よりおじいちゃんの優しさを際立たせた。

そこに僕もいた。
僕はおじいちゃんの孫だ。
僕は葬式場にいると悲しくなるので、そこから離れた。

何気なくやってきたのはおじいちゃんの部屋だった。
洒落たものが沢山ある部屋だ。
万年筆やハサミや電話などアンティークなモノが多い。
しかし、空気清浄機や掃除機などは最新モデルのモノだ。
ごちゃ混ぜな感じだけどなぜかお洒落に見えるのだ。
おじいちゃんは古いモノも新しいモノも好きな人で、カタログが沢山この部屋にはあった。
電子機器から小物までありとあらゆるカタログが並んでいた。
そこから付箋が見える。今度買おうとしていたモノだろうか?
しかし、もう買う事はできない。

おじいちゃんは階段から落ちて死んでしまったから。

事故だった。
昨日までピンピン生きていたのに。
なのでショックも大きい。
僕はおじいちゃんが大好きだった。
この部屋にも毎日来ていた。

僕はおじいちゃんの椅子に座った。
おじいちゃんの匂いが座った瞬間ふんわり鼻を刺激した。
僕は葬式場では我慢していた涙が流れてた。

ふと机の上を見た。
そこにはおじいちゃんが生前かけていたメガネがあった。
遺影にもかけていたメガネだ。
僕はいつもかけていたおじいちゃんのメガネを届けなきゃと思った。
持ってみると意外とずっしり重い。
なんかすごい度が強そうだ。
僕は好奇心でかけてみた。

目の前が波打つように歪んだ。
こんなんずっとかけてたら、そりゃ階段から落ちるわと思った。

僕はメガネを外そうとした。
その時だった…。

なにやら声が聞こえる。
どこで誰がしゃべっているのだろう。
籠った声だ。
僕はメガネを外し、耳を傾けた。

…。

あれ?何も聞こえない。確かにさっき声が聞こえた…。
…僕はメガネを再びメガネをかけた。

籠った声が聞こえる。
さっきの声だ。
耳を澄ますと、なにか自分のお尻の方から聞こえる。
まさかと思ったが、椅子だ。
椅子が喋っている。
「よお、まさる」
僕は立ち上がって椅子から離れた。
籠った声がはっきり聞こえた。
「まさる元気か?」

僕の名前だ。
なぜ僕の名前を椅子が知っているんだ?
いや、その前になんで椅子が喋っているんだ?

「まさる、おじいさん、死んじゃったって本当?」

「…何これ?」

「おい椅子、少年がビックリしちゃっただろ?」
また違う声が聞こえた。
頭から聞こえているようだった。

「驚かせてごめんね。私は眼鏡です」
メガネ?今度はメガネがしゃべっている。
「メガネ?おじいちゃんの?」
「そうです。実は、この眼鏡をかけると、ここら辺のモノとおしゃべりできるんです」
「何そのファンタジー?」
まさるは驚いた。

そういえばおじいちゃんはよく独り言を言っていた。
あれはボケたわけじゃなかったんだ。
ファンタジーだったんだ。
まさるの胸は躍った。
おじいちゃんの死は悲しいが、このファンタンジーには興味津々だ。

なんでおじいちゃんはこれを教えてくれなかったの?
「私が思うに信じてもらえないと思ったんでしょう」
とメガネは言った。
「そんなことないよ。こうしてもう信じているし」
「でも、少年に、こんな度の強い私をかけさせるわけにはいかなかったんだでしょう」

確かにそうだった。
まさるの足は酔っ払いのようにぐらんぐらんで、立っているのがやっとだった。
でもまだまだこのファンタジーを楽しみたい、まさるはそう思った。

まさるはおじいちゃんのことを聞いた。
するとランプがしゃべりだした。
「おじいさんは明るい人だった。いつもみんなに話しかけて。私より明るかったよ」
タンスもしゃべりだした。
「あのおじいさんは我々の性格をよく把握してたな。こいつにはこう、こいつにはこうと、うまく出し入れいていたよ」
おじいちゃんはモノにも評判がいい。
まさるは改めておじいちゃんの優しさを知った。

「おじいちゃんは幸せに死んでいったのかな」
そう思わず呟いた。
しかし、万年筆が衝撃の一言をいった。
「あの人は殺された」と。

まさるは万年筆の言葉に驚いた。
おじいちゃんが殺されたなんて。
信じられなかった。
しかし、万年筆は嘘をついているとも思えなかった。
真っすぐだったし。

まさるは万年筆に詳しく聞こうとした。
そこにメガネが割って入った。
「少年よ、そろそろやめませんか?あなたにはこの度はきつすぎる」
「えー」
僕はおじいちゃんの死の真相を知りたい。
あとこのファンタジーも楽しみたい。

「ダメです。その証拠にちゃんと万年筆見えてますか?」
僕は万年筆に背を向けてしゃべっていた。
それほど視界は渦巻だったのだ。
仕方ない。今日はやめよう。
僕はメガネを外した後の記憶がなかった。

それから何時間経ったのだろう?
僕は目を覚ました。
そしてすぐにメガネを探した。
昨日の万年筆の「あの人は殺された」の言葉が気になるからだ。
メガネはどこだ?しかし、見当たらない。
万年筆はもちろん、椅子や机や色んなものに話しかけたが、何の反応もない。
やはりメガネをかけないとモノとは話せないらしい。
僕はこんにもかくれんぼの鬼を真剣にやったことはなかった。
そしてようやく見つけた。
なんとタンスの裏にあった。
なんでこんなところに…しかし、そんなことはどうでもよかった。
早く万年筆に昨日の続きを。

僕は急いでメガネをかけた。
例の如く世界が揺れた。
「少年、大丈夫ですか?」メガネが心配した。
「うん。そんなことより万年筆」

「なんだ、騒々しい」年季の入った万年筆は言った。
メガネと同級生くらいの貫禄はあった。
僕は小さいころからこの万年筆を知っている。

「おじいちゃんは殺されたってどういうこと?」

「万年筆よ、いい加減な事を言うんじゃない」とメガネは強い口調で言った。
「ちょと聞こうよ。万年筆話して」僕はメガネを諭した。

万年筆はおじいちゃんが殺された日のことを話し始めた。
「おじいさんの遺産を狙っている者が多い。だから何者かに突き飛ばされたんじゃないか?」
「それで階段から落ちたの?」
「うん。階段から落ちる少し前、あの場所で私は人を見た」
「え?だれ?」

この家には人が多い。
僕のお父さんにお母さん、いとこのおじさんにその家族、お手伝いさんも入れれば10人以上になる。
万年筆は誰を見たのか?

「うーん、わからん」
「わからんってどういうこと?」僕は鼻の穴を膨らましながら聞いた。
「私は基本ずっとこの部屋にいる。だからおじいさんとまさるしかよくわからん。この部屋から見たことは見たが、誰だかはわからん」

「じゃあ、その万年筆で似顔絵を描いてみたらどうだい?」
ナイスメガネのアイディアだった。

ということで、僕は万年筆を持った。
すると手が勝手に動き出した。
僕は期待して見守った。
そして出来上がった絵を見て僕は驚いた。

あまりにも達筆すぎて何だかわからなかった。
似顔絵は犯人の特徴を細かく表現していたが、それがゆえに具体的な印象がつかめなかった。
似顔絵はまるで芸術作品のようだった。
「これじゃあ、誰だかわからないよ」と僕は言った。
「ごめん、おじいさんに教えてもらった書道の技術が出ちゃった」
「少年よ仕方ない、この似顔絵を持って似ている人を探すしかないんじゃないですか?」
メガネの意見に従うしかなかった。

僕は達筆の似顔絵を持って、この家にいる沢山の人の顔の横に並べた。
かなり怪しまれた。

しかし、誰一人として似ている者はいなかった。
というか、犯人扱いされてかなりの人の怒られた。
「どう見ても事故だろ?なんで殺人になるんだ?」
その答えに「万年筆が言っているから」とは言えなかった。

確かに、おじいちゃんは足を踏み外して階段から落ちた。
なぜなら、メガネなしで階段の下で倒れていたから。
なんでおじいちゃんはメガネをかけていなかったんだろう?
事故現場は階段の上にメガネが落ちていたらしい。

どういうことだ?
メガネを外して階段を降りた?
なんでそんなことを?

僕は疑問を持った。
おじいちゃんの部屋に戻って、カタログをペラペラめくった。
あるページで止まった。
もしかしたら…。

僕はメガネをかけてみんなを呼んだ。
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません」
「なにこれ?何か始まるの?」とタンスは言った。

「おじいちゃんを殺した犯人がわかりました」
「私の似顔絵が役に立った?」と万年筆は言った。

「いいえ」と僕は小さく否定した。
「犯人だれなの?」ランプは言った。
「やはりおじいさんの遺産目当て?」机が言った。

「犯人はあなたです」
僕は自分を指した。

「え?どういうこと?まさるが犯人」椅子は言った。
「違います。メガネです」

モノたちは驚いた。
「少年よ、何を言っているんですか?なんで私が?おじいさんと一番共にした眼鏡ですよ」

「何となくあなたの行動がわからなかった。万年筆が『おじいさんが殺された』と言った時、急にあなたは僕に休むように言ってきた」

「それは、目が限界そうだったから」
「そうですが、あんなところでやめますか?それからあなたがいなくなった。タンスの裏で見つけました。何であんなところにいたんですか?犯人探しをされたくなかったんじゃないですか?
だからあなたはその後、万年筆を強く否定した」

「それは万年筆が変なことを言うからです。しかし、私は協力的だったじゃないですか。万年筆に似顔絵書いたらというアイディアを出したのは私です。私がもし、犯人だったらそんなこと言いますか?」
メガネは挑戦的な態度だった。

「それは、万年筆が人だと言ったからです。だからあなたは便乗した。犯人を人だと思わせるように似顔絵を描かせたのです」

「さっきも言った通り、私はおじいさんとずっと一緒だった。なんで殺す必要がある?そもそも動機は?動機はなんなんだ?」
メガネの言葉遣いが雑になり、少し早口になった。

まさるは、カタログを手に取った。
そして付箋のあるページを開いた。
「動機はこれです」
そのページは眼鏡のページだった。

金色に輝く眼鏡に何重も〇をして囲っていた。

「そうです。おじいさんの目を見えなくして、階段から転落させたんです。
階段を降りる瞬間、私はおじいさんから離れました。
するとおじいさんは足を踏み外して、転げ落ちていきました」

「ねえ、メガネ。なぜ君はおじいさんを殺したの?」

「なぜ殺したかって?そんなの当たり前じゃないか。
私はおじいさんの話し相手であり、友達であり、家族だった。私はおじいさんのことをよく知っており、おじいさんの気持ちや考え方や好みを尊重してあげていた。
私はおじいさんから感謝や信頼や愛情を受けていると感じていた。それなのに…」
メガネの口調が変わった。

「あいつは新しい眼鏡に変えようとしてたんだよ。
私を捨てようとしてたんだよ。
私はおじいさんにもっと長く使ってもらいたかったんだ。
だから、おじいさんを殺すことで、自分以外の眼鏡をかけられなくして、自分だけがおじいさんの目を守ってあげられると思ったんだ」
もやはメガネの焦点は合っていなかった。

「何言ってるんだよ。それは守ってやったことじゃないよ。それは殺したことだよ」
僕は言う。

「違うさ。私はおじいさんを愛してたんだよ。
私はおじいさんの一部だったんだよ。それなのに私の目の前で堂々と浮気を…」
眼鏡は涙声で言った。

僕はメガネのことを思うと同情した。
「ごめんね、メガネ。でも、君がしたことは間違ってるよ。君はおじいさんを殺してしまったんだよ」僕は優しく言った。

「殺してしまった?本当に?私は悪いことをしたのかい?」
メガネは戸惑った。
「うん、悪いことをしたよ。でも、もう大丈夫だよ。君は罪を認めて、反省してるんだから」僕は慰めた。

「わかった。私は罪を認めるよ。私はおじいさんを殺したんだ」
メガネは自白した。

まさるはメガネの自白を録音した。
そして、警察に持って行った。
警察はメガネの自白を聞いて、ポカンとした。
メガネが犯人って意味がわからなかった。
警察は腫れものを扱うように、少年とメガネをそっと帰した。

僕の意見は当然聞いてもらえなかった。
でも僕はおじいさんの死の真相を暴いたことに安心した。

しかし、メガネに対しては複雑な気持ちだった。
「君はおじいちゃんのことを本当に愛してたんだね」
メガネは僕の言葉に答えなかった。 メガネはもうしゃべらない。

僕は葬式会場へ戻った。

おじいちゃんの遺影の前に行った。
おじいちゃんは眼鏡をかけたまま笑っている。
僕はメガネをおじいちゃんの遺影にそっと重ねた。
メガネはおじいちゃんの目とぴったり合う。
僕はメガネとおじいちゃんの目を見つめた。
そこには愛情や嫉妬や罪悪感や悲しみがあった。
僕はメガネとおじいちゃんの目から目を離した。
僕はメガネを遺影から外した。

僕はメガネをおじいちゃんの部屋の机の上に置いた。
そしてメガネに背を向けて、部屋から出た。
僕はもう二度とこの部屋には来ないだろうと思った。
僕はもう二度とメガネに会わないだろうと思った。
僕は寂しくて、感謝して、思い出した。


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