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【小説】ダークサイド

文中にもあるように、22歳以降に書いた小説であると思う。今読むと古い箇所もあるが、その時の時代感も残しておく。

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「始めまして、こんばんは」
パソコン画面右下のスカイプのポップアップウィンドウが顔を出す。その日は珍しく、日本の人から話しかけられた。しかも女性だった。僕はメッセージを返した。「こんばんは、始めまして」
「東京にすんでいる20歳の大学生にございます」
僕は嬉しくなった。スカイプの自己紹介欄には『東京の友達がほしい』というように書いていた。その自己紹介欄に反応して話しかけてもらったのだと思った。プロパティを開き、名前を確認する。ゆかりさんという方だった。女性から話しかけられることは滅多になかった。スカイプからの主なメッセージ外国人からだった。外国人が日本語の勉強したいためにメッセージする。その日は日本人の女性からであった。
「東京の方なんですね。僕は札幌に住んでいる22歳の大学生です」
雪一面の札幌の12月、僕はほとんどの時間をインターネットの空間で生活をしていた。来年度の就職はすでに決まり、やらなければいけないことは卒業論文くらいだった。毎日、起きると同時にパソコンを立ち上げ、インターネットに接続する。インターネットは家にいながらコミュニケーションをとれる。わざわざ外に出て行く必要はない。出不精な上に、寒さが苦手な僕にとって、インターネットは家にいながらにして、コミュニケーションをとることができる便利な道具だった。
「大学は北海道大学なのかな?」相手からのメッセージが飛ぶ。
いや違います、と打とうとすると、先にメッセージが飛び込む。
「だとしたら…………雪に飛び込んだりしますか?」
僕は少し笑った。北海道大学でそういう光景は見たことがある。
「いえ、僕は札幌大学というところです。ただ、北海道大学には友達が多いので、よく知っていますよ」
「どうも、北海道大学はそういうことをするみたい。雪にダイブするんだって」
「そういう文化はありますね。見ますよ」
「北海道大学はそれが伝統らしいですね。痛くないのかな?」
「彼らはけっこうやんちゃですね。雪は痛くないですね。冷たいですが」
「そうなんですか。楽しそうでした」
「ダイブしたところを見たことあるんですか?」
「テレビでですけどね」
「北大特有の文化っていうのはいっぱいありますよ」
「わたしは応援部なので、北大の応援団の人と話したことはあります。わたしたちの大学の応援部はとても行儀がいいので完全になめられてましたが」
「大学はなんていう大学ですか?」
「菊川怜さんと同じです」
「東大ですか?」
「なぜか、こういうと……鎌倉幕府は何年にできたと聞かれます」
「(笑) どうして?」
「なぜなんでしょうねえ。“いいくにつくろう”って忘れられないのかな? 1185年と答えると……通なんですけどね。1185年、後白河法皇が関東10カ国領有の宣旨を……みたいな話はなるべくしないように……ふふふ」
「確かに。いろいろ諸説あって、幕府は朝廷から認められているものっていうのはありますよね。歴史は好きですよ。ゆかりさんは何を勉強しているんですか?」
「まだ、一般教養ですが……法律をたぶん勉強するはずです」
「そっか。2年生から選ぶんですよね」
「そうそう。関係ないかもしれませんが、わたしが言うのも変なんですけど、わたしの大学って可愛い子がいないイメージがあったの。なんとなく勉強ばっかり、みたいな感じね。それでわたしでももしかしたら……みたいな淡い期待があったんですけど、見事に裏切られました。可愛い子が多いです。悔しいね」
「別にでも、大学の中で、どうかっていうのはないんじゃないですか。まわりは同じ大学で付き合うより、他の大学と付き合っている人のほうが多いですよ」
「仲間内の話で恐縮ですが……東大の女の子は大学のうちに見つけておかないと、結婚できないっていう話があるので、みんな結構目が真剣なんですよね。まあ、そんなこともないんでしょうけど」
「大丈夫ですよ。法学部ですよね。僕の近い知り合いに北大の農学部がいるんですが、農学部には勉強ができる人と、実家を継ぎたくて農業を勉強したい人と、二種類いるようです。実家を継ぎたくて勉強している人は、大学が終わったら田舎に帰るんで、大学のうちに農業の嫁を見つけなければいけないんですよ。結婚を考えて、付き合う人を探すって言ってましたから……かなり切実ですよ」
「結婚は切実な問題ね。わたしの小学校のときのお友達が、わたしに電話かけて来るんだよ。猫なで声で合コンしない? みたいな。女の子なんですけど。やっぱり東大の人と結婚したいのかなあ」
「人それぞれじゃないですかね。僕は東大はいいなぁと思いますが。まあ……結婚とかはわからないですけど」
「ところで、ブログを拝見しましたが、ライブドアの80株って総額いくらぐらいなの?」
「対したことないですね。今だったら、56000円ぐらいですね」
「あがったり下がったりでひやひやして、でも楽しそう……」
「おもしろいですよ! 今の相場は非常に勝ちやすいんですよ」
「“ウオール街”って言う少し古い映画を知ってるかなあ。チャーリーシーンが好きなので見たことがあるんですけど、その映画は株でとてつもなく成功して、失敗する話で、また最後に自分を取り戻す、みたいな話で結構いい映画です。よければご覧くださいね」
「株の映画は見てみたいですね。チェックしてみますね」
「たぶん、わたしの父も投資家と呼ばれる人種なんじゃないかなあ」
「へえー、おもしろいお父さんですね。投資を仕事でやってらっしゃるんですか?」
「仕事でやってるっていうほど、対したことはないですけど、バブルのとき損をしなかったので、まあいいほうかなあ。わたしの父はおもしろいよ。髪の毛一本もないし。ははは」
「(笑) 尊敬しているんですね。いいですね」
「山城新伍みたいな顔かなあ」
「勝負師みたいな感じですね」
「かも知れませんが、わたしにはお金の話は一切しないです」
「お金の話って誤解されやすいんですよね。ちゃんと話さないと」
「ホリエモンも悪く言われることが多いものね……そう、ホリエモンとわたしはスポーツクラブが同じ。わたしはバレエの教室に通っていて、ホリエモンは筋トレみたいなのしてるの。大学が同じなので」
「へえーいいなぁ。今も会うんですか?」
「“先輩、こんばんは”とあいさつしたら、“東大の女の子にしては君は可愛いほうだよ”と、褒められているんだか、けなされてるんだか、さっぱりわからないことを言われました。普段から面白いことを言っています。堀江さんも勉強は嫌いだそうですよ。そういってました。わたしはいかにも東大女らしく、全身から勉強好きオーラが出てるよーって言ってたな。ふふふ」
 そのときスカイプのポップアップウィンドウがファイルの受信を告げた。僕のパソコンに写真が送信された。すぐに写真ファイルを開く。どこかの庭園のように草が茂っている背景に、一人の少女が写っている。少女はただ真っ直ぐを見つめている。前髪は揃っていて、黒目が目立つ少女だった。ただ写真が小さいため、画質が荒く、細部まではよくわからなかった。
「見られますか? これが今かな。カラーはなんとなく怖いので、白黒です。お嬢様風ファッションですが……格好だけはお嬢様風です」
「はい、小さいですが……もっと大きいのあれば嬉しいです」
「わたしデジカメでとると、なぜか必ずピントが合わないの……もうボケボケ」
 そのあと僕は自分の写真を送った。
「拝見いたしました。とても素敵ですよ。お洋服がジェダイみたいですね」
「ジェダイってブランドですか? すいません、あまりそういうの詳しくなくて……」
「スターウオーズのジェダイの騎士のことなの。見てなかったらわかんないね。ごめんね」
「いえいえ、グーグルイメージで見てなんとなくわかりました。素敵っていってくださって嬉しいです。ありがとうございます」
「わたしの写真でちゃんとピントが合って取れてるのって、少し前のデジカメじゃないカメラで撮ったのしかないよ。わたしって親が厳しいので、髪の毛を染めるのも駄目、眉毛をいじるのも駄目なのでめちゃくちゃかっこわるいんですけど」
「いやいや。僕はそのゆかりさんのほうがいいと思いますよ。僕は茶髪とかあんまり好きじゃないんです。最近、黒のほうが少なくて……」
「わたしは染めたことないんですけど、どこに行っても珍しいっていわれるなあ」
「男なんでちょっと違うかもしれませんが、僕も染めたことないですよ」
「男性は絶対染めないほうがいいらしいですからね。父みたいになるよ」
「はは。僕は髪が太いんで、たぶん大丈夫です。僕は断然黒派ですね」
「そういえば髪の毛が多そうよね。じゃあ、大丈夫だ……父の場合は髪の毛が一本もないほうがいい職業なの。なにかわかる?」
「ちょっと考えて見ます。とんちですか? 実際の話?」
「実際の話」
「一つはすぐ浮かびました。でも違うかな」
「たぶんそれ」
「お坊さん?」
「当たり。お坊さんは株に一生懸命にならないといけない事情があるのよね」
「え、どうしてですか?」
「お寺はいろいろ維持費がかかるんですけど、収益がないので……どうしても株とかをやらないといけないね。マンション経営とかいろいろやってますよ」
「ワールドビジネスサテライトを以前、見たんですけど、日本ではお寺の数はコンビニの数より多いんですよね? びっくりしました」
「東京の大きいお寺は、実は昔ある特殊な目的があったので、結構いろいろあるんです。戦争中に弾薬庫があったりして、皇居と繋がっていたの。それで本土決戦をするときに、陛下がお坊さんに変装して、逃げる手はずができてたのね。それで東京の大きいお寺は地下でつながってたりしたので、経営が同じっていうか、宗派が違うのに同じ人が経営をしてたりしたのね」
「それは国と繋がっていたってことですよね?」
「政府の命令かな」
「お寺としては、しょうがなくやっていたんですか? それともお寺も何かしらの利益があったんですか?」
「うちは住職が空襲で亡くなったりしたので、強制的に経営統合みたいな感じかな。真言宗と曹洞宗と、神社をやってます」
「宗教的にはめちゃくちゃですね」
「しょうがないというか……当時は日本のため喜んで、といった感じだったらしいですよ。宗教的にはかなりおかしいですけどね。この前も除夜の鐘の準備が終わって、すぐに巫女さんに着替えておみくじ売ってましたから。なんだかおかしいね」
「あれって大抵、アルバイトの子ですよね?」
「うちは、結構マジです。本気に修行します。頭から水をかぶってから売りますよ」
「すごい。頭から水をかぶるっていうのはお参りにきた人に見せるんですか?」
「見せませんよ。一応秘儀ということになってますから。陛下もやってるはず」
「陛下も水をかぶるんですか?」
「新年は絶対にしてるはず。皇太子様もやってるはずだよ。」
「思いっきり冷たい水をかぶるんですか? それとも、気持ちだけかける程度ですか?」
「もうおもいっきり。わたしもよくやったなあ。なれると案外いいものです」
「なんとなくですけど、修行みたいなのは魅かれますね。禅は宗派違います?」
「曹洞宗なので禅宗ですよ。女性は駄目なので、わたしはできないですけどね」
「女性はダメなんですね。上杉謙信わかります?」
「僕は上杉謙信が好きで、謙信が戦場前に、毘沙門堂にもぐって考えこむシーンがすごく好きなんですよね……シーンっていっても漫画ですが……」
「謙信は家臣がなかなか言うことを聞かないので、考え事が多いのよね」
「そうですね。ワンマンはけっこう好きです。トップが全部できちゃうと、下が育たないんですよね」
「そういうものなのね。うちは父だけが自分は上流階級だと思っているようでそういうことを言われることはあります。歴史が好きな方ならわたしの本名にピンと来るかもしれませんね」
「なんていうお名前なんですか?」

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