飲食店に対する優しさとは何か
好きな飲食店がある。
その飲食店は以前の住まい時にはよく通っていたが、引っ越し後は家からの距離が遠くなったこともあり、行く機会が少なくなった。行くのは季節に一度で程度である。
その飲食店は個人営業ではなく、チェーン店である。「高くてとびっきり美味しい店」ではなく、「値段に比べて量も味も美味しく、コストパフォーマンスに大変優れている店」という感じである。
久しぶりにその飲食店に行った。久しぶりに行った飲食店はリニューアルしている。リニューアルといっても建物の中身を少し変えただけのようだ。
リニューアル後の飲食店に行って、感じたこと。
「水がマズイ」
古い氷を溶かした水の味がする。おそらく水道水であるとも思う。幸いなことに、その飲食店は水と合わせて、お茶も出してくれるので、無理して水を飲むこともない。
僕は悩んだ。このことを店員に告げることが優しさだろうか。
「すみません、水がマズイのですが」
いきなりそう言われても店員は困ると思う。バイト店員はそう言われても困惑する。きっと代わりに出す水もマズイのだ。しかし、この程度で店長を呼ぶのもどうかと思う。
サービスで提供されているお水に対して「水がマズイ」というのは、なんというクレーマーであろうか。逆の立場からすると、「だったらお金払って烏龍茶か何かのドリンクを飲めよ」と思うはずだ。
では黙っているのが優しさなんだろうか。
おそらく僕以外にもこの水のマズさに気づいている客はいるはずだ。
一応書いておくと、僕は水の味にこだわりはない。今はミネラルウォーターを飲んでいるが、以前は水道水しか飲まなかったし、ミネラルウォーターの味の違いもわからない。
ただ、こんな僕でも気づいてしまう水のマズさである。
おそらく店員は客に出す水を飲むことはないだろう。ということは水のマズさに気づいてない。水のマズさに気づかずにずっとマズイ水を客に提供していくのか。もしかすると、このマズイ水に気を悪くして、この店に二度と訪れない客もいるかもしれない。
気づかないことに対して気づかせてあげる優しさ。
いや、これはクレームかもしれない。水は無料で提供しているものだから、味をそもそも重要視しておらず、この水が合格点であるかもしれない。水をマズイと思う人は有料のドリンクを頼めば良い。
もしかすると、リニューアル後に何か店内のオペレーションが変わったのだろうか。水を出す施設が変わったのだろうか。
そういえば、いつもいた店長さんが店におらず、別のおじさんに変わっていた。店長さんが変わってしまい、提供する水も変わったのかもしれない。となると、僕の行為は単なるおせっかいである。
店を愛するものとしてどういう行動が適切か。マズイ水に対して僕はどうするべきだったのか。
優しさとはなんだろうか。今日も自問自答は続く。
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